第10話 属性付与
物理攻撃が効かないモンスターは存在する。
特にB級になると弱点を攻める以外に倒す手段がないモンスターが出てくるため、相手の弱点を判別して指示を出す「司令塔」がパーティには必要になってくる。
このパーティでその役割を担っているのは僕だ。唯一の支援職だからということもあるけれど、【鑑定眼】のスキルを持っているからだ。
これをモンスターに使うことで、長所や短所が丸見えになる。
ちなみに、エスパーダではアデルがやっていた。
なぜ彼がやっていたかというと……特に深い理由はない。自分がクランの中心人物だということを内外に顕示するためだと思う。
まぁ、アデルはモンスターの知識もなければ【鑑定眼】も持ってないから指示はめちゃくちゃだったし、無視して影からこっそりサポートしてあげてたんだけどね。
──と、そんな話はどうでもよくて。
とにかく、こういった弱点以外に攻撃が効かないモンスターと戦うときに使う付与術のひとつが【属性付与】だ。
「……グオオオン!」
ガランドさんに【属性付与】をかけた瞬間、アイスゴーレムが拳を振り下ろした。
巨大な氷の塊でできた拳とガランドさんの盾がかちあう。
大地が揺れ、地響きのようなすさまじい衝撃が周囲の空気を震わした──そのときだ。
ガランドさんの周囲に、凄まじい水蒸気が上がった。
「ぬうっ!?」
ガランドさんの姿がまたたく間に水蒸気の中に消える。
「ちょ、ガランド!?」
「ガ、ガランドさん!」
安否を心配するような声があがる。
だが、彼女たちの心配はすぐに消えた。氷の欠片へと変わった水蒸気の中から、無傷のガランドさんが現れたからだ。
ガランドさんの状況に変化はない。青白く発光した盾を構えたまま。
変化があったのは、拳を振り下ろしたはずのアイスゴーレムのほうだ。
「……こ、これはどういうことだ!?」
ガランドさんが、驚嘆の声をあげる。
「アイスゴーレムの拳が溶けたぞ!?」
「……!?!?」
アイスゴーレムも困惑している様子だった。
それもそうだろう。
ガランドさんを叩き潰そうと思ったのに、盾に触れた瞬間、自分の拳が蒸発してしまったのだから。
「デズモンドくん! これは一体!?」
「ガランドさんの盾に炎属性を付与しました! しばらくの間、攻撃してきた相手に炎ダメージを与えることができます!」
「炎属性!? な、なんと、そんな魔術が……!?」
僕が使った【属性付与】は、物理ダメージが通らない相手に各種属性の追加ダメージを与える付与術だ。
上級になると物理攻撃力に比例した追加ダメージを与えるから結構使える魔術なんだけど、初級だと雀の涙ほどのダメージしか出せない。
いわばお試し魔術のようなもの。
普通だと戦闘では使わないけど、僕の乗算付与だったら上級以上の効果が出るんだよね。
「デズきゅん、すっごぉ!」
歓喜の声。
思考停止に陥っているアイスゴーレムのそばで、嬉しそうにリンさんがぴょんぴょんと跳ねていた。
「触れただけで溶かすなんてヤバすぎ……だけど、あの氷でかき氷を作る予定だから、少しは残しといてね! おねが〜い!」
「し、知らないですよ……」
あなたのおやつより、階層主を倒すことが先決でしょ。
かき氷を食べたいなら、今回の報酬で好きなだけ買ってください。
「と、とにかく! 今ならアイスゴーレムに十分対抗できます! 僕の付与術が切れる前に、一気に攻勢をかけましょう!」
「うむ! 今一度勝負だ!」
ガランドさんがアイスゴーレムの足めがけて体当たりをしかける。
先程の一撃で触れるのは危険だと学習したのか、アイスゴーレムがガランドさんから距離を取ろうとする。
だが、その巨体のせいか、動きが鈍い。
「逃さんっ!」
ガランドさんがアイスゴーレムの右足に衝突する。
金属音が響くと同時に水蒸気が吹き上がり、アイスゴーレムの体勢がぐらりと崩れた。
キラキラと氷の破片が舞い散る中、片足になったアイスゴーレムが膝をつく。
「今だ、リン殿!」
「え、あたし!? でも、あたしの剣って全然効かないみたいだし……」
「大丈夫です! リンさんにも同じ付与術をかけます! 思う存分やっちゃってください!」
「……っ! そういうことなら、了解っ!」
すぐさま、リンさんにも炎属性の【属性付与】をかける。
彼女の細身の剣が赤く輝き、アイスゴーレムの胴体を斬りつける。
「グオオオン!?」
アイスゴーレムの悲鳴が轟く。
リンさんが斬りつけた胸から肩にかけて、分厚い氷の表皮が大きく欠損していた。
「すす、すごい!」
リンさんの歓喜の声。
「見て! 斬ったところが溶けちゃったよ!? なにこれ楽しい! スパスパ切れちゃう! あははっ!」
素早さを活かした波状攻撃でアイスゴーレムの表皮を剥ぎ取っていく。
一回の攻撃で複数の傷跡ができているのは、彼女のスキル【ダブルアタック】のおかげだろう。
リンさんが斬りつけるたびにアイスゴーレムの体が溶け、滝のように水が流れ落ちていく。
