入学試験と俺たちの契約
第1話 ドラゴンライダー学園の入学試験会場へ
小学六年生の二月。
窓から朝日が差し込む部屋で、俺は飛竜父ちゃんの仏壇に手を合わせていた。
(父ちゃん、いよいよ今日はドラゴンライダー学園の入試だ。応援していてくれよ)
遺影の中の父ちゃんはニッカリ笑ってVサインしている。
いつもと同じ写真なのに、なぜか今朝はとっても励まされた。
と、リビングから母ちゃんの声がした。
「竜太、とっとと朝ご飯食べなさい。遅刻するわよ!」
「分ってるよ!」
俺は答えて、カバンを片手にリビングへ。
椅子に座ると炊飯器からご飯をよそって、納豆と卵と鰹節をぶっかける。醤油を1回ししてから一気にかきまぜた。俺の大好物。納豆卵かけ猫まんまの完成だ。
それを口の中に流し込む。それを見て母ちゃんは呆れた顔をした。
「あと二ヶ月で小学校も卒業だって言うのに行儀が悪い!」
「父ちゃんだっていつもこうやって食ってたじゃん」
「この子は本当に、良くも悪くも死んだ父ちゃんに似たんだから」
「へっへーんだ」
父ちゃんは俺が小学二年生のとき、仕事中の事故で天国に旅立った。
母ちゃんはそれからずっと、俺を女手一つで育ててくれた。
ウインナを口に放り込んで、朝食終わり!
俺は椅子から立ち上がった。
「竜太! トマトも食べなさい!」
「えー」
「えー、じゃないの。寮生活したいなら好き嫌いはなおしなさい」
俺が今日受験するドラゴンライダー学園は全寮制の中高一貫校。合格すれば俺も春から寮に入ることになる予定だ。
「わーったよ」
俺は鼻をつまんでトマトを口に放り込んだ。
やっぱ生臭い。
それでも我慢してゴックン。
麦茶でトマトの生臭さを流して、カバンを手に取り玄関へ行こうとすると、母ちゃんが声をかけてきた。
「忘れ物はない?」
「ねーよ」
「受験票と筆記用具は?」
「持った」
「交通費は?」
「持ったよ!」
「じゃあ、ハンカチ、ティッシュ……」
「全部持ったってば!」
忘れ物なんてあるわけない。昨日十回以上確認したんだから。
普段ならともかく、今日だけは絶対にバカな失敗はできない。
ドラゴンライダー学園を受験できるチャンスは十二歳の今年だけ。
ドラゴンライダーになりたかったら、今日の試験は絶対に合格しなくちゃいけないんだから。
「なら、これも持って行きなさい」
「父ちゃんの遺影? なんで?」
母ちゃんはニッコリ笑顔を浮かべて言った。
「どんな御守りよりも、あんたの力になるだろ?」
「ああ、サンキュ!」
俺は遺影を大切に受け取ると、ハンカチで丁寧に包んでカバンに入れた。
ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「母ちゃんは俺がドラゴンライダーになるの反対だったんじゃないのか?」
「そうだね。正直に言えば今でも反対。ドラゴンライダーだけじゃない。ドラゴンマスターにもなってほしくない。父ちゃんが亡くなったときのことを思えばね」
ドラゴンを相棒とする人間をドラゴンマスターと呼ぶ。その中でも競龍選手がドラゴンライダーと呼ばれるのだ。
父ちゃんはドラゴンライダーでこそなかったけど、ドラゴンを操り町から町へ荷物を運ぶ宅配便会社に勤めていた。
だけど、俺が小学二年生の秋に不幸な事故があった。
突然の強風に煽られて、父ちゃんはドラゴンの背から地面に落下した。上空十メートルの高さから地面にたたきつけられ、ほとんど即死だったという。
俺は父ちゃんの棺の中を見せてもらえなかった。小学二年生には見せられないくらい遺体の損壊が酷かったらしい。
それ以来、母ちゃんは俺がドラゴンマスターになるのに反対していた。ましてドラゴンライダーなんてとんでもないってずっと言っていた。
「だったら、なんでいまさら応援してくれるんだよ?」
「私はアンタがずっと努力してきたのを知っているからさ。勉強も運動も。全てはドラゴンライダーになるため。あの高力昇龍をやぶって世界チャンピオンになるために」
ドラゴンライダー学園の入試は受験資格を得るだけで難しい。
小学校六年間の成績の平均値が五段階評価で四以上。さらに、何かしら運動系の大会で全国三位以内の成績が条件。
俺は学校の成績はギリギリクリアー。さらに五年生のとき、空手の全国大会準で優勝してなんとか受験資格を得た。
「一人息子にそこまでされちゃ、親としては応援するしかないだろ? こうなったら、絶対に合格しなさい」
「へんっ、当たり前だろ! 俺は競龍世界チャンプになる男だぜ。最初の入り口でつまずいてたまるかよ!」
俺はニカっとVサイン。
「その意気だよ、竜太。竜太がドラゴンに乗る日を楽しみにしている」
最後に母ちゃんは付け足した。
「だから、父ちゃんみたいな死に方だけはしないで」
そう言って、母ちゃんは俺の頭をポンポンと叩いた。
「もちろん! 俺は死んだりしないさ!」
俺はそう言い残して、玄関から飛び出した。
住み慣れた町を走り、俺は『ドラゴン宅配サービス』の事務所へとやってきた。
すると、俺を見つけた社長の山さんこと山寺さんが歓迎して声をかけてきた。
「おう、竜太。来たな」
「山さん、おまたせ!」
