第2話 リューチューバーの少女と英雄の息子
小学一年生の三学期、父ちゃんのドラゴンに乗って龍神市に観光に来たことがある。
そのとき、龍の教会のシスターからこの街の成り立ちを教えてもらった。
受験のために五年ぶりにこの街の上空にやってきて、いまさらのようにシスターの言葉が俺の頭の中で再生された。
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龍神市の中心に龍の教会とドラゴンライダー学園があります。
歴史的には龍の教会が先にありました。龍の教会の横にドラゴンライダー学園が建設され、その二つを中心に発展したのが龍神市です。
龍の教会には神様がドラゴンの卵を産み落とします。ドラゴンの卵に認められた十二歳の少年少女のみが、ドラゴンの相棒――つまりドラゴンマスターとなれるのです。
チャンスは一生で一回だけ。
もしもドラゴンマスターになりたいならば、十二歳のそのときしかありません
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ドラゴンライダー学園の入試における最大の試練はドラゴンとの契約だ。他の試験の結果がどんなに良くても、ドラゴンと契約できなければ不合格。
コルンはゆっくりと学園に併設された停龍所へと降り立つ。そこには他にも七体のドラゴンがいた。
「山さん、今日はありがとう」
「なんのなんの。竜太の最大の挑戦の日だ。俺は仕事があるが、夕方には迎えに来るからな」
「うん。よろしく!」
「じゃあな、良い結果を聞かせろよ」
「おう!」
俺は山さんとハイタッチしてコルンから飛び降りる。
ドラゴンライダー学園の試験結果は今日、その場で発表される予定だ。
山さんとコルンを見送って校門の方に目を向けると、入試の受付所が設置されていた。
周囲には受験生らしき少年少女たちがいた。
(全部で五人? 意外と少ないな)
すでに試験会場に移動した子もいるのかもしれないし、まだ来ていない受験生もいるのだろうが、それにしても……
などと考えていると、一人の女の子がこっちに向かってやってきた。ピンク色の髪が特徴的でやたら目立っている。最大の特徴はスマホを構えていることだろう。
って、この子は!
俺が少女の正体に気づき驚いていると、彼女はやたらと明るい声で俺に話しかけてきた。
「ヤッホー! ねぇ、ねぇ、キミも受験生?」
「そうだけど」
「おお! 視聴者のみなさーん、六人目の受験生発見です! 早速インタビューして見ましょう!」
どうやら動画撮影をしているらしい。
少女は歌うように俺にたずねてきた。
「キミ~の名前はなんですか♪」
なんだかなぁ。
挨拶もなしに、さすがにちょっと不躾すぎじゃないかと思う。
「他人に名前を聞くときは自分から名乗ったら?」
「あれ~、私のこと知らないの? 結構な有名人のつもりなんだけどなぁ」
もちろん知っているさ。
「小学生リューチューバーのランミカだろ?」
動画投稿サイト『リューチューブ』で有名な小学生リューチューバー。
小学生ながら、全国津々浦々の競龍大会を取材している少女だ。
ピンク色の髪がトレードマーク。
半年前、彼女は動画内でドラゴンライダー学園を受験すると宣言した。
その時は『有名小学生リューチューバーがドラゴンライダーに!』ってネット上ではちょっとした話題になっていた。
「その通り! ひょっとして私のファンかしら?」
「競龍大会関連の動画は全部見ているよ」
「アリガトー、チャンネル登録とイイネもよろしくね♪」
動画と同じくノリのいいヤツだなぁ。
「ところで、勝手に撮影しているの?」
「学園には、校門前での取材まではOKもらっているわよ」
「そうじゃなくて、俺の許可は?」
肖像権は一般人の俺にだってあるはずだ。
「あー、そうね。じゃ、許可して♡」
有名小学生リューチューバーか。
将来ドラゴンライダーになったら、テレビ番組の取材とかもあるかもしれない。
その予行練習だと考えれば悪くない。
「もちろんOKだぜ」
「じゃ、あらためて取材開始! キミ~の名前はなんですか♪」
どうせなら、少しカマしてやるか。
「だったら教えてやるよ。俺の名前は大空竜太。いずれは高力昇龍も倒してドラゴンライダー世界チャンピオンになる男だ!」
ふふふっ、決まったぜ!
