第8話:木々の合間から降るひかり(お題:こもれび)

「これは食べられますね」

「これはどうだ?」

「あ、ひとには毒です。たぶん、雨竜さまも口にしないほうがいいです」

 昼下がり、わたしと雨竜は籠を抱えて、山の森に分け入っていた。目的は、食材探し。


『毎日きのこばかりでは、そなたは飽きてしまうのではないか?』

 雨竜にそう首をかしげられたのだけど。

「そんなこと無いです!」

 わたしは両の拳を握りしめて意気込んでみせた。

「わたし、大学では植物学専攻だったんで。フィールドワークもしていたから、食べられるきのこと野草を見極めるのも、それで何日ももたせるのも、めちゃくちゃ得意ですよ!」

『ふぃーるどわーく』

 また雨竜のわからない言葉を放ってしまった。

「とにかく、自然にあるものでごはんを作るのは、家で自炊をするより楽なものです」

『そうか、では』

 雨竜は目を閉じてつぶやくと、しゅるしゅるとその姿が、蒼い髪を持つひとの形を取って。

「われもそなたと同じ舌で、そなたの食事を味わってみたくある」

 興味深そうに、水色の目を輝かせたのだ。


 アーゼル山は食材になる植物やきのこが豊富で、かつ、わたしの学んできた種類がほとんどだ。転生前の知識が役に立つとは、人生なにをしていても、決して無駄じゃないんだな、と感じ入ってしまう。

「ノアは博識だな」

 わたしが安全だと教えた野草をかごいっぱいに集めてきた雨竜が、心底感心した様子で感嘆の吐息をもらす。

「千年生きてきたわれでも知らぬことを、よく知っている」

 そういえば。疑問が浮かんで、訊ねてみる。

「雨竜さまは、ふだんはどういう食事をしているんですか?」

「われか」

 雨竜は「どう説明したものか」と天をあおぐ。

「『スティヒア』を取り入れている」

 知らない言葉にわたしが眉根を寄せるのも、想定のうちだったんだろう。雨竜はこもれびがきらきら降り注ぐ森の木々の合間から見える空を指差す。

「竜は、光、大気、水、万物に宿る力を、常に呼吸とともに得ている。ゆえにヒトのように毎日食事をする必要は無い」

 あっ、あれか。『仙人は霞を食べて生きている』っていう、「むこう」の言い伝えみたいなものを、実践しているってわけか。でも、とさらに不思議な思いが出てくる。

「じゃあ、へたにひとと同じものを食べたら、おなかを壊しちゃったりしませんか?」

 当然といえば当然の質問に、雨竜は水色の目を丸くしてこちらを向いたが。

「大丈夫だ」

 ふわっと、やさしい笑みをひらめかせてみせる。

「この身は、ほぼヒトと同じようにできている。ヒトが摂取できるものは、ほぼ等しく口にできるだろう」

 そんなものなのか。やっぱりひとより長く生きる竜は、ひとの常識の範疇だけでははかれないものがある。

「それに、ノアと同じものを食してみたいと思ったのは、われの意志だ。なにかあったとて、そなたが負い目に感じることはないと、先に言っておくぞ」

 う。わたしの懸念はお見通しだったわけか。

「は、はい」

 雨竜はやさしい。まだ知り合って数日のわたしを、よく知ろうとしてくれているのが、身にしみてわかる。

 だからこそ、わたしも知りたいと思う。雨竜のことを。なんでも。

 なにが好きで、なにが嫌いで。どういう生き方をしていて。どういう人生、じゃなくて竜生を送ってきて。

 そして、酒涙雨をだれのために流したのか。

 こもれびが、ちょっと痛いくらいに目を刺す。痛んだのは、目だけじゃなかったけれど、それを押し込めて。わたしはかごを持ち直して、雨竜に呼びかける。

「さあ、これだけあればじゅうぶんです! ごちそう、作りますよ」

 その言葉に、雨竜はきれいな顔を輝かせて、おだやかな笑みを見せた。

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