第3話:鳥はわたしの知らないことを知っている(お題:文鳥)
『おい、おまえ!』
洞穴が乾くのを待つ間、日が沈みきる前に、食料になるものを探しに出ようと、山中に分け入って、きのこを集めていたわたしに、呼びかける声があった。きょろきょろ見渡しても、それらしき姿はない。
『ここだよ、ここ! まったく、ヒトはどんくさいなあ』
ぴちゅぴちゅ、という鳴き声に混じって、手近な木から呼び主は語りかけているようだ。よくよく見上げれば、木の枝に、白い文鳥がとまっていた。
野生の文鳥って、飼育されていたのが逃げ出した以外は、海外にしかいないのでは? 以前インターネットで見かけた情報を思い返したが、ここは異世界。『むこう』の常識など通用しないに等しいだろう。ましてや、その文鳥がしゃべっているのだから。
『なあなあ、おまえ』
文鳥は赤い目でわたしを見つめ、ちょい、と首をかたむけてみせる。
『お前が雨竜の新しい嫁か? フェアンでは見ない髪と瞳だからな』
言われてわたしは、着替えて結った髪に手をやる。異世界転生したものの、『むこう』特有の黒髪黒瞳は変わらなかった。だから、フェアンの人たちも、わたしが稀他人だとすぐにわかったのだという。
「そうよ。あなたもこの山の住民なの? なら、これからよろしくね」
にっこりと笑いかけると、文鳥は『ふうん』と目を細めて、鼻を鳴らした。
『雨竜のやつ、まーだ、ヒトの嫁を世話してるのか。忘れられないくせに』
「忘れられない?」
文鳥の言うことがわからなくて、今度はわたしが頭を少しかしげる。文鳥は『ピャッ』と一声鳴くと、ごまかすようにぱたぱた羽をはためかせた。
『いんや、なんでもない、こっちの話だ。まあせいぜい、喰われないように雨竜と仲良くするこった』
そう言い残して文鳥は飛び立ち、あっという間に姿が見えなくなる。
彼(彼女?)はなにか、わたしの知らない雨竜のことを知っているようだった。一体なんなのかは気になるが、今日はもう、山を登ってきて、掃除をして、食料を集めて、だいぶ疲れがたまっている。そろそろ洞穴に戻って、夕ごはんの支度をはじめようかと、竹編みのかごを背負い直した時。
それまで晴れていた空がにわかに曇り、しとしとと、静かに泣くような雨が降りだした。かと思うと。
『ノア!』
雨竜の声が耳に届いて、蒼い巨躯が視界を覆う。
このひとの現れるところに雨はついてくるのだ。わたしがそう納得して見上げているあいだにも、雨竜は『よかった』と、大きなため息を吐いて、水色の目をまぶたの下に隠すのだった。
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