ランミカも俺の言葉に乗って盛り上げる。
「おおっと、大空くん、さっそく世界チャンプ宣言! まだ入試も始まっていないのに大きく出ました!」
で、さらに続けた。
「これで今日あっさり不合格だったらそれはそれでいいオチですね~」
「おいコラ!」
ツッコミを入れる俺を無視して、ランミカはさらに続ける。
「今日の受験生は全部で七人。残り一人が到着したら再び取材させてもらいますのでお楽しみに!」
そう言ってランミカはスマホをタップした。
撮影はいったん終了らしい。
それから、俺に言う。
「あらためて、よろしくね、大空くん」
「ああ、ランミカさん」
「ミカよ。
「え?」
「ランミカはリューチューバーとしての名前。同級生にはミカって呼んでもらっているの」
言いながら、彼女はは自分の髪を引っ張る。
すると、特徴的なピンク色の髪が取れた。
「カツラだったんだ」
ミカはちょっぴりほっぺたをふくらませた。
「もう、ウィッグって言ってよ」
「違いが分らないんだけど」
「ま、それはいいわ。普段の私はこっち。さっきの失礼はゴメンネ。ランミカって物怖じしない不躾キャラでやっているからさ。いわゆる芸能人のオンとオフってやつね」
ミカはテヘペロと舌を出してみせた。
「いいよ、別に気にしてないから」
「大空くんもずいぶんぶっちゃけちゃったけど、そのまま動画にして大丈夫?」
「なんのこと?」
「だってさ、未来のチャンピオンなんて。自慢じゃないけどランミカの動画って結構再生されるよ。動画的には盛り上がっていいけど、恥ずかしくないの?」
うっ!
そう言われれば、さっきのはちょっと調子に乗りすぎた……かなぁ。
「べ、別に問題ないさ! 本当のことだからな! あと、俺のことは竜太って呼んで。同級生に名字で呼ばれるの慣れてないから」
「OK竜太。私のこともミカって呼んでね」
「了解、ミカ」
「ま、さっきのは生放送じゃないから、受験に落ちたらカットもできるけどどうする?」
「落ちねーよ!」
「私だって合格しないと。ニュースサイトにまで取り上げられちゃったからね。これで不合格だと大恥」
「ところで、なんで受験生の人数を知っているんだよ?」
「事前に学園に撮影許可もらったって言ったでしょ? そのときに聞いたの」
なるほどね。
「へー」
「さすがに受験生の個人情報までは教えてくれなかったけどね」
「そりゃそうだろうな。それにしても、七人って随分少ないよな」
「それだけ受験資格を得るのが難しいってとこじゃないかな。ドラゴンマスターになりたいだけなら、他にも学校はあるし」
ミカの言うと通りだ。
ドラゴンライダーではなくドラゴンマスターになりたいだけなら、もっと入学しやすい学校がこの街にはいくつかある。
「最後の受験生もすぐ来るはずよ。竜太はとりあえず、試験の受付をすましちゃいなさいよ」
あ。そうだった。こんなことしている場合じゃない!
