頼りになる存在

三鹿ショート

頼りになる存在

 彼女が存在していなければ、私は何年も前にこの世を去っていたことだろう。

 母親に似て華奢であり、雪のように白い肌を持ち、気弱そうな目つきをしている私は、嗜虐的な人間たちの興味をそそる存在だった。

 ゆえに、私はこれまで数多くの男性たちによって身体を弄ばれ、その中には父親も含まれていた。

 あまりの苦痛に、自らの意志で生命活動を終えようとしていたとき、彼女が私の前に現われたのだ。

「困っていることがあるのならば、私がなんとかしましょうか」

 彼女の素性は不明だったが、藁にも縋る思いで、私は涙を流しながら何度も頷いた。

 事情を知った彼女がどのように問題を解決したのか、今でも教えられたことはない。

 だが、私を虐げていた人々が揃って私から離れていく姿を見れば、私の興味よりも喜びの方が勝ったため、追及することはなかった。

 それからも、彼女は私が困った事態に遭遇するたびに、力になってくれた。

 見ず知らずの私に対して、何故そこまで親切にしてくれるのかと問うたところ、彼女は儚い笑みを浮かべながら、

「私には、あなたのように周囲から虐げられている友人が存在していました。しかし、そのときの私は自身が標的と化してしまうことを恐れるあまりに、手を差し伸べることはしませんでした。その結果、友人は苦しみから逃れるために、この世を去ることを選んだのです」

 彼女は遠くを見つめながら、

「あなたに親切にする理由は、二度とその友人のような人間を生み出したくはないと考えたからです。親切の押し売りだと思うのならば、大人しく身を引きますが」

 私は首を左右に振った。

「迷惑だと思ったことは、一度もありません。むしろ、あなたが迷惑でなければ、これからも力になってほしいとさえ思っています」

 その言葉に、彼女は口元を緩めた。


***


 彼女は他者に苦しめられる私を救ってくれるだけではなく、欲望の処理も手伝ってくれた。

 さすがにそこまでは頼むことはできないと告げたが、彼女は嫌悪感を露わにすることなく、私の世話をしてくれた。

 だが、彼女を恋愛対象として見たことは、一度も無かった。

 恋人というものは並んで歩く存在だと考えているが、彼女とは住んでいる世界が異なっているような気がしたのである。

 彼女もまた、私に対して恋愛感情を抱いている様子ではなく、年下の友人に親切にしているだけのように見えた。

 互いにそのようなことを考えながら同じ部屋で生活しているが、未だにこの関係が崩れることはなかった。


***


 私が初めて恋慕の情を抱いた相手に愛の告白をしたところ、相手はそれを受け入れてくれた。

 喜びながらそのことを彼女に伝えたが、彼女は浮かない様子だった。

 自分のことのように喜んでくれるものだと思っていたため、そのことを話すと、彼女は神妙な面持ちのまま、

「本当に、その相手は信用することができるのでしょうか。人間関係などを知った上で、愛の告白をしたのですか」

 彼女の言葉に、私は首肯を返した。

「親しい異性が存在するかどうかなどは、自分なりに調べたつもりです。そのような存在を確認することができなかったからこそ、私は相手に想いを伝えたのです」

 良い気分のまま、私は眠ることにした。

 彼女は最後まで悩ましげな表情だったが、気にする必要も無いだろう。


***


 恋人という存在と時間を過ごすことに慣れていないためか、最近はなかなか疲れが抜けなかった。

 それでも、恋人との時間は良いものだった。

 このような時間が何時までも続けば良いと考えていたある日、恋人が突然、私の部屋にやってきた。

 恋人は怒りを露わにしながら、私の胸を小突き続ける。

 恋人の話を聞いて、私は言葉を失った。

 何故なら、恋人が密かに関係を持っていた相手を、私が奪ったのだと告げてきたためだ。

 恋人が私を裏切っていたことも衝撃的だが、その浮気相手を私が奪ったなど、何故そのような発想に至るのだろうか。

 私が問うと、恋人は彼女の部屋へと向かい、その部屋に存在するものを次々と指差しながら、これらが証拠だと告げた。

 しかし、室内の衣服や下着は彼女のものであり、鬘も彼女が気分を変えるために時々使っているものである。

 それを告げると、恋人はさらに語気を強めた。

「彼が心を奪われた相手の特徴は、以前あなたが私に見せてくれた女装姿と同じだったからです。そして、この部屋に存在するものも、その相手が身につけていたものばかりなのです。一体、あなたは誰の話をしているのですか」

 そう問われたとしても、彼女が存在していることは確かである。

 ゆえに、彼女に連絡し、この部屋で事情を説明してもらおうと考えた。

 だが、私は彼女の連絡先を知らなかった。

 常に私の傍に存在していたために、知る必要が無かったのである。

 そこで、私は一つの可能性に至った。

 もしかすると、彼女は私が作り上げた存在なのではないか。

 弱い私が問題を解決するために作り上げた、架空の人間なのではないか。

 その瞬間、私の意識は遠のいた。

 気が付いたときには、恋人が床に転がっていた。

 何時の間にか隣に立っていた彼女は、私を案ずるような様子で、

「もう少し早く来ていれば、このようなことにはならなかったことでしょう。遅れて申し訳ありませんでした」

 私は彼女に問うた。

「あなたは、私の想像上の人間なのですか」

 その言葉に、彼女は目を見開いたが、即座に微笑を浮かべると、

「私は、確かに存在しています。あなたの恋人は怒りのあまり、奇妙なことを口にしてしまっただけでしょう」

 彼女は動かなくなった私の恋人に近付きながら、

「後のことは私に任せて、あなたは休んでください。あなたが眠っている間に、私が片付けておきますから」

 彼女と恋人の言葉のどちらを信じれば良いのかなど、明白だった。

 彼女はこれまで、多くの問題を解決してきてくれたのだ。

 そのような恩のある人間を疑うなど、あってはならない。

 私は彼女に頷くと、布団に入り、目を閉じた。

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頼りになる存在 三鹿ショート @mijikashort

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