第11話 小さな魔術師
携帯していた【転送】の魔導書を使って地上に戻ると、ブリストンの街はすっかり綺麗な茜色に染まっていた。
ダンジョンに入ったのが朝方だったから、半日ダンジョンに潜っていたことになる。
だけど、特段長く滞在していたというわけでもない。
ダンジョン探索は朝から晩までやるのが普通で、街の門が閉じられる時間ぎりぎりまでダンジョンから出てこない冒険者も多い。
僕たちの目下の目的は上層クリアだったから、階層主を倒した以上、長く滞在する必要もないしね。
今回、僕たち55番パーティに課せられた最終目的は、メスヴェル氷窟の深部にあるダンジョンコアの破壊だ。
ダンジョンコアがある深部に到達するには、合計10層ものエリアをクリアする必要があるんだけれど、やり方はいくつかある。
ひとつはこうして地上に戻りながら深部を目指す方法。
そしてもうひとつは、ダンジョンで野宿をしながら目指す方法だ。
どちらも一長一短あるけれど、安全・確実に踏破を目指すなら、前者を選ぶ冒険者が多い。
エスパーダ時代に経験したことがあるけれど、ダンジョン野宿ってめちゃくちゃ大変なのだ。
まず、数日分の食べ物やらを背負いながらモンスターと戦う必要がある。
前衛に重い荷物を持たせるわけにはいかないので、自ずと後衛が荷物を持つことになるんだけど、数十キロを背負って戦うのって相当辛い。
さらに、寝るときも常に気をはっておかないといけないから、疲れが全く取れないんだよね。
ダンジョンの中で野宿するのって、言わば「モンスターの巣の中で寝る」のと同義語だから、常にモンスターの襲撃を警戒しておかないと命を落とすことになる。
何年もダンジョンで生活していれば、慣れると思う。
そういう冒険者もいるって聞くし。
だけど、はっきり言って常人だとまず精神が持たない。見張りを立てていたとしても、いつ猛獣に襲われるかわからない状況だからね。
だからダンジョン踏破を目指すパーティは【転送】の魔導書で戻ろうと考えるんだけど──この魔導書、おいそれと手が出せないくらいに高い。
そういった意味でも、ダンジョン踏破というのはとても難度が高いのだ。
ちなみに今回使った【転送】魔導書は、シュヴァリエから支給されたもの。
う〜ん、流石は大手クラン。
事前準備で使ったお金も払ってくれるし、サポートがしっかりしてるなぁ。
というわけで、とりあえず今日はクランに上層階層主を討伐した旨を報告して、解散することにした。
中層はまだ後日。それでもかなり早いペースだけどね。
戻ったシュヴァリエの拠点は閑散としていた。
多分、ほとんどの冒険者たちがダンジョンに潜っているからだろう。ここに賑わいが戻るのは、彼らが帰ってくる夜になってからだ。
「……あら?」
のんびりとした空気が流れている拠点に、女性の声が浮かんだ。
クランの受付嬢さんだ。
「お、お疲れさまです」
「はい、お疲れ様です♪」
恐る恐る声をかけると笑顔で迎えてくれた。
「ええっと……先日、試験で最速合格した55番のパーティの方たちですよね?」
「は、はい、そうです」
すっかり名が知れ渡ってしまったらしい。
何だか恥ずかしいな。
「どうかなさいましたか? 確か55番はメスヴェル氷窟の探索でしたよね? 随分とお早いお帰りですけれけど……」
不思議そうに首をかしげる受付嬢さんだったが、すぐにハッと何かに気づいて、慌てて笑顔を取り繕う。
「ええっと……そういうこともありますよ! 気を落とさないで下さいね! ほら、最初の仕事ですし!」
「……え?」
何だろう。
階層主を倒したのに、どうして気を落とす必要があるのか。
「とりあえず再度探索に出発する前に旅団長に報告してください。消耗品の補充も忘れずにお願いします。次回は……成功すると良いですね!」
ああ、と理解した。
