第3話 危険な試験! 勇気のジャンプ(前編)

 佐野原先輩に案内されるまま、俺たち受験生は校舎の階段を上った。


「さ、ここが受験会場だよ」


 え? そうはいうけど、ここは……

 疑問に思ったのは俺だけではなかったようだ。

 ミカが代表して先輩に聞いた。


「あの、ここって屋上じゃありませんか?」


 その通り。佐野原先輩に案内されたのは校舎の屋上。

 フェンスもなく冷たい風が吹きぬけている。

 屋上の中央にはブルードラゴンが鎮座中だ。

 俺たちと同じくらいの背丈だから、まだまだ子どものドラゴンだ。


「その通りだね」

「試験って、ここでやるんですか?」

「そうだよ。厳密には第一試験の会場。試験官の先生はもうすぐ来る。あ、ちなみにこのブルードラゴンは俺のパートナーでホンっていうんだ。よろしくね」


 ホンは「くぅん」と先輩に甘えるような声で鳴いた。

 先輩は戸惑う俺たちに「分るよ」とうなずく。


「そうだねぇ、驚くよねぇ。俺も去年は同じだったから。でも、間違いなく試験会場はここだよ。ほら、先生もきた」


 先輩が上空を指さす。見上げるとホンよりもはるかに大きなブルードラゴンが、屋上へと降り立とうとしていた。

 あわてて屋上の端に走る俺たち。

 ゆっくりと屋上に着地するブルードラゴンとその騎手。

 先輩はドラゴンの翼が巻き上げる風に負けじと大声で俺たちに言った。


「最後に先輩からのアドバイスだ。みんな、死なないようにね」


……はい? 死なないように?

 えーっと、強風のせいで聞き間違えた……かな?


 困惑しているいとまもなく、ブルードラゴンが屋上に降り立ち、一人の女性が騎手席から飛び降りた。

 彼女は俺たち受験生を「ふーむ」と一通り観察して、先輩に確認する。


「こいつらが今回の受験生か?」

「はい、乱獅子らんしし先生」

「ふんっ、なるほどな。二人か、せいぜい三人といったところか」


 どういう意味だ?

 疑問に思う俺の心を読んだかのように女性――乱獅子先生はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「第一試験を合格する人数の予想だよ」


 このとき俺たちはこのあとに待つ、恐ろしいまでにシンプルで命がけの試験内容を知るよしもなかったのだった。

 先生はさらに続ける。


「さて、これから試験を始めるわけだが……まずは自己紹介といこうか。私は乱獅子万代ましろ。今日の試験を担当すると共に、新年度は一年生の担任兼実技を担当する。すなわち、諸君がもしも合格したならば私が諸君の担当教諭になるわけだな。この意味が分るか?」


 首をひねる俺たち。

 そりゃ、言葉の意味は分る。

 だからこそなぜそんなことをわざわざ確認されるのかが分らない。

 何か言葉通り以上の意味があるのだろうか?


「つまるところ、諸君が全員不合格になれば、私は来年度ほとんど仕事をすることなく給料だけもらえるということだ。というわけで、全員不合格になってもらえればうれしい」


 おい!


「……とはいえだ。あまちゃんのガキどもとはいえ、一応夢に向かう若人わこうどたちだ。チャンスは与えようじゃないか。ここにいる時点で、小学校時代にそれなりの努力はしたのだろうからな」


 なんだよ、この先生?

