第13話:みんなで息抜き(お題:流しそうめん)

 ハーヴィ王が訪れてから、一週間後。王都の遣いだという兵士たちが、馬車に大量の荷物を載せてやってきた。

「陛下からのご厚意です」

 そう言いながら、兵たちは鍛えられたからだで、重たい荷をひょいと持ち上げ、山道もなんのその、わたしと雨竜が暮らす洞穴まで運びこんだ。

 兵たちが去ったあと、荷ほどきをする。食料、燃料、服や日用品。特にありがたいのは、フェアン国各地や国外から取り寄せられた調味料。素材の味だけではそろそろマンネリになっていたので、刺激が欲しいところだった。

『うれしそうだな、ノア』

 胡椒の瓶に見入るわたしの目が、相当輝いて見えたのだろう。雨竜も目を細めて喜びの色をのせる。

『われはヒトの摂理の外にある存在ゆえ、フェアンのヒトとさえろくに交わらずにきたが、そなたがそうして喜ぶならば、あのハルヴェルトという者との友誼ゆうぎも、真剣に考えてみるべきなのかもしれぬ』

「それがいいですよ!」

 わたしは胡椒の瓶から視線をはがして、雨竜を見上げる。

「雨竜さま、わたしより長生きするんですから。孤独に過ごさないために、いろんなひとと交流すべきです」

 心からそう思って言ったのだけれど、とたんに、雨竜は黙りこくり、うつむいてしまう。

『そう……だな』

 あれ、元気がない。変なことを言ってしまっただろうか。流れる沈黙が非常に気まずい。

 なんとか話題を探そうとして食料を漁り、わたしは見つけた。

 しっかりと束ねられた、パスタより細い、均等な長さの麺。

 これは、もしかしたら。

「雨竜さま!」

 突然大声をあげたわたしを、雨竜はびっくりした様子で見下ろす。そんな彼に、わたしはとびきりの笑顔を向けた。

「みんなで、息抜きしましょう!」


 洞穴の外に、半分に割った竹をつなぐ。両脇には、文鳥に鹿、狼ら、アーゼル山の獣たちが集まって、興味津々に、桶を抱えたわたしに視線を集中させている。

『何をやるんだよ、ノア?』

 文鳥の問いかけに、わたしは不敵な笑みをひらめかせる。

「流しそうめん、よ」

『長しソーメン?』

 説明より実践だ。ゼミの恩師の口ぐせを音に出さずに呟いて、わたしは背後の雨竜を振りあおぐ。

「雨竜さま、雨を!」

『承知した』

 雨竜が天に向かって吼えると、さあーっと心地よい雨が降りだした。それは竹を流れて水路を作る。そこに、桶の中に入っている、茹でた麺を乗せる。麺は流れにそって、竹をすべり落ちてゆくのだ。

「ちゃんとすくって、食べて!」

『うおお!? なんだこれーっ!?』

 文鳥が慌てて麺をつつくのに続いて、動物たちは食らいつこうとしたり手を出そうとしたりする。第一陣が無事彼らの口の中におさまると、第二陣、第三陣と流してゆく。きゃっきゃと歓声が雨空の下に響き渡る。

 桶の中の麺はあっという間に空になり、獣たちは、あるいは満足そうに、あるいは物足りなさそうに、竹や自分の手をなめていた。

『すげえ、すげえよ、ノア!』

 大きな体躯の猪が、ぶるる、と鼻を鳴らせば。

『こんな余興を思いつく稀他人は、あなたがはじめてだわ。面白いわね』

 夢中でそうめんをつついていた鷹が、今さらながらつんとすました様子で胸を張る。

『でも、ノアと雨竜さまの分がなくなっちゃったよ?』

 うさぎがすまなそうに見上げてくるが、それも想定のうち。「大丈夫」とわたしは雨竜を見上げる。

「わたしと雨竜さまは、後で流さないそうめんをいただくから」

 水色の目が、おだやかにわたしを見下ろしている。

『ありがとう、ノア』

 雨竜の顔が近づいて、なでるようにわたしの頭に触れる。

『わが同胞はらからのことも考えてくれるとは、そなたは本当に、われにはもったいない嫁だ』

 その言葉に、ほおが火照る。雨竜の触れた場所は冷たいはずなのに、なぜかそこは熱を持っていた。

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