揺れるもの。

雨思考

夏 嫌いなもの。

夏は嫌いだから。

そう、嫌い。人の露出が増えるから。


朝の電車が嫌いになる。薄着の人が増えるから。

まだ焼けてない、白い肌が目に入るから。


仕事に行くために、電車へ乗り込まねばならない。

勤めに行くのは小さな図書館。

そこら辺にある、小さな、新しくもない図書館。


そこに行くために、白くパリッとしたシャツを着て、ちょっと動きにくいけど見目はいい黒いズボンで。いかにもな格好で家を出ていく。

今日は暑くなると聞いたから。約一年ぶりの半袖で勤めに行く。


駅のホームは人が多い。時間帯的に少数のサラリーマンと、ほぼ学生。


夏服だ。衣替えだ。ぁあ、サラリーマンはまだかな。そろそろクールビズとか。


時間通りに来る電車に乗り込む。というかなだれ込む。すべての人が近い。


重ねて言う。

夏は嫌いだ。肌の露出が増えるから。


目の前の学生が、スマホを両手に持って操作するのが至近距離で見えている。見えていると言うか、目に入れなければいけない。


見えるもの。

真正面ではない。横向きの学生。


まだ焼けてない肌。

青白い首筋。

暑さでちょっとほてった頬。

耳についているワイヤレスイヤホン。

少しよれた制服。

肩にかかっている重たそうなスクールバッグ。

線が刻まれている手首から肘。


さらに重ねて言う。

だから夏は嫌いなんだと。


刻まれた腕は、少し赤い。

ぁあ、おそらく新しいものだ。


その傷から滲み溢れる自己と、溶け出した太陽のような温度と、

自分には一切わからない、計り知れないその人物の感情、生活、環境、エトセトラエトセトラ。



少しだけ想像したことある。

見たことある。

思い出す。


そう、思い出す。



電車を降りて、改札を出て、自分の腕をようやく見れた。

日に焼けていない、病的に白い肌。図書館勤務だから。外に出ないから。


自己で傷など、一度もつけたことのない、何の変哲もない肌。

青い血管が見える。手首には、筋も少し。


白い肌は母譲り。父は普通。

一家ほぼ全員白い肌。


ほぼ。


数個年下に、自分の大切にしている家族がいる。

ただひとり、褐色気味の肌。


外で部活をするわけでもない、元気に遊びまわるわけでもない。生まれた時から、少しだけ、肌が褐色だった。


会ったことのない祖父は褐色気味の肌だったと母から聞いた。祖父は母が小学生の時に病気で早くに御隠れになった。


似ているらしい。肌の色が。


自分が数年前、帰省した時にみたその褐色は、

無数の線で刻まれていた。


治りかけで、赤くなかった。


自分は、何も、できないんだよ。

ぁあ、キライダキライダ。



夏は嫌いだ。



自分の漠然とした存在意義や罪、不安を感じる。

何が正しいとか、間違ってるとか、そんなんじゃない。

誰もそんなこと考えちゃいない。


暑さで頭がやられてるだけ。

でも思い出さずにはいられない。


涙なんて、溢れても痛くない。



夏が始まるんだ。

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