第23話:助けを待つだけにはなりたくない(お題:静かな毒)

「おい、起きろ、小娘!」

 何か固いもので頬を蹴られ、わたしの意識は一気に現実に引き戻された。

 目を開けば、暗い石づくりの床しか視界に入らない。顔を上げようとしたけれど、からだの自由がきかなくて、上手く動けない。

 もぞもぞと身じろぎして、自分の手足が縄で縛りあげられていることを、確信した。

「ずいぶんと悠長に寝ていたものだな」

 なんとか視線を転じれば、黒鎧に身を包んだ男が、わたしをあなどるような顔で見下ろしていた。金属の靴先で蹴られたら、それは痛いだろう。


 ああ、一番やってはいけないことをした。


 わたしは、帝国兵の手に落ちている。おそらく、いや、間違いなく、雨竜と、ハーヴィ王をも引き出すために。

 そんなことをしてはいけない。きゅっとくちびるを噛みしめた後、意を決して口を開く。

「雨竜さまを狙ってるなら、わたしをつかまえても、意味なんてないわよ。あのひとは、アーゼルを降りない」

 それは願いも込めていた。

 アーゼル山から離れて空を舞えば、雨竜は、アズサを失った時のことを、きっと思い出す。あのひとに、そんな悲しい気持ちになってほしくない。

 それに、わたしのせいで、あのひと自身に、危害が及んでほしくない。

 稀他人は、きっとまたいつか来る。わたしのことなんて忘れて、その日までアーゼル山でおだやかに暮らしてほしい。

「それはどうかな」

 わたしの思考なんてかやの外で、帝国兵は見下した笑いを投げかける。

「お前がそう思ってても、竜やフェアン王が、放っておかない場合もあるだろう」

 そうして兵士は、背後にひかえる部下に手で合図する。金属製のトレーの上にのっているのは、「むこう」の注射器とほぼ変わらないもの。その中に、無色透明の液体が満たされている。

「お前が危機に陥れば、奴らはかならず動く。そのために、この『静かな毒』を用意したんだからな」

 やっぱり。危惧していた予感が当たって、自由にならない手足をよじる。

「あなたたち、馬鹿ね。人質は、生きているから価値があるのよ」

 昔読んだ漫画で、登場人物が言っていた言葉を投げる。挑発への返事は、もう一度頬に入った蹴りだった。

「馬鹿はお前だ、小娘。標的を捕らえてしまえば用済みになるものなんて、いつ片付けても、文句を言うやつはいない」

 含み笑いをして、兵士が注射器を手にする。首筋に熱が走り、そこからじんわりと冷たい感触が広がってゆく。

 足を引っ張りたくないのに。助けを待つだけのお姫様になんて、なりたくないのに。

 視界がゆがんでいったのは、毒がききはじめたからなのか。それとも別の理由か。判然としないまま、現実が遠くなった。

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