三百年前の断片集

三百年前のドワーフ


【まえがき】

元々本編の合間に投稿予定でした話を書き上げました。


──────────


 俺は〈ドワーフ〉のメジト、弱虫メジト。


 単純で勇気が尊重される〈ドワーフ〉において、ビビリで直ぐに髭を涙で濡らすから、そう呼ばれるようになった。


 〈ドワーフ〉の街では気弱なやつははみ出し者だ。そんな奴は決まって碌な人生を歩まない。

 ゴルドという偉そうにしている、実際〈ドワーフ〉たちの中で一番に偉いやつは、そんな俺を見ると必ず三発は殴った。

 気合いを入れるためとか抜かして、嫌だと言ってもなら反撃してみろといつも笑う。

 ならと殴り返せば全然効いていなくて、追加で十発殴られる。


 〈ドワーフ〉なんて嫌いだ。単に何も考えていないことを勇気と吹かす馬鹿たちだ。


 そんな俺たち〈ドワーフ〉は魔王軍によって滅びかけていた。

 他の〈六頭人種〉に比べて背丈は短いが腕っぷしが強く、なによりも技術がある俺たちは並の魔物は大砲撃っていれば負けなかった。

 だが、〈七災魔族〉となると話が変わった。


 〈七災魔族〉にして無敵戦車【怠惰スロウス】。〈人間〉の城よりも、エルフの〈大樹〉よりもでかい、大砲も爆薬も全部弾いちまう殻を纏った半円型の化け物戦車。

 なんの拘りも感じられない馬鹿で間抜けなデカブツに、俺たち〈ドワーフ〉は幾つもの国が踏み潰された。


 それでも〈ドワーフ〉は意地っ張りで、頑固だから。仇は俺たちの手で化け物を殺すとか言って他の種族の手を借りなかった。


 だから俺たちの国はたった一つだけになった。本当に嫌いだこんな奴ら。


 流石に国がひとつだけとなれば、馬鹿な〈ドワーフ〉たちでもヤバいと思ったんだろう。ここでようやく他の種族に助けを求めていたらしい。

 ただの一般市民の俺には噂ぐらいしか耳に入ってこなかったから実際、どういう話し合いがされたのかはわからない。

 生き残っている六種の人種の事を〈六頭人種〉として呼ぶようになったので、よっぽどのことがあったのだろうとは思う。


 なんにしても助けはやってきた。〈ドワーフ〉の声を聞いて、あいつらがやってきたヴァスティマ帝王と勇者を筆頭とした魔王討伐軍。


 それからどうなったか。〈ドワーフ〉たちは〈人間〉の王様に誑かされて命懸けの最後の決戦へと挑んだ。

 俺も作戦に参加した。嫌だとは流石に言えなかった。この時初めて俺は自分を弱虫と罵ったかもしれない。


 正直もう2度と帰ってこられないかと思っていた。

 なにせ〈人間〉の王が語った作戦での俺たちの役回りは、あの化け物に近づいて大砲を打って勇者への攻撃をなるべき減らし、弱点を外に出すことだったからだ。

 どう考えたって囮役、人間の王もはっきりそうだと言っていた。


 それでも単純な〈ドワーフ〉たちは煽られて、黙って指を咥えて見ているなんてできやしねぇぜとかいいくさって子供を除いた男どもは全員参加することとなった。

 本当に〈ドワーフ〉なんて嫌いだ。


 巨大な化け物は名前の通り、本当に怠けたやつで自分から先に攻撃することはしやがらない。

 まああれほどでかぶつ通り過ぎるだけで、全てがぺちゃんこになるから別に良いのだろう。

 そんなふざけたやつも大砲を当てれば反撃をしてくる。殻から俺たちが作ったよりもどでかい大砲が出てきて、あたり一面を吹き飛ばしやがる。


 俺もそれに巻き込まれた。エルフの魔法で三発ぐらいは耐えたがもって十数秒だったかな。

 爆発に巻き込まれたっていうかは、爆風で吹き飛んだ感じだ。砲弾が向かってくる時、一瞬黒い稲妻が横切った気がする。

 俺以外にも何人か助かったが全員が重症、特に俺は片腕が大砲に押しつぶされてぺしゃんこになっちまった。

 さらに最悪なのはうつ伏せになっているので、何が起きているのか全くもって見えないということだ。


 それから終わるまで動けなかった。大砲に腕が挟まれていたってのもあるが世界が壊れるかと思うほどの地響きに轟音が聞こえてきて怖くて仕方がなかった。


 だが負けないくらいのバチバチっていう音と、雷鳴の音が聞こえていた。勇者が戦っている音だと見えなくてもわかった。


 その音を聞いているうちに俺の心は妙に落ちついてきて、恐怖ではない別の感情が、心の樽をいっぱいにして、この戦いが始まってから初めて俺は泣いた。


 ──そうやって歌い続けているあいだに勇者によって【怠惰スロウス】は滅ぼされて、〈ドワーフ〉の国は救われた。




 俺は救援に駆けつけたヴァスティマ兵が大砲をどかしてくれた。そんで、気に入らない〈エルフ〉に治療されて一命を取り留めた。陰険で面倒なアイツらだけど俺たち〈ドワーフ〉とは違う器用さを持っているのは流石だよ。絶対口にはしねぇけどよ。


