第25話:もらえるものはもらっとけ(お題:報酬)

 ノアのもとに助けが来る、少し前。


「ったく、面倒なこったよな」

 酒盛り場から離れたあばらやの前に立つ見張りの兵は、退屈そうにあくびをした。

「宰相閣下の命令さえなければ、おれたちも酒にありつけたのによ」

「陛下の番犬に知られずに稀他人と竜を手に入れろって、無茶苦茶言うじいさんだぜ」

 稀他人の少女に『静かな毒』を打ち込んで、片翼かたよくが危機に陥ったことを知った雨竜がやってきたところを、稀他人の解毒と引き換えに捕らえる。それが、数名の兵だけに言い渡された、宰相の指示だった。

「ああ、めんどくせえ」

「きれいなねえちゃんが酌をしてくれないもんかね」

 上官が見ていたら、「貴様ら、たるんでいるぞ!」と叱責を受けること必死のだらけぶりで、かれらはぐちをこぼす。

 すると。

「もし、兵隊さまがた」

 汗くさい砦に不釣り合いな、澄んだ声が投げかけられて、兵士たちはうろんな顔をしながら、声のほうを向く。そして、息をのんだ。

 女だ。胸元や太ももがきわどくのぞく、赤いドレスをまとい、紅をさしたくちびるが、綺麗な弧を描いている。きわめて美人、というわけではないが、戦場いくさばに身を置く人間からしたら、かなりの目の保養になる。

「宰相閣下のご配慮です。お疲れをいやしにまいりました」

 その言葉に、兵士たちの心が浮き立つ。

「なんだ、お前、『そういう』仕事の女か。なら、早く言えよ」

「閣下もそんなごほうびを用意してるなら、教えてくれれば、もっとまじめにやったのによ」

 でれでれにとろけた顔をして、兵士たちは女に手をのばす。女は、肩に置かれた手を見やってゆるりと微笑み、抱いていた酒瓶とさかずきを男たちに渡した。

「さあ、きちんとお持ちになって。せっかくのお酒が台無しになってしまいますわ」

「わかってる、わかってるよ」

「そう急かすな」

 差し出された盃に、とくとくと赤い葡萄酒ワインが注がれる。兵士たちは一気にそれをあおぐと、のどを鳴らして飲み干した。熱い喉ごしに、「かーっ、たまんねえな!」と歓声がもれる。

「で、ごほうびはこれだけってわけじゃあないよな?」

「もらえるものはもらっとけ、ってな。お前さんの望みもかなえてやるよ。もっと相手してくれればな」

 下心丸出しの笑顔に、しかし女は慣れたものなのか、少しもいやそうな顔をしない。それどころか、口角の上がりかたが増した気がする。視界がぐわんぐわん回って、女の姿がぶれて見える。

「望みは」

 女の声が、何重にも反響して聞こえる。

「あなたがたの眠りと、稀他人の無事ですね」

 それを最後に、兵士たちはへなへなと地面に倒れ込んだ。


「ゲス、ですね」

 睡眠薬入りの酒一杯でつぶれた兵士たちを、冷めた目で見下ろし、女は、それまでのつやっぽいしゃべり方とは打って変わった、きりりとした声を放った。

「キリム様」

 彼女の背後に、フェアンの鎖かたびらをまとった兵士が二人、かしこまる。

「手はず通り、雑魚は掃除いたしました」

「稀他人は間違いなく、この中かと」

「ご苦労さまです」

 部下の報告を受け、女、キリム・ショウクロスは、淡々と答える。そして、かれらが用意した鎖かたびらをドレスの上から着て、差し出されためがねをかける。

「まったく」

 商売女からフェアン兵に戻った、ハルヴェルト王の側近は、目を細めて、小さくつぶやいた。

「正攻法でなくこんなからめ手を面白半分に使わせたあのバカからは、あとでたっぷり、報酬をふんだくらないとですね」

 もらえるものはもらっとけ。それは、彼女の流儀でもある。

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