第11話:国王の意図と過去の糸(お題:飴色)
「我が国は今、表向きは平穏のうちにある」
雨竜を見つめ、ハルヴェルト王はとんとんと指で己のこめかみを叩く。
「しかし、まれなる竜の加護を求めて、虎視眈々とフェアンを狙い続けている
なるほど。理屈はわたしにもわかる。大きい力は、だれでも欲しがるもの。「むこう」でだって、権力、お金、領土、信念、さまざまな欲や行き違いを糧に、戦争は絶えないのだから。ましてや、ひとを超える力なんて、放っておくはずがない。
「フェアンの王族は代々、外交と貿易で、それらをかわしてきた。だが、ここに来て、北のオルベリク帝国が、なにやらきな臭くてな」
うわっ。帝国って本当にあるんだ。わたしにとっては、歴史の教科書上の存在が、この世界では当たり前のようにあるのだと、実感せざるを得ない。
「政変で新たに玉座についた皇帝はまだ幼い。それをいいことに、まわりの家臣たちが好き勝手にやっているようなのだ」
どこの国も困ったものだ、と国王は碧の視線を宙に馳せる。この様子だと、このひとも、王都で相当苦労しているのだろう。明らかに、「むこう」の頃のわたしより若そうだし、なめられているんだろうな。
『それで』
雨竜が不機嫌そうにため息を吐いて、牙をむいてみせる。
『ヒト同士の争いに、わが爪を振るえと?』
彼が怒りをあらわにするのは当然だ。ただでさえ、ひとに恵みの雨をもたらしているのに、戦争に介入するなんて、このひとの望むところじゃないに決まってる。
「あの!」
これ以上言葉を交わしたら、フェアンの民に危害が及ぶかもしれない。わたしは思わず声をあげていた。
「雨竜さまを、戦の道具に使わないでください。わたしは政治とかなんとかわからないけれど、夫を戦いに駆り出されて、心穏やかでいられる妻なんて、いません!」
雨竜が驚き顔をする。一方ハルヴェルト王は、興味深そうにわたしの方を向いて、目を細めた。でも、ばかにしているんじゃない。感心している様子で。
「稀他人。君は心から雨竜を慕っているのだね?」
「ファッ」
思わず変な声が出てしまった。たしかにわたしはもう、雨竜に離れがたい情を抱きはじめている。だけど、それを改めてひとの口から形にされると、恥ずかしさがつのる。ごまかすように視線をさまよわせれば、雨竜と目が合って、余計に羞恥がつのり、ほおが熱を持つのがわかった。
「安心したまえ。我が国の聖なる竜を、むざむざ前線には送らない。私はむしろ、私が倒れた場合のフェアンの守護を、願いにきたのだよ」
「陛下!?」
国王の背後にいためがねの従者が、眉間の縦じわを深くして声を高める。ハルヴェルト王はそれを片手で制して、先を続けた。
「私はまだ独り身でね。若さもたたって、家臣の全てをおさえきれているとは言えない。私に万一のことがあれば、ここぞとばかりにフェアンを帝国に売り渡そうとするやからも出るだろう」
ああ、どこにでもいるんだな。私利私欲で動くお偉方は。だけど、それと雨竜の守護と、なんの関係があるのだろう。
「王が倒れても、フェアンには竜と稀他人の加護あり、と、高らかに叫んでくれるだけで良い。古き存在は、帝国にとってもいまだ畏怖の対象だからな」
そうか、永続的ではないけど、牽制にはじゅうぶんなるわけだ。このひとは、若さのわりには、わたしより色々とものを考えられるひとのようだ。さすが国王。
雨竜を見上げる。水色の目が、不安そうにわたしを見下ろしている。心配性のわたしの夫に微笑み返して、わたしはハルヴェルト王に向き直った。
「そういうことなら、喜んでお引き受けしましょう、ハルヴェルト陛下。アーゼルの竜と稀他人は、この国の人々を守ることを、お約束します」
『ノア』
雨竜が苦々しそうに息を吐いたが、わたしの意思は変わらない。フェアンを守ることは、この、やさしくてちょっぴり自信のない、わたしの夫を守ることにもつながる。守られるだけのヒロインなんて、今時流行らないんだから。
『……わが嫁が、そう言うならば』
最終的に雨竜も折れると、「そうか!」とハルヴェルト王は子供みたいに無邪気に笑って両手を広げた。
「感謝するぞ、稀他人。いや、ノアというのか。君の勇気は王都の民の間にも響き渡るに違いない」
そして彼は、「キリム」と背後の従者を呼ぶ。その人が、兵士から、古い布に包まれたてのひら大の何かを受け取り、わたしのもとへやってくると、丁重に手渡してくれた。
布を取り払う。出てきたのは、飴色に変色した木の軸を持つ、古い糸巻きだった。
『それは』
「初代稀他人が、時のフェアン王に、友好のあかしとして紡ぎ、国一番の魔道士が術を施した、『呼びかけの糸』だ」
雨竜の驚きに応えるように、ハルヴェルト王が説明する。
「それがあれば、私と王国の兵は、稀他人の君の指示を遠くからでも受けて、動くことができる。時を越えた友好のしるしとして、持っていてくれ」
なんかまたすごいものをもらってしまった。というか、さすが異世界。魔法とかサラッと出てきたなあ。
「ありがとうございます、ハルヴェルト陛下」
「はは、かしこまらなくていい。私のことは気軽に『ハーヴィ』と呼んでくれ、ノア」
恐れ多くなって頭を下げると、ハルヴェルト、いや、ハーヴィ国王はほがらかな笑みを見せて、手を振った。
「では、邪魔をした。今度は真の友として会いたいものだ」
王がきびすを返す。従者も兵士たちもそれに続く。
珍客は、太陽が沈む前に、アーゼル山から去っていったのだった。
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