第10話:招かれざる客(お題:ぽたぽた)

 山の中を、走る、走る。

『ノアはここにいるのだ』

 蒼い竜の姿に戻った雨竜にはそう言われたけれど。

「わたしは雨竜さまのお嫁さんです! 夫の行くところに一緒に行くのは当然です!」

 と主張して、文鳥の案内のもとに、道なき道を駆けていった。

 王都の人間。それはつまり、フェアン国のだれか。考えられる線は、王様に仕える兵士の偵察? というか、王様がいたのか、この国。

 空を飛ぶ雨竜の不安を示すかのように、ぽたぽたと、降る雨もどこか頼りない。

 それを見て、わたしがしっかりしなくちゃ、という思いが強くなる。人間として言葉を交わせるのは、この山ではわたしひとり。なんとか相手を説き伏せて、丁重にお帰りいただかねば。

 果たして山のふもと近くまで降りてきた時、すでに状況は一触即発だった。

 山のどこに住んでいたのか、猪や鹿、フクロウに鷹、狼までもが、ずらりと並んで、めいめいにうなったり、鼻を鳴らしたり、高い声をあげたりして、相手を威嚇している。

 対する相手は、中世ヨーロッパの鎖かたびらのような装備をした人間たちが、数人。……と、高価そうな服をまとった、金髪碧眼の青年が、その先頭に立ち、一歩下がったところで、神経質そうな顔をしためがねと執事服の従者が眉間にしわを寄せている。

 ぽたぽたと雨が降る中、雨竜が、両者の間に割って入るように空から降り立つ。羽ばたきで強い風が吹いて、わたしたちは思わず腕で顔をおおい、動物たちはとまどいながらも威嚇をやめた。

 それでも、相手側の先頭に立つ青年は、短めの金髪を風に吹かれながらも、涼しい表情をして、動じない。彼が、『王都の連中』を率いているのだろうということは、わたしでもわかった。

『ヒトが、自然のすみかに何用か』

 雨竜の声が、明らかに不審と威圧をこめている。水色の目が、見たこともない緊張感を含んでいる。

 だけど、青年は怯んだりしない。ゆるりと手をかざすと、その手を優雅に振り下ろして、綺麗な挨拶をしてみせたのだ。

「突然の訪問で、招かれざる客だということは重々承知。無礼を許されよ、雨の守護竜」

 碧の瞳が雨竜を見すえて、それから、不意にわたしのほうを向く。

「君が、新たな稀他人だね?」

 どきりと心臓が高鳴ってすくみ上がる。だけど、そうだ。わたしの外見はフェアンにはない色。すぐにわかって当然だ。

「私はハルヴェルト・フェアンフェルド。フェアンの王だ」

 それを聞いて、わたしも雨竜も目をみはり、動物たちは不安げにささやき交わす。

 王様みずからお出ましとは、一体全体なにごとだろう。欲しいのは雨竜の力? 稀他人のわたし? それとも、山まるごと?

「むこう」で読んできた小説や漫画、見た映画に出てくる悪い考えが、ぐるぐると頭の中を回っていると。

「そう構えないでくれたまえ。私は、君たちと友好を結びにきたのだから」

 ハルヴェルト王は胸に手を当てて、おだやかに微笑んだ。

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