 国に帰ってきた俺たちを待っていたのは凱旋だった。


 それから直ぐに国を挙げての祭りとなった。

 俺たち〈ドワーフ〉にとって祭りは功績者を称える事と、死者を尊ぶことを同時に行うための祭事でもある。


 だから俺たちは酒を飲んで、つまみを平らげて、歌って騒ぐ。弱虫でも片腕が無くなっても関係ない。

 まあなんにしても良いことあった日に飲む酒が美味いってだけだと思うけどな。

 〈人間〉や〈エルフ〉の奴らが俺たち怪我人を引き攣った顔で見るが、いつもの事だ。


 だから〈七災魔族〉を初めて倒したとか、ゴルドが死んだとか気になる事があっても、とにかく酒が美味くて仕方がなかった。


 そんな風に気分よく飲んでいると、どこからともなく歌が聞こえてきた。


 〈ドワーフ〉の歌。耳に入った〈ドワーフ〉たちが当然のように歌い始める。

 歌はいつしか国中で聞こてきた。

 いつもの事だ。街中でも炭鉱中でも誰かが歌うとすぐに合唱になる。


 ふと、歌を聞いているうちに死にかけた時にひとりぼっちで歌ったのと比べてしまい。俺は気まずくて人気のないところを目指して歩き出した。


 +++


 国の中にある丘の上。鉱山とは遠く離れている事もあって〈ドワーフ〉たちが滅多に来ない場所がある。


 そんな俺の居場所と言っても過言ではない秘密の場所に先客がいた。

 俺が作ったベンチに腰掛けている全身真っ黒のそいつはどうやら〈人間〉は、なにをするわけでもなく、ただ灯りがともった町の方を見ていた。


「勇者?」


 月明かりで見えるほど近づいて、その〈人間〉が〈七災魔族〉にほぼ単身で立ち向かった勇者であった事に気づく。


「ん、あ……〈ドワーフ〉の……」


「メジトだ。この国に生まれ、この国で生きてきてた〈ドワーフ〉のメジト。こうして話すのは初めてだな。勇者殿」


「あ、ああ、よろしくな、メジト」


 もしかした別人かと疑うが、どうやら本人で間違いないようだ。

 しかし【怠惰スロウス】を倒した〈人間〉にしては随分と弱々しい。

 勇者は、ぱっと目が合ったかと思えば、すぐに俺の腕があったほうへと目を向ける。


「……その腕」


「ん? ああ、【怠惰スロウス】の時には。すげぇ間抜けな話でよ。大砲に潰されておしゃかになっちまった」


「……そっか」


 ──めんどくさいやつ。勇者と話してそう思った。


 何やってるんだと笑いもしなければ、情けないと怒りもしねぇ。ただ悲しそうに顔を歪めて何も言わない。

 本当にこいつがあの【怠惰スロウス】を倒したのかと疑いたくもなってくる。


 でも間違いない。あの黒い雷は間違いなくこいつのものだ。

 この国にやってきたとき、頼りないって血気盛んな〈ドワーフ〉たちに喧嘩を売られていたのを遠くから見ていた。

 その時、体中から黒い雷を迸らせて目に見えない速さで、そいつらを負かしていたのだが、あれは痛快だったぜ。


「辛気臭い顔してどうした? こういう時こそ酒を飲めよ 他の〈人間〉も、あの〈エルフ〉だってそうしてるぜ!」


「……酒が弱くてさ、あそこに居るだけで匂いで酔いそうだったから避難してきたんだ」


「酒に弱い!? そんな事が!?」


「そんな驚くことか?」


 アレだけ強いのに酒が飲めないなんて、俺たち〈ドワーフ〉にとっちゃ考えられない話だぜ。


「なんてことだ……勇者のあんたが〈ドワーフ〉の火酒を飲めないなんて、そんなことがあっても良いのかよ!」


「いや別に飲もうと思えば飲めるんだけど……まて、泣くほどか!? 俺が酒弱いの〈ドワーフ〉にとってそこまでのものか!?」


 気がつけばヒゲを濡らしていた俺に勇者が心配そうに声を掛けてくる。

 いけねぇ、やっちまったぜ。


「すまねぇ。酒が飲めないって想像するだけでもしんどくてな。俺は〈ドワーフ〉らしくねぇってよく言われるが、酒だけは別だ。アレは俺たちにとって血に等しい飲み物だ。俺たちにとって酒が飲めなくなるってのは片腕を失うよりも絶望なんだよ!」


