第7話 神獣様の謎 その4
最初に連れてこられた迎賓室に戻り、全員が頭を抱えていた。空気はすっかり沈鬱な雰囲気になり、誰も何も喋らなかった。
俺も自分の不甲斐なさを感じて何も言う気になれなかった。そもそも俺に何か期待されてもという話なのだが、それでもやっぱり申し訳ないなと思わずにいられなかった。
「あの…」
でもこのまま黙っている訳にもいかない、俺は口を開いた。
「まだよく分かってないんですけれど、勇者って交換出来ないんですか?俺、何かの間違いでここに来てしまった感がするんですけど」
「それは…分かりません。今まで一度もそんな事はありませんでしたから」
リヴィアは言い淀みながらもちゃんと答えてくれた。俺を傷つけない言葉を探してくれたのだろう、その気遣いが余計惨めにさせられるけれど嬉しかった。
「私達は神獣様のお告げを聞いて儀式を執り行うの、こちら側から神獣様にお呼びかけする手立ては現状ないのよ」
エレリも俺の目を見てちゃんと話してくれた。あの変な取り繕った喋り方をする余裕はないらしい。
「…現在魔王が再び現れたという報告はどこの国からも上がってない。しかし、小規模ではあるが魔物の活性化が確認されているのも事実、勇者が選ばれたという事は、魔王も復活したと見るのが妥当だろう」
「そんな時、勇者不在という流言でも広まったら世界は混乱に陥ってしまいます…。勝手な事を言っているのは分かっています。本当にごめんなさい」
ドゥエイン様とシュリシャ様がそれぞれの立場から話してくれた。
事情を考えると手を貸してあげたい気持ちはあるのだが、何の役にも立たないのであれば俺はただの邪魔者だ。皆の希望を背負って立つ程の度量もないし、希望を与えられるような力もない。
「やっぱり俺がここに来たのは間違いなんじゃ…」
「間違いなどではない」
何処からともなく声が聞こえてきた。誰かが喋ったのかと思い顔を見回すと、一様に不思議そうな顔をしている。
じゃあ一体誰が、そう思った時また声が聞こえてきた。
「お前がエタナラニアに来たのは間違いではない。お前はこの私に選ばれた。世界を救う為の勇者として」
突然左腕の紋章が熱くなり始めた。服の袖をまくって確認してみると、紋章が脈打つように光り輝いている。どんどんと熱を帯び、輝きを増していき、ついには目を開けていられない程の光に包まれた。
光が弱まっていくのを感じて目を開くと、そこはさっきまで居た場所とはまったく異なる場所だった。
辺りには緑が生い茂り、目の前には空にも届きそうな大樹があった。そしてその大樹の根本に、あの俺が助けたやつがいた。
「お前…、神獣なんて立派な奴だったんだな」
真っ白でふわふわな毛をなびかせて神獣はちょこんと座っていた。
「久しいな優真よ、色々と突然ですまなかった」
神獣の声は頭の中で響いている、口が動いていないので、そうやって話すのが神獣にとっては自然な事なのだろう。
可愛らしい見た目からは想像もつかないような渋い声だが、今はそのギャップはどうでもいいことだ。
「なあ、あんたが神獣なら何とかしてくれないか?俺は勇者なんてガラじゃないし、特別な力なんて何もない。これじゃあエタナラニアの人達が可哀想だ、ちゃんとした勇者を選ぶべきだろう?」
「まあ待て、その話は巫女が起きてからしようじゃないか」
神獣が後ろを見てみろという風に鼻をふんふんと動かす。俺はそれに従って振り返ると、リヴィアとエレリが倒れていた。すぐさま駆け寄って安否を確認する。
「リヴィア!エレリ!大丈夫か?しっかりしろ!」
「慌てるな優真よ、その二人は我の神気に当てられて少々気を失っているだけだ。ほら今に目覚めるぞ」
リヴィアとエレリは神獣の言った通りにううんと声を出した。確かに気がついたようで俺は心から安堵した。
「…あら?優真様?それにここは一体?」
「何があったの?私達確かに城の迎賓室にいた筈じゃあ…」
二人が体を起こすのを手伝い、俺は木の根元を指さした。二人は頭を抑えながらもそちらに視線を向けると、飛び起きて姿勢を正した。
「「し、神獣様!?」」
「そうだ、こうして顔を突き合わせるのは初めてだな奇跡の巫女よ」
「え?像があるのに会ったことないの?」
「あれは我と直接会った事のある勇者が作らせた物だ、巫女とは一度たりとも会った事などない」
ふーんと思っていると、突然エレリに耳をつねられて飛び上がった。
「何すんだよ!?」
「神獣様にそんな口の利き方しちゃ駄目でしょ!?神様なのよ!?」
