竜太のドラゴンライダー学園

七草裕也

プロローグ

憧れのドラゴンライダー

 小学一年生の夏休み。

 大空おおぞら竜太りゆうた競龍けいりゆう会場の観客席にいた。

 観客席には一万人以上の競龍ファンが詰めかけている。

 大人も子供もみんなが総立ちで、ドラゴンとドラゴンライダーに声援を送っていた。

 竜太はほっぺたを膨らませて隣に立っている父、飛竜ひりゆうに訴えた。


「とーちゃん、人がいっぱいで見えないよー」


 竜太の背丈では、人々が陰になって巨大なドラゴンの頭は見えても全身を見ることができない。ましてドラゴンを操るドラゴンライダーの姿は見えるはずもなかった。


「しょうがないな」


 飛竜は苦笑しながら肩車してくれた。

 毎日重い荷物を運んでいる父の腕と肩は力強い。

 竜太の目に、ドラゴンとライダーの姿が飛び込んでくる。

 大会開始直前なので、ドラゴンライダーたちはそれぞれ相棒のドラゴンの横で待機中だ。観客席の声援にこたえて手を振っていた。

 気がつくと、竜太は声を上げていた。


「スッゲー!」


 会場は学校の校庭の十倍は広い。それでも出場する七匹のドラゴンが並ぶと狭く感じた。


「カッケー!」


 そう言ってはしゃぐ竜太に飛竜は笑う。


「そうか、ドラゴンはカッコイイか」

「うん!」


 竜太はうなずきつつも「でも……」と付け足した。


「ドラゴンもカッケーけど、ドラゴンライダーはもっとカッケー!」


 ドラゴンはもちろんカッコイイ。

 さすがは男の子が好きな動物ランキング堂々の一位だ。

 だけど、そのドラゴンに騎乗し、これから長いレースに旅立とうとしているドラゴンライダーは、もっとずっとカッコイイ。


「そうだよな。ドラゴンライダーは最高だよな!」


 そう飛竜が言ったとき、上空から最後の出場ドラゴンとライダーが会場に降り立った。

 その姿に観客席は最高に沸く。

 竜太も興奮して腕をめいっぱい振り上げて叫んだ。


「とーちゃん、ショーリューとゴルデンだ!」


 世界最高のドラゴンライダー高力こうりき昇龍しようりゆうと、その相棒ゴールドドラゴンのゴルデン。

 あまりにも堂々とした世界チャンプコンビの登場に、竜太の興奮も最高潮だ。


「おい、竜太! 暴れるな、落っこちるぞ」

「だって、ショーリューだよ、ショーリュー!」


 飛竜は苦笑しつつ暴れる竜太をがっちりささえた。


「あいつも立派になったもんだよな」

「とーちゃん、なんか言った?」


 父がぼそっとこぼした言葉の意味を竜太が知るのは、何年も先のことだった。




 竜太が観客席ではしゃいでいたのと同じころ。

 会場内のVIP席にも竜太と同じ小学一年生の少年がいた。

 彼の名前は高力こうりき龍矢りゆうや。世界チャンプ高力昇龍の一人息子である。

 龍矢はブレザーにネクタイを身につけ、豪華な特別席で足を組みながら会場を見下ろしていた。

 その堂々とした態度はまるで一国の総理大臣かを思わせるほどの貫禄があった。

 龍矢は出場するドラゴンとドラゴンライダーを順番に観察していく。


(ふんっ。一番のドラゴンはダメだな。右の翼の筋肉を痛めている。ライダーは気づいていないのか? だとしたら無能だ。あるいは気づいていながら出場を強行したのか? どちらにしても愚かなことだ。優勝はもちろん、完走すら危うい。せいぜい命を失わなければラッキーといったところか)


 龍矢は嘲るように鼻を鳴らし、そのコンビから視線を外した。


(二番は去年の世界大会準優勝者だったな。さすが、ドラゴンは鍛えられている。ゴルデンにはかなわないにしろすばらしい)