生前、父ちゃんはこの会社にドラゴンマスターとして勤めていた。
そして、父ちゃんと山さんは学生時代からの親友でもあったらしい。
父ちゃんが亡くなってからも俺と母ちゃんは山さんに色々世話になった。
母ちゃんの再就職の世話もしてくれたし、父親代わりとして運動会の保護者席に来てくれた。
まさに家族ぐるみの間柄だ。
「時間ギリギリだぞ。試験に遅刻したくなかったら早速、
「オッケー」
事務所裏の停龍所はちょっと歳を取った赤いドラゴンがいた。名前はコルン。山さんの相棒ドラゴンだ。
今日、俺はコルンに乗せてもらって、ドラゴンライダー学園のある龍神市まで行くことになっている。
『ドラゴン宅配サービス』が主に運ぶのは荷物だが、依頼があれば人間も運んでくれるのだ。
「よろしくな、コルン」
コルンは俺の声に答えるように『おおーん』と鳴いた。
山さんが俺に言う。
「じゃ、早速後ろの座席に座れ」
コルンには椅子が二つくくりつけられている。前が御者席、後ろが同乗者用の席だ。その後ろには荷物をのせるための籠がある。
「了解。じゃあ、これ料金な」
俺は母ちゃんからもらった乗車賃を渡そうとしたが……
「いらねーよ」
「そうはいかないだろ」
「竜太の晴れの日だ。サービスしておくさ」
「本当にいいのか?」
「どのみちあの街に届ける荷物もあるしな。ついでだよ、ついで。ま、世界チャンピオンになったら、インタビューで『一番の恩人』とでも語ってくれ」
山さんはそう言って、豪快に笑った。
これ以上金を押しつけるわけにもいかないか。
「任せとけ! 俺はショーリューを超える男だからな!」
後部座席によじ登る俺に、山さんは笑って言う。
「はははっ、期待しておくよ」
山さんも御者席に座った。
「それじゃあ、未来のチャンピオンをドラゴンライダー学園までお送りします」
わざと大仰に頭を下げて見せて、それから手綱を一振り。
コルンが大きな翼を羽ばたかせた。
あっという間に、俺たちは上空へ。
「すっげー、やっぱりドラゴンは最高だぜ!」
眼下に広がる俺の町。俺の家も、小学校も、空手道場も、コンビニも、何もかもがミニチュアのように見えた。
「竜太、恐くないか?」
「恐くねーよ。俺は競龍世界チャンピオンになる男だぜ。このくらいの高さ……えっと、五メートルちょっとの高度でビビるもんか」
「おお、さすが飛竜の息子だな。もう少し正確に分るか?」
「厳密には五・二九メートルくらい?」
小さな頃からの俺の特技。一目見るだけで距離や高さが正確に分る。空間認識能力っていうのがすぐれているらしい。
「そこまで厳密には俺も分らんよ。飛竜なら分っただろうがな」
父ちゃんも俺と同じく――あるいはそれ以上の空間認識能力を持っていた。俺のこの力は父ちゃんから受け継いだものなんだと思う。
「よし、もう少し高く飛ぶぞ」
山さんは手綱をもう一振り。コルンはさらに高く空を昇る。
「この辺が限界かな」
山さんがそう言ったのは、コルンの能力の限界じゃない。宅配業者のドラゴンは上空十メートル以上の飛行は禁止だ。法律でそう決まっている。
「だね、九・八三メートルかな」
「これでも、恐くないか?」
「恐くねーってば! ヨユーヨユー」
ドラゴンライダーになれば、上空百メートルを飛ぶ。このくらいで恐がってられるか。
「どうやら飛竜の事故はトラウマになってないみたいだな」
「へんっ。母ちゃんは今でもドラゴンに乗りたがらないけどな。俺にとってはラクショー。山さんのこともコルンのことも信じているし」
「そりゃあ、頼もしいことだ」
山さんは少しだけためらうように間をあけて、それから真剣な口調で俺に語った。
「だがな、竜太。空を恐れないのはいいが、空をなめるんじゃないぞ」
いつもと違う山さんの本気の声に、無意識に俺の背がピンと伸びた。
「俺も、飛竜とシュウを信じていた」
シュウは父ちゃんの相棒だったドラゴンの名前だ。
ドラゴンは相棒のドラゴンマスターが死ぬと、野性に返る。父ちゃんが死んだ今、シュウがどこにいるのかも分らない。
「飛竜の――お前の父ちゃんの腕前はすばらしかった。それでも、あの事故は起きた。強風注意報が出ていたのに、急ぎの荷物を運ばせちまった。俺と飛竜が空をなめた結果の事故だ。他の誰のせいでもない」
山さんはそう言ってから少し沈黙した。
もしかすると、山さんは今でも父ちゃんの死に責任を感じているのかもしれない。
「山さんのせいじゃないよ。飛ぶのを決めたのは父ちゃんだ」
山さんは俺のその言葉に何も返さなかった。代わりにこう言った。
「どんなに優れたドラゴンマスターもふとした油断で命を落とす。ドラゴンライダーならなおさらだ。飛竜は最後にそれを教えてくれた。だから、竜太、お前はお母さんを悲しませるようなことはするな」
俺は心してうなずいた。
「もちろんだよ。俺は空をなめない。約束する」
「ああ、そうしてくれ」
ちょっとしんみりしたコルンの背中の上で、空気を変えるように山さんが前方を指さす。
「さあ、見えてきたぞ。あれが
身を乗り出して見た先に、巨大な都市が広がっていた。
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