 龍矢とは別の意味でムカつく。

 それはみんな同じ気持ちだったと思うが、相手は試験官だ。

 さすがに抗議の声をあげるやつはいない……と思ったのだが。

 龍矢が進み出た。


「ふんっ、ずいぶんとふざけた女だな」


 失礼教師には失礼生徒が対抗とでもいうのか。


「ほう、少しは骨のあるガキもいるか。名前は?」

「高力龍矢だ。ドラゴンライダー学園の教師でありながら世界チャンプの息子も知らんのか?」

「もちろん知っているさ。だがそれはお前が高力昇龍の息子だからではない。受験生のプロフィールは全て頭に入っているからだ。私が言いたいのは……」


 先生は龍矢に近づき冷たく睨む。


「……教師に対して名乗りもせずに意見する非礼を正せという話だ」

「俺は習う価値のない相手を教師とは認めない。お前にその価値があるのか?」


 うわぁ、すごい会話。先生も先生なら龍矢も龍矢だ。

 俺がヒヤヒヤしながら見守っていると、先生は「なるほどな」とうなずいた。

 それから「はーははっ」と高らかに笑う。


「なかなか元気な小僧だ。非礼ではあるが何一つ反論できない他のガキどもよりはマシか」


 龍矢は胸をはる。


「ふんっ、当然だ。俺様をそんなモブザコキャラどもと一緒にするな」


 先生はギロリと龍矢を見下ろした。


「言っておくが、誰の息子だろうと試験に手心はくわえんぞ?」

「父の力など借りなくても俺は合格する」

「大した自信だな。私が不合格と言えば、そうなるというのに」

「そこまで理不尽な教師ならば、それこそ習う価値などない」

「そうか、ふふふっ」

「はははっ」


 高らかに笑いあう二人。

……これ、どうなっちゃうんだ?

 一通り笑い合ったあと、先生は俺たちに言った。


「さて、それでは高力龍矢の言うところのモブザコキャラたちの自己紹介も聞いておこうか」


 なんつー先生だ。俺は呆れかえるしかない。

 一方、ミカが「はーい」と手を上げた。


「じゃあ、私からね。私は風粉ミカ。別名、皆大好きランミカちゃんよ♪ あらためてヨロシク!」


 ミカの自己紹介に先生はうなずく。


「小学生リューチューバーか。競龍研究動画が評価されて実技科目は免除になったらしいな?」

「そうですねぇ。ま、私が本気を出せばなんかの運動競技で日本一になるくらい簡単ですけど」


 うわぁ、ミカも言うなぁ。


「結果を出していない人間の大口などに興味はない。が、龍矢につぐ積極性は評価しよう」


 積極性か。俺も負けてられない!


「なら、次は俺だ。大空竜太。実技科目は、空手全国大会三位だな。未来の競龍世界チャンピオンだ。覚えておけ!」


 そうカマしてやったのだが、返ってきたのは先生の冷たい言葉だった。


「もう一度言うが、結果を出していない人間の大口など私は興味もない。せいぜい今日不合格になって赤っ恥をかかないようにしろ」


 うう、反論できない。

 このあと、残る四人も自己紹介した。

 佐々木ささきめぐみは女子ジュニアマラソン優勝者で、加藤かとう翔汰しようたは男子ジュニアマラソン優勝者。二人は同じ小学校に通っているらしい。

 山田やまだ一太いちたは走り幅跳び男子小学生日本記録保持者。最後に丸山まるやまたけるという男子は小学生相撲大会全国優勝者で、体重は八十キロくらいありそうにみえた。

 全員の自己紹介がおわると、乱獅子先生は「ふむ」とうなずく。


「ではこれより第一試験の説明を行う。何、極めてシンプルなテストだ。諸君らならば簡単にクリアーできるだろうよ」


 そう言うと、先生はいきなり屋上の反対側に走り出す。

 そのまま先生は屋上の端から跳んだ。


「きゃぁ!」


 叫んだ受験生が誰だったか。あるいは全員悲鳴をあげていたかもしれない。

 当たり前だ。校舎は五階建て。その屋上から跳ぶなど正気の沙汰ではない。

 先生は華麗なジャンプで屋上から隣の校舎の屋上へと着地して、こちらを見る。


「これが第一試験だ。制限時間は十分じゆつぷん間。さあ、こっちに跳んでこい」


 マジかよ。

 俺は先生が跳んだ屋上の端へ向かう。俺だけでなく受験生全員がやってきていた。

 ミカが震える声で言う。


「うそでしょ……」


 俺は屋上から少しだけ身を乗り出した。


「地面までの高さは……九・二メートルか」


 当然、落ちたらまず間違いなく死ぬ高さだ。


「向こうの校舎までの距離は二・四メートル」


 誰にともなくつぶやいた俺に、龍矢が言う。


「モブザコキャラにしては正確な測量だな。厳密には高さは九・二一メートル、距離は二・三八メートルだが」


 どうやら龍矢も俺と同じ空間認識能力を持っているらしい。


「分っているよ! 厳密に言わなかっただけだ」


 決して跳べない距離じゃない。

 去年の九月の体力測定で俺の走り幅跳びの記録は四・一八メートルだった。

 だけど、それは地上での話だ。

 失敗したら死ぬような場所での話じゃない!