 しかし、龍矢の鋭い分析眼は別の事実に気づく。


(だがライダーはダメだな。去年より五キロは贅肉がふえている。大会一ヶ月前にくだらんグルメ番組にゲスト出演して訓練をサボるからだ。ドラゴンにとって騎手の体重が一キロふえればどれだけの負担になるか、知らぬわけでもなかろうに)


 さらに他のドラゴンとドラゴンライダーを観察し、そっとため息をついた。


他のコンビも似たり寄ったり。どこかしらに問題がある。世界大会決勝でもこのレベルか。小学一年生にも見透かされる問題点があるようでは父さんに勝てるわけもない)


 そこまで考えたとき、龍矢の隣に立つスーツ姿の男が声をかけてくる。


「龍矢様、ご心配には及びません」

「心配だと? オレが何を心配しているというんだ?」

「大丈夫、お父上はきっと優勝されます」


 その言葉に、龍矢の顔が不快にゆがむ。


「きっと優勝だと?」

「はい。お父上は……」


 言いつのるその男の言葉を、龍矢は遮った。


「つまり、お前は父の優勝は絶対ではないと考えているのだな?」


 そう問いかけると、男の顔が真っ青に変わった。


「と、とんでもございません。もちろんお父上は必ず優勝されます。た、ただ、先ほどから龍矢様が不安そうに選手をながめているようでしたので、つい……」

「オレは不安など感じていない!」


 龍矢のピシャリとした言葉に、男は大あわてでその場に土下座した。


「申し訳ございません!」


 震えて許しを請う男を龍矢は冷めた目で見下ろした。


(ダメだな、コイツ)


 男は龍矢の教育係だ。

 龍矢が父に『教育係として不適当だ』と言えば、あっという間に仕事を失いかねない立場にあるのは事実だ。

 だが、自分が教育すべき子供にビビって震えて土下座するなど情けないにもほどがある。こんな男に教育されるなどゴメンだ。


(レースが終わって父さんが帰宅したら、教育係を変更してもらうように頼もう)


 心の中にそうメモし、龍矢はそれっきり教育係の男から興味を失った。

 龍矢の視線は再び会場のドラゴンとドラゴンライダーにうつる。


(ふん、やはり父さんとゴルデンは飛び抜けているな。優勝は間違いなし、か)


 龍矢は小さくつぶやいた。


「そうでなければ困る。父さんを最初に超えるのはオレなんだから」


 ドラゴンライダーになって、世界チャンピオンの父を超える。

 父を継ぐのではなく、父よりもさらに速く高く飛ぶ。

 六歳にして、龍矢ははっきりと未来を見すえていた。




 一方その頃、竜太は父の肩の上ではしゃいでいた。

 出場ドラゴンたちが翼を広げ、飛び立っていく。競龍は会場内で完結する競技ではない。

 小さなレースでも島から島へと海を越える。

 これから始まる世界大会の決勝では地球を一周する。例年だと十日はかかるレースだ。


 はるか上空を飛びスピードを競うレースは危険も多い。もしもドラゴンから落下すれば命すら失いかねない。

 だからこそ人々はドラゴンライダーを尊敬し、子どもたちは自分もドラゴンライダーになりたいと憧れるのだ。


 竜太も飛竜の肩の上で宣言した。


「父ちゃん、決めたよ! オレ、大人になったらドラゴンライダーになる! ドラゴンライダーになって、ショーリューよりも速く高く飛ぶんだ!」


 竜太の言葉に飛竜は豪快に笑う。


「そうか、ドラゴンライダーになって世界チャンプを超えるか。そりゃあすごい目標だ」


 そう言いながら、飛竜は竜太を肩車したまま観客席を走った。


「ちょ、父ちゃん、落ちる!」

「はははっ、父ちゃんの肩から落ちるようじゃ、ドラゴンライダーになれないぞ」

「落ちないもん! こわくもないもん!」

「はははっ、その意気だ。お前は絶対にドラゴンライダーになれ」


 竜太は「おうっ!」と握りこぶしを空に掲げた。




――竜太と龍矢。


 この日、同じ会場で、同じドラゴンライダーに憧れ、同じ目標を掲げた二人の少たち。

 彼らが出会いライバルとなるのは、小学校卒業間近のことである。

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