第22話:俺はなんにも聞いてねえ(お題:賑わい)

 それは夜も更けた、帝国とフェアン国境の山あいの砦で。


「オルベリク帝国に! シャリア陛下に! 栄光あれ!!」

「なんてなー!!」

 酒の入ったジョッキを打ち合わせて、黒鎧を脱いだ帝国兵たちが、げらげらと笑い合いながら酒宴を楽しんでいる。

「本当に、竜なんて出てくるのかあ?」

「フェアンの迷信だろ」

「国王は若造だっていうし、ちょいとおどしてやれば、すぐにちるだろうよ」

 酒に焼けただみ声を交わし、やがてオルベリク国歌をずれた音調で高らかに歌い上げる。

 そんな兵士たちの賑わいを避けた、部屋の隅の席で、赤毛の男クストスは、彼らに冷めた一瞥を送ると、ちびちび酒を飲みながら、鶏もも肉のローストをかじった。

「隊長」

 その背後に、影のように忍び寄る気配があった。帝国兵でありながら頭巾で顔を隠し、黒鎧をまとうことが許されないのは、帝国に征服された属州出身者のあかしだ。

 だが、クストスが抱える直属部下の多くは属州徴兵である。本人自身も、帝都にたむろする戦災難民だったが、貧民街を見学にきた幼帝シャリアが暴漢におそわれかけたのを、素早い身のこなしで危機から救ったのを見込まれ、彼女の側近として取り立てられたのだ。

「なんだ」

 なので、クストスは身分差など気にせず、相手に先をうながす。騒音の中、部下が耳打ちした内容に、「ふうん」と、彼はたいした興味を抱いていないかのように気のない返事をし、肉をかじって、一言。

「放っとけ」

「は、しかし……」

 部下がためらう気配がする。クストスは彼を振り返ると、厚いくちびるを笑いの形にゆがめて、はっきりと言いきった。

「俺はなんにも聞いてねえ。いいな?」

 そこまで言われて食い下がるほど、頭の悪い人間は、自分の配下にはいない。クストスはそれを確信している。それが証拠に、相手はそれ以上の問答をせず、「は!」と胸にこぶしを当てる帝国式の敬礼をして引き下がり、物陰に消えた。

「宰相閣下も必死なことで」

 喧騒にかき消される声量で、クストスはせせら笑い、酒をあおる。

 自分はシャリアの番犬だ。彼女に近づく不埒者には片端から噛みつき、片付けるだけ。だから今回も、「つつがなく」ことを運ばねばならない。

 そのために必要な駒が、うまく動いてくれるといいのだが。

「鍵は、稀他人か」

 まだ会ったこともない娘の顔を、適当に思い描き、皇帝の懐刀は、さらに一口、肉を噛みきると、よく咀嚼して、酒で流し込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る