第12話 臨時メンバー

「ララフィムさん……?」



 耳にしたことがある名前だ。


 たしかシンシアの第一旅団に所属している凄腕の冒険者で、王国屈指の魔導師と言われているんじゃなかったっけ。

 トレードマークの赤い髪から「赤い狂気」と呼ばれているとかなんとか。


 しかし、とカウンターの向こうからこちらにトテトテとやってきたララフィムさんを見て思う。


 この人、どこからどう見ても幼女だけど……一体何歳なんだろう?

 冒険者をやってるってことは、大人のはずだよね?



「お、お師様!?」



 驚きの声を上げたのはドロシーさんだ。


 彼女を見て、ララフィムさんが破顔する。



「おおドロシー! 久しぶりじゃの! 息災でなによりじゃ!」

「ど、どど、どうしてお師様がここに!?」

「ウム、実は第五旅団長がしばらく表に出られんようになってしまっての。それで臨時の旅団長として、ヤツと親交があったワシに白羽の矢が立ったというわけじゃ。全くもって迷惑極まりない話じゃがのう」



 ララフィムさんがめちゃくちゃ嫌そうにため息をつく。


 先日の顔合わせのとき第五旅団長さんは顔を見せなかったけど、何か理由があるっぽいな。


 というか、それよりも。

 僕はそっとドロシーさんに耳打ちする。



「お知り合いですか?」

「え? あ、はい。その、ララフィム様は私の育ての親で魔術の師匠というか」

「育ての親? あっ……」



 そういえばドロシーさんって、シュヴァリエの冒険者に拾われたって言ってたっけ。


 そっか。あれってララフィムさんのことだったのか。



「お初にお目にかかります」



 ガランドさんが、敬服するように頭を垂れた。



「まさかあのララフィム殿にお会いできるなんて……お会いできて光栄です」

「ウム、ウム! 良きかな良きかな! そういうの、もっとちょうだい!」



 ララフィムさんは小さい胸を張って、それはそれは嬉しそうに鼻を鳴らす。


 なんだか上機嫌。

 怒っても可愛いし、ドヤっても可愛いな。



「……とまぁ、余談はそれくらいにしてじゃな」



 ガランドさんによいしょされて満足したのか、ララフィムさんは咳払いをひとつ挟んでチラリと後ろを見る。



「今回の探索の件じゃが……話はあやつから聞いたぞ?」

「あやつ?」



 誰だろうとララフィムさんの視線を追うと、あの受付嬢さんが柱の影から怯えたような目でこちらを見ていた。


 なんでそんなところに?

 え? もしかしてララフィムさんって、結構怖い人なの?



「なんでも半日たらずで上層階層主のアイスゴーレムを倒したらしいの? それは本当の話か?」

「は、はい。討伐の証拠がカウンターの上にあります」

「フム」



 ララフィムさんは、うんしょと手を精一杯伸ばしてゴーレムコアの破片を手に取る。



「……確かにこれはゴーレムコアじゃな」



 そしてこちらを見ると、ニヤリと口の端を吊り上げる。 



「ひとまず、良くやったと褒めておこうかの」

「あ、ありがとうございます」



 褒められちゃった。

 これくらいでいい気になるなとか、厳しいお言葉を頂戴すると思ってたのに。



「しかし、ワシもシュヴァリエで長く冒険者をやっておるが、上層を半日でクリアしたルーキーを見るのはじめてじゃ。どうやって短時間で階層主を倒した? ドロシーが無双したのか?」

「い、いえ。私ではなく、デズモンドさんのおかげ……というか」

「あん? デズモンド?」

「はい……そちらの方です」



 ドロシーさんに促され、ララフィムさんが僕を見る。



「なるほどの。お主が噂になっておったデズモンドとかいう付与術師か」

「え? 噂?」

「そうじゃ。なんでも、とてつもない付与術を使うとか」



 ちょっと待って。


 僕の噂って、第一旅団のメンバーさんにまで届いてるの?