 乱獅子先生は本気なのか?

 受験生に万が一のことがあったらどうするんだ?

 だが、先生は向こうの屋上から叫ぶ。


「どうした? あと八分だぞ」


 他の受験生たちが固まる中、龍矢が笑う


「はーははっ。さすがは天下のドラゴンライダー学園か。かましてくれる」


 そう言ったかと思うと。龍矢は一度屋上の反対側に行き、走る。

 そして、先生のいる屋上へジャンプ。落ちることなく無事着地した。


「ふむ、たしかに簡単にクリアーできるくだらん試験だな」


 俺の背中に冷たい汗が流れる。

 信じられない! 先生も龍矢も正気なのか?

 と、そんな俺たちに先輩が言う。


「無理はしない方がいいよ。なにもドラゴンライダーになることだけが人生じゃない。自信が無いならリタイアすることも勇気だ」


 最初に先輩が言った『死なないように』というアドバイスの意味を俺は理解できた。

 背中に冷や汗が流れるのを感じていると、走り幅跳び記録保持者だという一太が言う。


「なるほど、たしかに簡単なテストだな」


 そう言って、彼も先生と龍矢のいる校舎へと跳ぶ。さすが、龍矢以上に安定したジャンプだった。

 だが、やはり恐怖はあったらしく、着地したあと「ふぅ」安心したような息を吐いた。

 龍矢と一太の二人が第一試験をクリアーして、先生が言う。


「さて、残る諸君はどうする? 残り時間は六分十二秒だ」


 くそっ。

 こんなところでおわってたまるか!

 俺は自分を奮い立たせた。いいさ、跳んでやろうじゃないか。

 助走の距離を取るため校舎の反対側に立ち、ゴクリと唾を飲み込む。

 大丈夫、跳べるさ。距離は問題ないんだ。たった二・三八メートルだ。

 ミカが心配そうに言う。


「竜太……」

「平気さ。向こうで待っているから」


 俺は走る。走って、踏み切り、ジャンプ!

 その瞬間、下を見てしまう。眼下九・二一メートルの地面。


(大丈夫。とどく!)


 俺は先生と龍矢たちのいる屋上へと降り立ち、第一試験をクリアーしたのだった。


「たしかにラクショーな試験だな」


 強がってそう言ってみたけど、俺の声はガクガクと震えていた。

 龍矢はそんな俺を鼻で笑う。


「ふんっ。貴様みたいなモブザコがクリアーできるくらいだしな」


 一方、向こうの屋上へと目をやると。

 女子ジュニアマラソン優勝者の恵が跳ぼうとしていた。


「私だって、モブキャラでおわるつもりはないわ」


 叫び、彼女もジャンプ。こちらの屋上へ着地した。


 あと、三人。

 リューチューバーランミカことミカ。

 男子ジュニアマラソン優勝者翔汰。

 そして――


「僕、僕は……むりだよぉ」


 そう泣き叫び、膝を突いてしまったのは小学生相撲大会優勝者の剛。

 たしかに彼の体重では厳しいかもしれない。不可能ではないにしろ、失敗する可能性もそれなりにある。


「僕はリタイアする。先生も、龍矢たちも、頭がおかしい!」


 そう叫んで、彼は屋上の入り口から逃げ出した。

 龍矢が言う。


「賢明な判断だな。そもそも、ドラゴンライダーになろうというのに体重が必要な競技を選ぶ時点で無能だが」


 ドラゴンライダーは体重を絞ることが求められる。

 相撲という競技を選んだ時点で、剛は失敗していたのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る