「……グオオ……オン」
ついにアイスゴーレムが地面に倒れた。
その背中には、変なポーズでキメ顔をしているリンさん。
「ふっふっふ……あたしってば、最・強」
「キメ顔してる暇があったら、早くコアを覆ってる表皮を溶かしてください!」
つい突っ込んでしまった。
瀕死っぽく見えるけどけど、まだコアが無傷だからすぐに復活しちゃうよ。
すぐさまリンさんが攻撃を再開し、分厚い氷に覆われていたコアが露出した。
赤く輝くゴーレム・コアを守る氷の鎧はない。
魔術を放つなら、今だ。
「ドロシーさん! 魔術をお願いします!」
「は、はいっ!」
前回同様、【精神力強化】と【魔力回復量強化】をドロシーさんかけた。
彼女が、緊張の面持ちで杖をギュッと握りしめる。
わずかな沈黙。
そして──。
「……い、行きます! 【爆炎弾Ⅱ】!」
ドロシーさんが杖をアイスゴーレムへと向けた。
刹那、杖の先に巨大な炎の塊が現れる。
空気を焦がすような凄まじい熱。
炎が渦巻き、炎の弾が収縮した瞬間──爆発音とともに火炎球が発射された。
凄まじいスピードで放たれた火炎球は、見事ゴーレム・コアに命中。
爆発。四散。
ゴーレム・コアが、一瞬で炭へと変わった。
「……グオオオオオオオ……」
ゴーレムの地響きのような声。
同時に巨大な体が、バラバラと崩れ落ち始める。
コアを失ったせいで、体を構築できなくなったんだ。
「や、やったぁ!」
やがて氷の山へと変貌してしまったアイスゴーレムを見て、ドロシーさんが嬉しそうに飛び跳ねる。
「た、たた、倒せた! 倒せましたよ、デズモンドさん!」
「み、みたいですね」
しかし、相変わらず凄い威力の魔術だな。
僕が付与術をかけないと一日一回しか使えないってのが難点だけど。
「すごい! すごいすごい! すごいよドロシーちゃん! デズきゅん!」
嬉々とした表情のリンさんがガランドさんと一緒に駆け寄ってきた。
「あたしたち、上層の階層主を倒しちゃったよ!?」
「ふむ……まさかこれほど簡単に階層主を倒せるとは思わなかった。他の第五旅団メンバーの動向はわからんが、多分俺たちが一番だろうな」
「だよね! いやぁ、あたしたちって、マジで最強じゃない!?」
フンスと鼻を鳴らすリンさん。
一方の僕はホッと安堵。
物理攻撃が効かなかったときは少しだけ焦ったけど、うまく倒せてよかった。
「ねぇねぇ、このまま中層に入っちゃわない? この勢いだったら中層も簡単にクリアできちゃいそうだし──」
「いえ、それはやめておきましょう」
すかさず割って入った。
「ここに来るまで回復アイテムを結構使っていますし、僕の魔力もほぼ尽きかけています。このまま中層に行くのは危険です。一端帰還して、クランに報告したほうが良いと思います」
階層主との戦う前にも魔術を結構使っているし、【鑑定眼】で確認するまでもなく僕のMPの残量は少ないと思う。
それに事前に用意していたポーションも底をつきかけているし、地上に戻るのが賢明だろう。
「ふむ。確かにデズモンドくんの言う通りだな」
口を開いたのはガランドさん。
「回復アイテムの消耗も激しいが、俺の防具の摩耗も無視できん。できれば一度戻ってメンテナンスをしたいところだ」
ふと見ると、先程まで青白く光っていたガランドさんの盾が輝きを失い、ボロボロになっていた。
何だか今にもバラバラになりそうだけど……メンテナンスでどうにかなるのかな、これ?
けどまぁ、アイスゴーレムの攻撃を何度も防いでいたし、当然といえば当然か。
「……そうだね。デズきゅんの言う通りかも。【転送】の魔導書使えばまたここから再スタートできるし、焦りは厳禁だね」
「そ、そうですね。私もデズモンドさんの意見に賛成です……」
リンさんたちの返答に、少しだけ驚いてしまった。
戻るべきだと提言はしたけど、まさかこんなに素直に耳を傾けてくれるなんて。
アデルたちだったら「偉そうに意見するな」とか「臆病風に吹かれたのか」なんて笑いながら中層に突入してたよ。絶対。
冒険者の死因のトップは「勇み足」だと言われている。
命知らずが多い冒険者でも、無駄に死ぬのは避けたい。
だから自分の力量にあったダンジョンを探索するし、危険があればすぐに【転送】の魔導書で離脱する。
だけど、成功体験をしてしまったときや大きな戦果を上げたとき、人は変わってしまう。
心の
その結果、命を落としてしまうのだ。
大きなことを成し遂げたとき、人は他人の意見に耳をかさなくなる。アデルたちが良い例だろう。
だけど、リンさんたちはちょっと違うみたいだ。階層主を倒した直後だっていうのに、僕の意見に素直に賛同してくれた。
このメンバーって、ひょっとすると大成するのかもしれないな。
試験のときはどうなることかと思ってたけど……うん。すっごくやりやすくて、良いパーティだ。
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