俺は受付のお兄さんに受験票を差し出した。
「大空竜太くんだね。僕は
「俺たちの先輩っすね」
「きみが今日の試験に受かればね。がんばれよ、大空くん。世界チャンプになるなら、まずは今日合格しないとね」
どうやらさっきの俺の宣言を聞かれていたらしい。
ちょっと恥ずかしいが、こうなったらもうハッタリだ。
「当たり前っす! 俺はショーリューを倒して世界チャンピオンになる男ですから」
大声でそう叫んだ俺に、佐野原先輩は苦笑。
「その意気その意気。受験当日は元気が一番」
そうして、無事受付が終わったそのときだった。
上空をドラゴンが横切った。
コルンよりもずっと大きなドラゴン。しかも珍しいホワイトドラゴンだ。
見上げていると、いつの間にか俺の後ろにやってきたミカが言う。
「来たわね。最後の――そして、ランミカよりも注目されている受験生。高力昇龍の息子、高力龍矢よ」
昇龍の一人息子の龍矢は俺と同い年。
彼もドラゴンライダーを目指しているという。
半年前、ランミカの受験宣言がネットで話題になった。
だが、すぐに世界チャンピオンの息子が受験を宣言し、そっちに話題をかっさらわれたのだ。
「でも、あのドラゴン、ゴルデンじゃないよな?」
「そうね。高力昇龍とゴルデンは今日も海外の大会に出場中だもの」
「そりゃそうか」
ホワイトドラゴンはゆっくりと学園の停龍所に降り立った。ドラゴンの背から一人の少年が降り立つ。
スーツにネクタイまで締めた彼こそ――
「高力龍矢よ。さっそく取材しなきゃ!」
いつのまにか再びピンクのウィッグをつけてランミカスタイルに変身したミカが、スマホを構えて少年――龍矢へと駆よる。
「ヘイヘイヘイヘイ♪ キミ、高力龍矢くんだよね~! 今日の意気込みを一言!」
歌うようなノリで龍矢に話しかけるミカ。
そんなミカを龍矢は冷たく睨んだ。
そして、スマホを構えるミカの手を思いっきりひっぱたいた。
「キャ!」
地面に転がったスマホを、ミカは拾おうと身をかがめた。
ミカを不快そうに見下ろし、龍矢は吐き捨てる。
「失礼なヤツだ」
龍矢の言う通り、ミカ……というか、ランミカのキャラは不躾なところがある。
俺だって最初はちょっとムカついたくらいだ。
だけどさ。
俺は龍矢に叫ぶ。
「おい、お前!」
龍矢は俺をチラっと見る。
「なんだ?」
「いきなり暴力なんてヒドイだろ」
「ふん。失礼なヤツに失礼だと教えて何が悪い?」
「あのな、その子は……」
「小学生リューチューバーのランミカだろう? クソ下らん競龍研究動画をネットにUPしていい気になっているザコキャラ」
「てめぇ、失礼なのはそっちだろ!」
「さあな。ってか、お前誰だ? ザコキャラ以下のモブキャラにしか見えんが」
カッチーン
ムカついた。さすがにムカついた!
「俺は大空竜太! いずれは競龍世界チャンピオンになる男だ。覚えておけ」
龍矢は呆れ顔になって、俺のことを観察するように見た。
それからわざとらしく、「はぁ」とため息をついた。
「嘆かわしいことだな」
「なに?」
「お前も受験生だろう? こんなやつが受験資格を手にするとは、天下のドラゴンライダー学園も落ちぶれたたものだ」
「てめぇ……」
落ち着け、俺。
暴力はだめだ。空手の技はケンカのために覚えたんじゃない。
そのとき、ホワイトドラゴンの御者席から声がした。
「龍矢様、おやめください」
そう言ったのはスーツ姿の青年。彼は俺とミカに一礼。
「誠に申し訳ありません。龍矢様は少々生真面目な方でして。あなた方のようなザコキャラやモブキャラ相手でも真剣に対応してしまうのです。お許しを」
なっ!?
ランミカが不躾、龍矢がくそ失礼なら、この青年は慇懃無礼ってやつだ。
二の句が継げない俺とミカを無視して、青年は龍矢に言った。
「龍矢様、ここでザコ&モブコンビと喧嘩をしても入試に不利にこそなれ、有利にはなりません。お早く受付をおすましください」
「ふんっ、たしかにな」
龍矢はスタスタと受験受付へ向かった。
佐野原先輩が龍矢の受験票を確認してうなずく。
「高力龍矢くんだね。確認したよ。これで受験生は全員そろったね。これから試験官の先生が待っている試験会場に案内するよ」
そこで先輩は立ち上がり、「その前に」と俺たちに言う。
「全員に忠告しておくけど、先生の前で今みたいな子どもっぽいケンカはしないこと。一発不合格になるよ」
たしかに受験生同士でケンカしてもいいことはないか。
「それと……」
先輩はミカの手からスマホを取り上げた。
「動画撮影はここまで。他の子たちもスマホやケータイはあずかるからね」
カンニング防止かな?
俺たちはしぶしぶスマホを先輩に預けた。
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