第18話:やってくる黒雲(お題:占い)

『お前さんは、ものおぼえが悪いのかい? それとも、好奇心旺盛なのかい?』

 西の尾根に住むここのつの尾の銀狐は、王都からの物資に入っていた油揚げを持ってたずねたわたしを、あきれきった顔で出迎えた。

「どっちかというと、後者ですね」

 わたしは笑顔を見せて、狐の前に油揚げを置く。彼女は興味なさそうにそっぽを向いていたけれど、ちらりちらりと、目が動いているのがわかった。

『で? このばばに、差し入れなんてあざといことをして、何の用だい?』

「お礼を言いたくて」

『礼?』

 狐はうろんな表情をして、ようやっとわたしをまっすぐ見る。

「あなたのおかげで、アズサのことを雨竜さまから聞けて、かえって縁を深めることができました。ありがとうございます」

『……おひとよしなお嬢さんだねえ』

 狐はほうとひとつため息をつき、

『まあ、そういうことなら、ありがたくいただくよ』

 と、油揚げにぱくりと食いつくと、あっという間にむしゃむしゃ咀嚼して飲み込んだ。

『ふむ。久々にヒトの手によるものを食べて、いささか気分がいい。ひとつ、お前さんのために、占いをしてやろうか』

「占い?」

 小首をかしげると、狐はにいっと口の両端を持ち上げ、どこからともなく、わたしの手で握り込めるくらいの大きさをした銀色の石を、転がしてくる。

『いきもののことわりを外れるとね、色々とできることが増えるんだよ』

 狐は焦茶色の目で石をにらむと、ほっ、と一息とともに蹴り上げる。石は夏の太陽に照らされてきらりと光り、そして、空中で半分に割れた。たちまち、狐の目がけわしく細められる。

『よくないね』

「そ、そんなに?」

 占いの道具が割れるのは、あんまりよくない傾向だろうというのは、わたしにもわかる。もとの世界でも、そんなかんじだし。だけど、狐がここまで難しい顔をするのは、よほど悪い結果なのだろうか。

『黒雲が、群れをなして、北からやってくる』

 重々しい声で狐は告げ、そして割れた石から視線をはがし、わたしのほうを再度向く。

『鍵はお嬢さん、お前さんだ』

「鍵、ですか?」

『比喩だよ、比喩。それくらいわかるだろ。見た目どおりの子どもじゃないんだから』

 あごに手を当てて、考え込む。

 北から黒雲が来る。これはハーヴィ王が言っていた、オルベリクとかいう帝国のことだろうか。雨竜の力を狙って、侵略戦争をしかけてくるのかもしれない。

 鍵はわたし。雨竜のお嫁さんであるわたしが、事態を打開できるということ? アズサのように、雨竜の背に乗って、帝国を迎え討つ先陣を飛べば、フェアンのひとたちを勇気づけられるに違いない。でも、雨竜はわたしを背に乗せて飛ぶことをおそれている。アズサの二の舞にさせないように。

 それに。

 わたしは「むこう」では、しがない派遣社員だった。戦場なんて、テレビの画面越しにしか見たことのないような、一般人。実際のおそろしさがどれほどかなんて、実感すらわかない。そんな人間が戦に出ることが、可能なんだろうか。それ以前に、わたしは、雨竜を戦になんて駆り出したくないのに。

 すっかりひとりで物思いにふけってしまった時。


 どおん、と。


 どこかでなにかが爆ぜるような、大きな音が聞こえた。はっと現実に返り、こうべを巡らせれば、ふもとのほうで黒い煙があがっている。

 心臓が、大きく跳ねる。暑さのせいでなく汗がだらだら流れてくる。

「雨竜さま!」

 雨竜は無事だろうか。その一念だけで、『お待ち! 先走るんじゃあないよ!』と強い調子で言い含める狐を置き去りにして、わたしは走り出していた。

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