 冒険者ってそういう噂話は大好きなものだけど、ちょっと広がりすぎじゃないですかね?



「そうかそうか。入団試験に続いて最短での上層クリアの立役者とは……フム、どうやら噂以上の付与術師のようじゃの?」

「い、いえ、僕はそんな……」



 めちゃくちゃ恐縮してしまった。


 王手クラン、シュヴァリエ・ガーデンの中でも選りすぐりのエリートが集まる第一旅団メンバーにそんなことを言われるなんて──正直嬉しい。



「ふぅむ……」



 ララフィムさんは品定めするように僕を見たあと、「良いことを思いついた!」と言いたげにピコンと指を立てた。



「……よし決めた! お主たちの次回の探索にはワシも同行することにしよう!」

「ええっ!?」

「お、お師様が!?」



 僕とドロシーさんが同時に声をあげた。



「そうじゃ! ワシ、デズモンドの付与術を体験してみたい!」



 なんて純粋無垢なキラキラとした目だろう。


 この人、本当に幼女なのかもしれない。



「どうじゃデズモンド? ワシとの共同探索の内容次第では、ワシの代わりに第五旅団の管理を任せても良いぞ?」

「……ふぁ?」



 変な声が出てしまった。


 え? それってつまり……旅団長に抜擢ってこと?


 冗談でしょ?



「まぁ、正規の旅団長が戻ってくるまでの『臨時』じゃがの」

「ちょ、ちょっと待ってくださいララフィムさん」



 慌てて柱の陰から受付嬢さんが駆け寄ってくる。



「よ、良いのですか? その……勝手に決めちゃって」

「フン、べろっべろに酔っ払ってゴロツキども相手に大立ち回りしたあげく、階段から滑り落ちて病院送りになったアホのことなど知るか」



 あ〜、なるほど。何か理由があるとは思ってたけど、第五旅団長さんってばそんなことになってたのね。


 何ていうか……うん。


 色々とダメダメな旅団長さんなんだな。



「それに、臨時とはいえ素行の悪い第五旅団のゴロツキどもを相手するのはもう飽き飽きじゃ。そもそもワシって、こういう管理業務苦手だし」

「……」

「なんじゃその目は?」

「い、いえ」



 つい胡乱な目で見てしまった。


 だってそれって、ただ僕に仕事をなすりつけたいってことじゃ?

 ほら、厄介払いできてラッキーみたいな顔してるし。


 そんな僕の心の声が聞こえるわけもなく、ララフィムさんはドヤ顔で腕を組む。



「どうじゃ? お主にとっても悪い話じゃないと思うが?」

「……」



 問われて、しばし考える。


 動機は不純だけど、確かにララフィムさんが言う通りこれは悪い話じゃない。


 臨時とはいえ、旅団長は旅団長だ。


 活躍次第では第四旅団に配属になるかもしれない。


 そうなれば、シンシアの隣に立って一緒にS級ダンジョンを踏破するという夢に一歩近づける。



「……皆さんはどう思いますか?」



 一応、メンバーの皆に聞いてみた。


 僕はこの55番パーティのメンバーだし、ひとりの判断じゃ決められない。



「ん? 私は全然オッケーだよ。むしろ、良い話じゃん」



 リンさんがあっけらかんと言う。


 ガランドさんとドロシーさんが後に続く。



「俺も同意見だな。是非ララフィム殿の魔術を間近で見せていただきたい」

「わ、私もお師様と一緒は嬉しいです!」



 どうやらメンバーたちにも異論はないようだ。


 だったら断る理由はないね。



「わかりました。是非よろしくお願いします、ララフィムさん」

「ウム! 楽しみにしておるぞ!」



 ララフィムさんが嬉しそうにうなずく。


 しかしと、そんなララフィムさんを見て思う。


 エスパーダを辞めてからまだ数日足らずだと言うのに、トントン拍子で状況が好転していくな。


 ちょっと怖いくらいうまく行ってるけど……反動で最悪なことなんて起きないよね?

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