どうやら彼女は僕たちがダンジョン探索に失敗したと思っているらしい。
まぁ、冒険者がダンジョンから戻ってくるのって日が落ちてからだし、そう思われても仕方がないか。
「どうやら勘違いをなさっているご様子ですな」
僕に代わって口を開いたのはガランドさんだ。
「メスヴェル氷窟の上層はクリアしました。戻ってきたのはその報告をするためです」
「……え? クリア?」
「そ。あたしたち、上層の階層主を倒したの。言わば、早めの凱旋ってやつ?」
にっひっひ、と笑うリンさん。
それを見て、受付嬢さんは困惑顔。
「ちょ、ちょっと待ってください!? た、たた、倒したんですか!? メスヴェル氷窟の上層階層主を!? た、たった半日で!?」
「は、はい。倒しました……」
おずおずとドロシーさんが答える。
メスヴェル氷窟は比較的低レベルのC級ダンジョンだけど、僕たちの力量だと上層クリアまで数日はかかると見越されていたのかもしれないな。
「あの」
僕はポーチの中からとあるものをカウンターに出した。
「これが討伐達成した証拠です」
「……っ!? これって、ゴーレムコア!?」
僕が出したのは、ほんのり赤く輝いているアイスゴーレムのコアの破片。
倒した証拠になるかなと思って持って帰ってきたんだけど、正解だったな。
「メスヴェル氷窟の上層階層主はアイスゴーレムでした。もし、確認したいのでしたら、僕たちが使った【転送】の魔導書をお渡ししますので、確認してみてください」
【転送】の魔導書はダンジョンから脱出できるだけじゃなく、一回だけ元いた場所に戻ることができる。
これを使えば安全になった階層主フロアに飛ぶことができるし、それを見たら一発で信じてくれるだろう。
「え、えっと……」
受付嬢さんはしばしゴーレムコアと僕たちを交互に見て、転げ落ちるように席から立ち上がった。
「ちょ、ちょ、ちょっとこちらでお待ちください!」
あわあわと慌てふためきながら、バックヤードに消えていく。
今の感じだと、信じてくれた……のかな?
ううむ、ちょっと不安だ。
とはいえ【転送】の魔導書を使ってもらえば僕たちがウソをついていないとわかるのでそこまで心配する必要はないはず。
一体何をしているのかわからないけど、少し待つことにしよう。
「ほう、アイスゴーレムを倒したのか」
「……?」
ふと、カウンターの向こうから声がした。
不思議に思って辺りを見渡したけれど誰もいない。
声質からして女の子だと思う。
だけど、ここはシュヴァリエの連盟拠点だし、幼い女の子が来るような場所じゃない。
「……今、声がしたよね?」
リンさんが首をひねった。
彼女に続いて、ドロシーさんとガランドさん不思議そうな顔をする。
「い、今の声って……」
「うむ。確かに聞こえたな」
どうやら気の所為じゃないっぽいな。
でも、声の主はどこだ?
「ここじゃ、馬鹿者」
「え? あっ……」
下の方から声が聞こえたので、カウンターの向こうを覗き込んでみたら、頬をぷうっと膨らませた赤い髪の女の子が凄い顔でこちらを見上げていた。
丁度カウンターと同じくらいの背の高さだったから、見えなかったらしい。
年齢は10歳くらい……かな?
毛先がくるっとカールした長くて赤い髪に、大きな藍色の目。小さい耳は少しだけ尖っている。
白い魔導衣を着ているところを見る限り、魔術師っぽいけれど。
「ええっと……あなたは?」
「は?」
リンさんが尋ねると、少女は眉間に深いシワを作った。
そういう顔も、何だか可愛い。
「はぁ……無知は力なりとは良く言ったものじゃな。ワシの顔も知らんとはのう」
そうして少女は深い溜息を添えて続ける。
「ワシの名はララフィム。お主らが所属する、第五旅団の臨時旅団長じゃ」
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