第4話 危険な試験! 勇気のジャンプ(後編)

 あと二人。

 先生が腕時計をチラっと確認して言う。


「残り時間は三分。これで終わりだな」


 なんだよそれは!?


「まだ、終わりじゃないだろ」


 叫んだ俺に、龍矢が冷たく言う。


「こういう試験は躊躇すればするほど恐怖が増して動けなくなるのさ。残りの二人はもう跳べないだろうよ」


 だから、自分はさっさと跳んだのだと言わんばかりだ。

 俺は大声で叫んだ。


「ミカ! がんばれ!」


 別にミカとそこまで親しいわけじゃないけど、彼女がこのまま不合格になってしまうのは、なんだか俺も悔しかった。


「でも、でも、私……」


 ミカはいまにも泣き出しそうだ。ランミカはあくまでもキャラクター。これが彼女の素の姿なのかもしれない。

 でも、だったら……


「ミカ! 考えろ! ランミカならこんなときどうするか」

「何よ、それ?」

「ミカは跳べなくても、ランミカなら跳ぶだろ!」


 ミカは一瞬目を見開いた。

 カバンを開きピンク色のウィッグを取り出すと、ランミカスタイルになって不敵に笑いだした。


「竜太なんかに言われるまでもない! 小学生リューチューバーランミカ様をなめないでよね!」


 ミカは叫び、走り、そして跳んだ。こっちの屋上に着地し、ニヤリと笑う。


「こんな試験ランミカ様にはラクショーよ! 動画撮影できなかったのは残念だけどね!」


 最後に残された翔汰は、向こうの屋上で震えていた。

 ミカが、誰にともなく言う。


「彼、マラソン優勝者なのよね? 不可能なテストとも思えないけど」


 たしかに一太のようにジャンプの専門家ではないにしろ、マラソン選手なら走り幅跳びもそこそこできそうなのに。

 だが、翔汰と同じくマラソン選手の恵が言った。


「あいつ、跳べないかも」

「なんでだよ?」

「幼なじみだから知っているけど、あいつ、幼稚園の頃に木登り中に落っこちたことがあるの。それで高所恐怖症になったみたいなのよ」


 マジか。だとしたらこの試験は難しい。


「本人は隠しているつもりみたいだけど、学校でも窓に近づかないし、修学旅行でも展望台に行きたくないって言っていたわ」


 その説明にミカがたずねる。


「だったら、なんでドラゴンライダーに?」


 たしかに高所恐怖症の子が夢見る職業ではない気もする。


「小学一年生の夏休み、一緒に競龍世界大会の会場に行ったの」


 俺も父ちゃんに連れられて行ったあの会場に、恵と翔汰もいたのか。


「それからずっと私たちはドラゴンライダーに憧れていたのよ」


 それも、俺と同じだ。

 翔汰は真っ青な顔でガクガク震えながら両手の拳を握りしめ、こっちを見つめている。

 乱獅子先生が冷たく言う。


「残り、一分だな」


 ダメだ。あんなに恐怖で全身震えているんじゃ跳べるとは思えない。


「残り三〇秒」


 乱獅子先生の声はあくまでも冷たい。

 無情に時間が過ぎていく。


「残り十秒だ、九、八、七……」


 もう無理だ。彼は不合格だ。

 誰もがそう思ったときだった。


「やってやる! やってやるさ!」


 叫び、翔汰が走り出す。そしてジャンプ――しようとして足をもつれさせた。

 勢いがとまらず、かといって跳ぶこともできず……


「う、あ、あぁぁ」


 響く翔汰の悲鳴。彼は屋上から落下し――

 恵が叫ぶ。


「い、いやぁぁぁぁ!」


 俺も、無意識に「うそだろ……」とつぶやいていた。

 まさか、本当に死者が出るのかよ?

