エクレル


 エクレルという〈人間〉の少年は魔力の保有量だけで言えば百年に一度の天才であった。


 しかし、彼は魔力を外部に放出して魔法に変換できない欠陥をもって生まれた。


 そんな水と油のような才能と欠陥は、彼にとある魔法を生み出す材料となる。魔法技術全ての始祖と呼ばれている〈エルフ〉からは自殺行為と忌み嫌われたらしい、外部へと放出せずに、体内に宿したまま魔力を雷の魔法へと変換させて、己を漆黒の雷と同一存在へと至らせる、唯一無二の魔法──[雷化]。


 ──私を助けてくれた青年は漆黒の電気を衣服に装着されている金属から放電していた。


 聖書の記述によれば、勇者エクレルは精製したは良いが不必要となった電気を、身につけている金属品から放出して、体内に電気を溜め込まないようにする。


 ──聖書に記された、そのまんまが私の目の前で起きている。何もかもが突然に。


 朝起きたら裁判を受けて、生贄の刑に処されて、『贖罪教』の騎士に犯されそうになって、そして目の前に殆ど確定的に300年前に消えた勇者が私を助けてくれた。


「あ、あの……」


「少し待ってくれ」


 思考はこんがらがったままだが、とにかくお礼のひとつでも言うべきだと口を開けば、勇者エクレルに静止させられる。何がと疑問を挟む暇もなく、彼は黒い電気の線を置き去りにしながら、どこかへと消えて言った。


 ──四方八方からバチバチと電気の音が鳴る。黒い光が時折森の隙間から見える。もしかして接近してきた魔獣を倒しているのだろうか?


「──なんでこんなに魔獣が多い」


「……ここは魔獣の住処みたいです」


「そういうことじゃ……まあいい」


 気がつけば再び体から放電している彼が、私の目の前に戻ってきていたが、なんとなく予想が付いていたので、そこまで驚くことはなかった。疑問に答えてみたが、聞きたいことでは無かったようだ。


 魔獣とは、元々は〈六頭人種〉を襲うような生物ではなかったが、魔王によって改造させられて生物兵器へと作り替えられた存在らしい。彼らは生物として普通に子孫を産んで、三百年後の現在では独自の生態系を築き上げていた。


 もしかして、勇者が気になったのは魔王を倒したのに魔獣が減っていない事についてだったのかって……違う、気にするべき事はそこではなく、先ずは彼の正体を確認するか、礼を述べるのが先だ。


「それで? どうして森の中に居るんだ?」


 しかし、完全にタイミングを逃してしまったようで話が進んでしまう。私は素直に、これまでの経緯を説明しようとして──寸前で留まる。


「どうした?」


「……いえ、なんでもありません……実は、私が暮らす今現在の『ヴァスティマ』は『贖罪教』と呼ばれる教会が管理しています。それで、私は『贖罪教』に対して批判的な言動を行なってしまい罰を受ける事になってしまったんです」


 咄嗟の判断で、私は聖書など勇者に関する事は伏せる事とした。彼が偽物であれ、本物であれ、出会って早々話していい内容では絶対にないと思ったからだ。


「それで罰を受けるために『ヴァスティマ』の外へと連れられている最中に、彼らに襲われて……」


「……批判しただけで、ここまで連れてこられたのか?」


「はい……」


 隠し事有りで、されど嘘を吐かずに自分の置かれた状況を伝えると、彼は無意識なのか表情を苦々しくした。


「……どういう罰だったんだ」


「端的に言ってしまえば、極刑です」


「……馬鹿が、批判ぐらいでやる内容じゃないだろ……」


 ──返事というかは、どうやら無意識に出てしまった独り言のようだ。ああ、優しい人だ。彼の正体が誰であれ警戒心が消え去っていく。


「──言うのが遅れてしまいました」


「ん?」


「助けてくれて、本当にありがとうございます」


 なんにせよ、貴方がいなければ私は犯されたあげくに、魔獣に喰われて絶望の中で死んでいたのは間違いないと、遅れながら彼に対して感謝の気持ちを伝える。


「──別にいい、癖みたいなもんだ」


 そっぽを向かれてしまう。照れているのか、彼にとって当たり前でしかないのか判断は付かないが、人助けを癖でやっている時点で、良い人なのは間違いないのだろう。


「それで? これからどうするんだ?」


「……お願いがあるのですが」


「ああ、別に連れて行くのはいい。ここで放置するつもりはない。どこに連れて行けばいい?」


 どうやら、送ってくれる前提の話だったらしく、先に了承されてしまう。ここで遠慮する事は死と同義なため彼の優しさに、なにも言わず甘えることにする。


「では、『ヴァスティマ』へと」


「……戻っても、また捕まるだけじゃないのか?」


「他にいく宛が無いので、とりあえず……もしかして私のこと知っていました?」


 彼の言い方に、少し違和感を感じて尋ねると、気まずそうに頭を掻いて目を逸らした。


「あー、昨日な」


「やはり、空き地に居たのは貴方だったのですね」


 あの空き地で見た青年は、彼本人で合っていたようだ。そうなると、あそこで何をしていたのか? どうして涙を流していたのか? 聞きたいことが沢山貯まっていくばかりだ。


 ──ただ、これまでの事で分かったのは、彼は本物の勇者エクレルだ。[雷化魔法]を使えるから、聖書に記されている情報と合致するから、そしてなによりも私が、彼は勇者なのだと思えた。


