第9話:あなたができること(お題:肯定)

 ぐつぐつと、鍋の中で、集めてきた食材が煮立っている。

 水のしかた、マッチもライターもない場所での火のおこしかた、調味料なしでどれだけ風味を出すかという工夫。全部、「むこう」でちゃんと学んだ。ありがとう、変わり者と呼ばれていた、大学のゼミの教授。あなたの教え子は、あなたから伝授されたサバイバルの方法を目一杯活かしています。

「ノアは手際も良いな」

 鍋を挟んだ向かいに、片膝立てで座る雨竜が、心底感心したふうにわたしを見つめる。

「われは雨を降らせるしか能がないゆえ、なんでもできるヒトが、うらやましい」

「人間だって、一人でなんでもできるわけじゃないですよ」

 木製のおたまで鍋をかき混ぜながら、わたしは返す。

「それどころか、雨を降らせる力なんて、ひとにはないんですから」

 そう、人間は干ばつに困ったら、祈るしかできない。時には誰かを犠牲にしてまで、神に願いをかなえてもらおうとする。「むこう」の歴史を紐解けば、どんなにか無惨な歴史があることやら。

「雨竜さまに水の恵みを守ってもらえるフェアンのひとたちは、幸せだと思います」

「そうだろうか」

 肯定しても、雨竜は自信なさげに節目がちになって、鍋の中身を見下ろすばかり。

 ああ、薄々感じてたけど。

 このひと、自己肯定感が低いな?

 稀他人を捧げれば恵みが約束される、って信じるひとたちを見ながら暮らして、それ以上を期待されないのは、まあ、神様に近い存在でも、「それでいいのか?」ってなるだろうな。

 だからわたしは、木のおわんにきのこ鍋の具をよそって、おつゆも少し入れて、お箸と一緒に雨竜に差し出す。

「このお鍋は、私だけじゃなくて、雨竜さまも一緒に探した食材でできています。水は雨竜さまの恵みで流れた川からいただいたもの。火の元のまきも、雨竜さまが用意してくれました。雨竜さまもいろんなことができます」

 それに、と。一息ついて先を続ける。

「ここに、わたし以外の稀他人が暮らした痕跡が残っていることが、雨竜さまが、今までの稀他人を大切にしていた証拠です。ひとり異世界に投げ出された彼女たちが、雨竜さまのもとで生きることを選んだのは、そういうことです」

 そう。わたしに今までの稀他人の真のひととなりを知ることはできないけれど、この洞穴に残る、人間の生活のかたち。それが、雨竜がどれだけ彼女たちを慈しんだかを示している。

「……それでも」

 おわんとお箸を受け取りながら、雨竜は困ったように眉を垂れる。

「われは、そなたも不幸にするやもしれない」

 わたし『も』?

 今度はわたしが眉をひそめる番だった。でも、問いただす前に、雨竜はおわんに口をつけて、お箸できのこをつまんで口に含み、よく噛んで飲み下して。

「うまいな。さすがだ」

 なんて、言葉まで味わうように言うものだから。

「あっはい、ありがとうございます」

 わたしはそう返すのが精一杯で、真偽を確かめるタイミングを逃してしまった。

 さらに。

『おい! おい、雨竜! ノア!』

 慌てた様子で洞穴に飛び込んできた文鳥のしらせに、食事の時間は中断を余儀なくされた。

『王都の連中が来てるぞ!』

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