「腕よりアルコールって……とんでもねぇな」


「アルコール?」


「あー、アルコールは酒精の別名みたいなものだ」


「なるほど、〈人間〉では酒精の事をアルコールって言うのか!」


「ああいや……まあいいか」


 良いこと聞いたぜ。今度から他の〈ドワーフ〉たちに言ってやろう。あいつら酒の流行りには敏感だからな。

 勇者が使っている言葉なら、若い連中を筆頭にすぐに流行るだろ。


「……なあ、片腕失っているのに、そんなでいいのかよ?」


「そんなもの生きていれば指一本、片腕一本失うこともある。それに〈七災魔族〉は鉱山の粉塵爆破とは比較にならねぇ相手だった。命あっただけ儲けもんだよ」


 体の欠損なんて、それこそ〈ドワーフ〉の中ではしょっちゅうだ。義手義足なんてのは珍しくない。

 祭りが終わったら、すぐに自分のを頼むつもりだ。

 ああそういえば、あいつ生きてるかな? 祭りで見ていないな。まあそれも明日分かるか。


「……そっか」


「おう」


「…………」


「……ああもう、めんどくせぇな! 〈七災魔族〉倒したっていうのに、なんでそんな辛気臭い顔してるんだよ!!」


「いでっ!?」


 勇者だし、戦いの功績者だし、いちおう国の客人だしと気を使っているのを面倒になって背中を叩く。

 嫌いなはずの〈ドワーフ俺たち〉流の話のはじめ方だ。


「主役がそんな顔していたら、酒が不味くなるわ! 気持ち悪いっていうなら胃にあるもの酒飲む前に全部吐いちまえよ!」


「暴論が過ぎる……分かってるんだ、どうしようもないって。サクリにも……弟分にも、王様にも気にするな、むしろ誇りに思えって言われたけど……でも、俺がもっと上手く、もっと速くやれていたらって……ずっと考えてしまうんだ」


 弱々しく落ち込む理由を話す勇者は泣いていた。

 涙は出ていないが、俺にはわかる。

 俺が弱虫なら、勇者は泣き虫だ。だからわかる。


 こいつは【怠惰スロウス】との戦いで出た死者とか被害を、自分の所為だと思い込んでいるようだった。


「──バカじゃねぇの」


 考えるよりも先に口から言葉が出ていた。勇者は目をまん丸にして驚いている。

 なにか難しい事を言おうとして辞めた。

 せっかく覚えた諺を言おうとして辞めた。

 ああ、最悪なことに、結局俺も単純で馬鹿な〈ドワーフ〉なのだろう。


「そういう時はな酒飲んで寝ればいんだよ。そんで覚えちまっているなら今度は酒飲んで歌って寝ればいい! 起きちまったものは仕方ないんだ。だったら洗い流して過去にしちまえばいいんだよ。それがいい、それでいいんだよ、少なくとも俺たち〈ドワーフ〉はな」


「……んな、割り切れるかよ」


 それから勇者は何も言わなくなった、またうじうじとしてるなと思って声をかけようと思ったら、今度は勇者のほうが先に口を開いた。


「──歌」


「あん?」


「【怠惰スロウス】と戦っている時に歌が聞こえたんだ……あの歌について何か知らないか?」


 聞こえていたのかよ。あんな爆音と雷鳴の中で、最悪だ。


「あの聞こえてきた歌に勇気を貰ったんだ──だから勝てた」


 ──そうかよ。なら俺は弱虫で良かったよ。絶対に口にはださねぇがな。


「あの歌は、この国の〈ドワーフ〉たちなら誰だって知っているぜ」


「そうなのか? なら教えてくれよ」


「……誰だって知っているからな! 誰かに聞け!!」


 いざ歌えと言われると急に恥ずかしくなって、そっぽを向く。

 笑い声が聞こえてきたが、それも無視する。


 なんとか話題をそらしたい、そんな気持ちで何かないか考えていると、そういえば大事なことをひとつ忘れいていた。


「なあ勇者。そういえば名前を聞いてなかったな」


「悪い、そういえばそうだったな」


 相変わらず辛気臭い顔だが、勇者はさっきよりもだいぶマシな顔になって答える。


「俺の名はエクレルだ。これから宜しくなメジト」


「おう、景気付けだエクレル。ドワーフの火酒を飲め!」


「ああ、やっぱそれ酒だったのか……うっ、匂いだけで寝そう……〈ドワーフ〉的に水で割るのはあり?」


「無しだ! 〈ドワーフ〉の火酒は喉を焼くぐらいが美味いんだ! 良いいからこのままぐいっていけって、断るなら俺が飲ませてやるぜ!」


「アルハラだ!?」


 この後、エクレルは言われた通り火酒をひと口飲んで寝ちまいやがった。

 本当に弱かったんだな。

 流石に勇者をこのままにしておけないと仲間っぽそうな奴らの所へと担いでいく。


 ──後から指摘されて気づいたが、俺は歌を口ずさんでいたらしい。

 やっぱり嫌いな〈ドワーフ〉の歌を。今まで見たことがないくらい、とても気分良く。



 弱虫メジトが、勇者の仲間になる前日譚。

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