 そう思ったときだった。


 向こうの校舎から小さなブルードラゴン――佐野原先輩のホンが飛び立った。

 ホンは校舎と校舎の間をかいくぐるって飛ぶ。小さな子ドラゴンだからこそ、その隙間を飛ぶことができた。


 ホンは翔汰が地面に落下する直前に、彼の服を口でくわえた。翔汰はギリギリのところで地面に落下せずにすんだ。

 そのまま、翔汰はホンに俺たちのいる屋上へと運ばれた。

 ホンが口を開くと、彼は腰が抜けたのかその場にへたれ込んでしまった。


 翔汰は恐怖に引きつった顔で、ポロポロと涙を流していた。

 そんな彼を見下ろし先生が告げる。


「お前は不合格だ。当然だがな」


 その言葉に、翔汰はいよいよ声を上げて泣くのだった。


 こんな、いくらなんでも……

 俺は先生を睨んで、絞り出すように吐き捨てた。


「酷いだろ、これ」


 俺のその言葉に、先生が眉をひそめて「何がだ?」と言った。


「こんなの酷すぎる。一歩間違えたら、彼は死んでいたじゃないか!」


 佐野原先輩とホンが試験開始後も待機していたのは、いざというとき受験生を助けるためだったのだろう。

乱獅子先生の相棒ドラゴンが校舎の間を飛ぶのは体格的に不可能だろうし。


 だが、ホンがどれだけ優秀かは知らないが、絶対に助けられる保証なんてあったわけない!

 俺の抗議に、先生は「なるほど」とうなずく。


「そんなに不満か、大空竜太?」

「当たり前だろ。いくら彼が高所恐怖症だって知らなかったとしてもこんな、トラウマをえぐるようなやり方ありえない!」


 が、先生は言う。


「知っていたぞ」

「え?」

「受験希望者の過去は可能な限り調査しているし、普段の生活もチェック済だ。さきほど話にでた修学旅行にも、調査委員を同行させている」


 マジかよ。


「考えてみろ。ドラゴンライダー学園を受験したいという者は多い。だが、今日の受験生は七人しかいない。単に勉強と運動ができるだけでは試験資格は与えられない。その意味では、諸君らはここに立っているだけで誇ってもいいだろうな」


 先生の説明は続く。


「調査の結果、加藤翔汰は高所恐怖症である可能性が報告されている。幼い頃木登りで落下し、普段の生活でも高所に対して恐怖を感じている様子だった。それでも、周囲には隠す程度には強がっていたからチャンスを与えたが、やはり無理だったな」


 先生は淡々と説明を続ける。


「大空竜太、お前も父親の死因を考えれば高所恐怖症になっている可能性があった」


 そうか。山さんも俺に言っていた。『空が恐くないか』って。

 これはその可能性をたしかめるための試験。

 俺は先生をにらみ返して言う。


「俺は、空を恐れたりしない!」

「そのようだな。二人に限らん。この程度のことを恐れるならば、ドラゴンマスターにすらなれない。そういうことだ」


 先生の言う通りかもしれない。だけどさっ!

 恵が怒りに拳をふるわせながら言った。


「だとしても、こんなの……」


 当然だ。幼なじみがトラウマをえぐられ死にかけたのだ。

 龍矢がつまらなそうに言う。


「神が人に与えるドラゴンの卵の個数は少ない。無駄な契約はさせられん。そのくらいも分らないのか?」


 龍矢の言葉に、先生も続く。


「その通りだ。ドラゴンライダー、いやドラゴンマスターになろうというのに、高所恐怖症など論外。そういうことだよ」


 先生の解説がおわると翔汰がよろよろと立ち上がった。


「大丈夫?」


 心配そうに言う恵に、翔汰は力なく笑った。


「やっぱり、お前も俺が高所恐怖症だって気づいていたんだな」

「うん」

「ありがとう。だけど、やっぱり俺には無理だったみたいだ。恵、俺の分もがんばれよ」


 幼なじみにそう言い残し、翔汰は屋上から去った。

 そして、先生が言う。


「ふむ、第一試験通過者は五人か。喜べ、諸君。私の予想よりも多いぞ」


 俺は喜べなかった。剛と翔汰の去り際を見ていながら、無邪気に自分の試験通過を喜べるわけがない。

 一方、龍矢は鼻で笑った。


「ふんっ、こんなモブザコたちが通過するなど、試験内容が甘いのではないか?」


 この野郎!

 さすがに俺の我慢も限界だ。


「龍矢、お前!」


 俺は拳を握りしめた。

 殴り飛ばす!

 本気でそう思った。

 そんな俺をミカが止めてくれた。


「ダメよ、竜太。ここで殴ったら一発で不合格よ」


 入学試験中に先生の前で暴力なんかふるったら、その時点で不合格だろう。

 俺は大きく深呼吸し、そして拳をゆっくりと広げる。


「ありがとう、ミカ」


 そんな俺とミカのやりとりには興味が無いとばかりに、先生が告げた。


「では、第二試験……そして、最後の試験の会場へと向かおうか」


 俺たちの視線が自然とある建物へと向かう。学園の隣に立つ青い建物――龍の教会。

 先生は満足げに言った。


「どうやら、全員試験内容は理解しているようだな」


 たしかに最後の試験の内容は分っている。ドラゴンとの契約。それができるかどうかだ。

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