「言っておくが、ストーカーじゃないぞ? 声が聞こえたから光の速さでやってきただけだ」


「何も言っていません」


「そうか……余計なこと言ったな」


 ぼそぼそ、独り言を呟き恥ずかしいのか頭を掻く勇者エクレル。


 聖書の内容通りであるなら、彼は[雷化魔法]の応用で遙か数キロ先の声を聞くことができるらしい。ただ音を全て拾うと判別できなくなるため、何かしらの方法で勇者に助けを求める声だけに絞っているとか。


 ──だから私の助けてという声に、彼は反応して来てくれた。魔王討伐後、この特性を利用して何度も〈六頭人種〉に嵌められた筈なのに。それでも助けを求める呼び掛けに応えてくれた。


「……こんな事なら、もっと早く……最初から追っていればよかった」


 それなのに彼は、もっと早く助けられたと後悔していた。私が助けてって言ったのは犯される寸前だ。か細い声でたったひと言。勇者様助けてと口にしただけなのに、貴方は来てくれた。


「そんな風に思わないでください……勇者エクレル様」


 ──知れば知るほど、どうして三百年前の祖先は彼を信じ切ることができなかったのか、本気で分からなくなる。


「……なんで、俺が勇者だって知ってる?」


「え? さっき私が名前を口にしたときお認めになりましたよね?」


「……また口に出していたのか」


 ──そうだ。勇者は大きな独り言を口に出してしまい、それをよく聞かれていたと聖書に書いてあった。忘れていたというか漸く思い当たるぐらいには、私は冷静になれたようだ。


「あー、それで? なにか足は有るか?」


「馬車は残っていますが、馬を扱った事が無くて……」


「すまん。どっちにしろ無理だ、さっき一瞬近寄ったら馬が怖がって逃げちまった」


「あ、それなら全然、はい」


 言ったように馬には乗れないので、逃げたのならば、この話はお終いだ。それから馬が魔獣に喰われるか、生き延びるかは私の管轄外であるが、できるなら生きて欲しいと祈りを捧げる。


「確か、体内の放電とかで動物に逃げられるんですよね?」


「何で知ってる?」


「……色々と伝わってるので」


「まじかよ……はぁ」


 嘘は言っていない。『贖罪教』の聖書によって勇者エクレルの事は300年後の今でも、かなり事細かに知られている。なんなら貴方が下戸で、あの殆どアルコールが無いヴァスティマ産麦酒三杯で酔ってしまうことすら知っている。


「まあいい、とりあえず『ヴァスティマ』に行くぞ」


「……はい、お願いします」


 勇者が居てくれるとは言え、魔獣の住処であるのは変わりなく、歩きともなれば今日中に帰れるかすら分からない。


「悪い」


 だから、とにかく森の中から抜けようと思って居ると、突然担ぎ上げられた。


「……な 、勇者エクレル様?」


 こ、これはもしかして聖書に記されていた伝説のお姫様だっこ!? 窮地に陥った〈エルフ〉の姫を助けた時に魅せたあの! 割とはずい!!


「あ、あの勇者エクレル様。流石にこれは……おんぶや藁担ぎでも良いので変えて頂けませんか?」


「それだと危ないんだ……悪い」


 ま、まさか伝説のお姫様抱っこを経験するとは、いや、する理由が合理的なものであるのは分かっているんだ。さっきも思ったとおり私の歩幅に合わせて移動したら日が暮れてもおかしくないし、勇者の速度に合わせられるなら、そっちの方が決まっている。


「……分かりました。お願いします」


 ──それに。


「────ま、まって──くれ──」


 少し遠くから離れた微かな声を、私は聞こえないふりをした。私が生きていると気付いて居るなら勇者も気付いている筈だったから、彼が何も言わない限り、私もまた同じようにする。


「──反省してください」


 ただ、余計な事かもしれないが、私の意思で彼らを置き去りにするとだけは、しっかりと発言する。


「……目を閉じて、しっかりと捕まってくれ」


「……あの、そういえば速度ってどのくらい出るんですか? 光の速さとかだと、流石に死にそうなのですが……」


「大丈夫だ、俺は他人を魔法で保護するのは得意じゃないから、流石に速度は落とす」


「わかりま――〜〜!!?」


 ──どういう原理だか、風とか振動とかは無く、呼吸もまともに出来たが、ものすごく早く流れる景色が怖すぎて、私は止まるまで彼の顔を見上げ続けた。


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