第6話 神獣様の謎 その3

「もう一度確認しますが、本当に何もないんですね?」

「う、うん」

「実は剣の腕が優れていたり、隠している禁断の魔法とかないでしょうね?」

「だ、だから何度聞かれても何もないんだって」


 リヴィアとエレリに何度も問い詰められたが、色いい返事は一つも出来なかった。


 質問の内容はこうだ「何か特別に秀でた力はないか」だ、そんなもの何もないし、聞かれても困るだけだ。


「あなた、そんな事ってあるの?」

「いや、少なくとも儂は一度も聞いたことない。巫女であるお前たちはどうだ?記録の中にこういった事例はあるのか?」

「私達も未知の事で…、やはり今回の勇者召喚の儀式は不可思議な事が多すぎます」

「でも神獣様の紋章は確かに本物、もしかして自分で気がついてないだけなんじゃないの?」

「ううむ、それならば…」


 始まってしまった家族会議に弾かれて、ぽつんと一人待っていると、結論が出たのかドウェイン様に呼びつけられた。


「優真殿!」

「はい」

「慌ただしくてすまないが、また場所を変えても構わないかね?」

「それはいいですけど、どこ行くんですか?」




 連れてこられたのは、城にある訓練場だった。皆に見守られる中、俺は今一人の兵士と向き合っている。


「私で構わないのですか?」

「寧ろお主にしか頼めん、ソルダ、国一番の剣士よ」


 ソルダと呼ばれた男の兵士は、体格もよく鍛えられていて、佇まいも振る舞いも一般人である俺ですら只者ではないと思わせる程だった。


 切れ長の目がキリッとしていてかっこいい、格好もいかにも兵士という感じで、ファンタジーを目の前にしている高揚感があった。


「それでなソルダ、難しい注文かもしれんが、本当に軽く打ち合ってみるだけにしてほしいのだ。そして出来るだけ実力を探ってみてくれんか?」

「ご命令とあればそのように」

「うむ、頼んだ」


 ドウェイン様が指示を出して、俺の周りに召使いの人たちが押し寄せてくる。そして防具を体にテキパキと装着していって、俺はすっかり完全防備、それを過剰なまでにされた。


 剣道の授業で防具をつけたことはあるけれど、それよりも何だか守られてる気がした。俺が手を閉じたり開いたりして動きを確認していると、ソルダさんに声をかけられた。


「優真様ですね?」

「あ、そ、そうです」

「私はソルダ・フェイター、エラフ王国第一師団長を務めています。よろしくお願いします」


 ピシッとした姿勢にキチッとしたお辞儀、まさしく物語に出てくる騎士のようで思わず見とれてしまう。ぎこちないながらも俺もお辞儀を返すと、木剣を手渡された。


 訓練用の木剣だろうが、ずしりと重い。構えるだけでも結構腕に負担がかかってプルプルしてしまう。


「…大丈夫ですか?」


 ソルダさんの心配そうな表情に俺は焦った。


「大丈夫です!いけます!」


 ぶっちゃけ振り回せる気がしないが、笑顔で取り繕う。ここで引くのは格好がつかないかなと思ってしまった。


「では私が構えますので、優真様はいつでも好きなように打ち込んできてください。合図等も必要ありません。ご自身の間合いと拍子で全力できてください」


 そう言うとソルダさんはスッと木剣を構えた。いつでもいいなんて、大丈夫なんだろうかと思ったが、国一番の剣士が言うのなら大丈夫なんだろう。


 それにもしかしたら、俺には本当に自覚がないだけで剣の才能があるのかもしれない。こうして異世界に来てしまう話で、よく主人公がすごい力を貰ったりしているのをアニメで見た事がある。


 自分が主人公だなんておこがましいが、勇者と呼ばれる存在であるならあってもおかしくない筈だ。


 そう思うとちょっと楽しみになってきた。俺は木剣を振りかぶり、駆け出した勢いも乗せて思い切り振り下ろした。


「いったああああ!!?」


 何が起こったのか分からなかった。手から木剣は離れ、遠くに飛んでいった。手は痺れ、痛みがジンジンと腕中に広がった。


 俺が殴ったのは巨大な壁かと思わんばかりに、ソルダさんの剣はびくともしなかった。思い切り振りかぶってぶつけた木剣は、動いてもいないソルダさんの剣に弾かれた。


「す、すごい技ですね」

「いえ、ただ剣を構えていただけです。私は何もしていません」

「え?」

「結論を言います。優真様に剣の才能はありません。恐らく今のままでは、入隊したばかりの新兵にも負けると思います」


 素人以下、包み隠さずそう断言された。


「…もうよろしいでしょうか?」

「うむ、下がっていいぞ」


 ソルダさんは国王達に敬礼をし、ついでのように俺にお辞儀をした後去っていった。これは手合わせでも何でもない、俺はただ大きな壁をぶん殴って反動で自滅しただけだった。




 次に連れてこられた場所は非常に神秘的だった。


 棚には色とりどりの水晶が並べられており、沢山の本にランプ、ずらりと揃った液体の入ったビンが多くあった。さしずめ魔法使いの部屋というところだろうか、天井からは星をかたどった飾りが多数吊るされていた。


「優真様こちらを御覧ください」

「これは水ですか?」


 シュリシャ様が机の上に置いたのは、透明なコップに入った水だった。ほんの少しだけ青みがかったようにも見える。


「はい水です。でも少しだけ魔法が込められています。元来、水というのは魔力をよく伝え保持し、神秘の触媒として用いられます。この水は、その人の魔法の才能を見る時によく用いられます」


 魔法、そう言えばあまりにも普通に使われていてスルーしてしまっていたが、この世界には魔法があるのかと今更思った。まあそうでもないとここに来るまでの色々に説明がつかないのだけど。


「魔法使いは、努力と研鑽によっても才能が開花しますが、はっきり言いますと素質が殆どの分野です。生まれ持った素質がなければ大成するのは難しい。ですが才能があれば、どんな事でも思うがままの可能性にも満ちています」


 そう言うとシュリシャ様は指揮棒のような杖を取り出してコップの中の水に向けた。


“浮き上がれ”


 呪文を聞き取る事は出来なかったが、シュリシャ様が何かを唱えると、コップの中の水は空中に浮き上がった。テレビ番組でよく見る、宇宙空間での水の球のようにふわふわと浮いている。


 シュリシャ様の杖の動きに合わせて水の球も動き、くるくると俺の周りを一周した後、またコップの中へと戻って元の水の姿に戻った。


「これは魔法の一例ですが、本来もっと自由に色々と出来るのです。さあ、いよいよ優真様の才能を見てみましょう」

「お、お願いします!」


 剣の結果は散々だった。でも、もしかしたら魔法なら俺にも何かあるのかもしれない。鉄と錆の匂い立つ泥臭い戦いよりも、遠くから何もせずに勝つなんてのがいいのかもしれない。


 それに超能力っぽくて誰しも一度はこういうのに憧れるものだ。火を出したり、氷の礫を飛ばしたり、雷を操るなんてのも格好いい。


「ではこのコップを手で包むように持ってみてください」

「こうですか?」

「はいそうです。今度はゆっくりと呼吸をして気を静めます。そして意識を注がれた水にだけに集中させてください」


 言われた通り、深呼吸をして意識を集中させる。目を閉じて、ゆっくり呼吸を整えて、深く深く意識を水だけに向けた。


「…」


 いつまでこうしていればいいんだろう。誰も何も言わないまま、時間だけが過ぎていく、動いたりしないから身体的には疲れないけれど、いい加減気疲れしてきてしまった。


「も、もういいですよ。目を開けてください」


 やっと終わったと俺は大きくため息をついた。何か変わったかなとコップの水を見たが、まったく変化はなかった。


「これ何か変化ありました?もしかして、俺は目を閉じていた時に何か変わっていたとか?」

「ええと…そのぉ…」


 シュリシャ様は困ったように頭を抱えて、近くに控えていたリヴィアとエレリを呼び寄せた。


「あの…見ててくださいね優真様…」


 まずリヴィアが俺と同じ様にコップを手で包んだ。すると、コップの中の水が次第に揺れて波紋が広がり、色が濃い赤色に変わった。


 次にエレリが同じことをすると、今度は水は揺れなかったが、コップの底の方から徐々に光を放ち始めて、上まで到達すると水は眩く煌々と光り輝いた。


「優真様、今度はあなたが、そして目を開いたままやってみてください」


 俺は促されるままに二人と同じようにやってみた。しかし、水は一向に何も反応を見せず、色が変わりそうな気配もなく静まり返ったままだった。


「あの、もう正直聞くまでもないとは思うんですけど、これってもしかして?」

「…はい、優真様に魔法の才能はありません。しかもここまで何も変化がないのは見たことがありません、多少なりとも変化があって当たり前なのですが…」


 ですよね、その一言も出ずに俺はがくっと膝から崩れ落ちた。自分には特に何の才能もない事は分かっていた事だけど、こうして目で見せつけられると心にガツンとくるものがあった。


 勇者ってクーリングオフが効くのだろうか、元の世界に戻りたい気持ちはあったが、今はどちらかというと、申し訳ないからチェンジしてもらいたいの気持ちで一杯だった。


 あの神獣とかいうやつ絶対何か間違えたに違いない、俺はそう思った。

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