「でも俺からしてみたら保護した動物なんだよ、こうして話せるのだって知らなかったし、あんま実感なくても仕方ないだろ!?」
俺とエレリが言い争って、リヴィアがその間でうろたえて困っていると、また神獣の言葉が頭に響いてきた。
「そんな些末な事気にしなくてよい、我はどう言われようとも気にはせぬ」
「し、しかし…」
「それに優真には文句を言われても仕方がない、我が強引にこの世界に呼び寄せてしまったのでな」
エレリが神獣に抗議している時、俺は神獣の後ろ足にまだ包帯が巻かれているのに気がついた。
「なあ、怪我まだ治ってないのか?」
「お前また!」
「ちょっと待ってエレリちゃん!」
いままで大人しくしていたリヴィアがエレリを押しのけてまで前に出てきた。失礼しますと神獣に言って跪くと、俺が指摘した後ろ足の包帯を確認した。
「本当にお怪我をなされたのですか?」
「ああ、我にとっても想定外の事だった。傷がまだそのままだから包帯は巻いたままにしておる」
それを聞いて今度は俺が慌てて神獣に駆け寄った。
「何っ!?大丈夫か?傷まないか?手当てが悪かったのかな…、血は出てないか?」
あれだけ走り回れていたのだからもう大丈夫だと思いこんでいた。傷が深かったからまだ塞がっていないのだろうか、それともやっぱり普通の動物とかと違うからか?包帯を巻かない方がよかったか、ぐるぐると考えが頭の中を巡った。
「よいよい優真、そんな事より巫女達が驚いておるぞ」
指摘されて気がついた。俺は後ろを振り返ると、二人が呆気にとられた顔で俺を見ていた。
「あっご、ごめん。俺が怪我の手当てをしたからつい心配で…」
リヴィアがふるふると首を横に振った。
「いえ、私達こそ神獣様のお怪我に気がつくことも出来ずに、巫女として恥ずべきことです」
「わ、私も、態度の事を注意するよりも、神獣様をお気遣いしなければいけなかったのに…」
二人ともすっかり落ち込んでしまった。どうしたものかとあわあわしていると、神獣の言葉がまた頭に響いてきた。
「くっくっく、優真よ、傷の事はもうよい。それよりも大切な話があるのだ。お前と、巫女の二人にもな。そこに座れ」
俺たちは顔を見合わせて、言われるがまま神獣の前に揃って座った。
神獣は俺たちの顔を見回すと話し始めた。
「まず巫女よ、我は世界の叫びを聞いた。まず間違いなく魔王はまた現れている」
それを聞いて二人の空気が張り詰めた。俺は二人に代わって神獣に聞いた。
「それで勇者を探してたのか?」
「そうだ、それこそ我が使命、世界の壁を越え、英雄たる者を探す事は我にしか出来ぬ事。それ故世界を渡り歩いていた」
神獣がとことこと歩いて俺の目の前に来る。
「しかしその世界渡りの際、予期せぬ出来事が起きた。今まで一度も干渉を受けてこなかった世界渡りに、魔王の攻撃があった。我の怪我はその時のものだ」
「魔王の?」
「そうだ、今代に生まれた魔王の力は強大だ。正直我の想像をも絶するかもしれない、怪我を負い優真の世界に落ちた我は、そこをさまよい歩いていたのだ」
その時に俺が出会って保護した訳か、何だかやっと色々と繋がってきた気がした。
「優真、我はお前に会うまで、怪我をしたままずっとさまよっていたのだ。我は一度たりとも怪我などした事がなくてな、助けてもらおうにもどうしたらよいのか分からず、道行く人々には無視をされ、挙げ句にはよく分からぬ者に網を持って追いかけられた」
多分誰かに通報されたんだろうな、手負いの獣を見て助けようとしたんだと思う、自分から手を出すよりも安全で確実だから。
「あのさ、それは多分…」
「無論、言わずともよい。追いかけてきた者達に敵意は感じられなかったし、我を思っての行動だったのだろう。しかしな優真、我は知らぬ世界に落ち、今まで受けたことのない攻撃を受け、したこともない怪我をして怯えていたのだ。神とも言われる我が情けなくもな」
俺は神獣の言葉に首を振って否定した。
「情けなくなんかないよ、誰だって、それこそきっと神様だって怖い時は怖いんじゃないかな。怪我をして、血だってあんなに出てて、事情も分からず追いかけ回されたらそれは怖いさ」
「…だから我は優真を選んだのだ。お前の優しさに触れたとき、我の中で何かが変化した。お前の心の奥底に小さく灯る、勇気という希望の火を我は確かに見た」
俺の前にいた神獣は、今度はリヴィアとエレリの前に移動した。
「巫女よ、優真と共に世界を巡れ。魔王に何か変化が起きている、その痕跡を探すのだ。そして各地に遺された勇者の意志と足跡に触れ、勇気とは何か答えを見つけるのだ」
「「はっ!仰せのままに神獣様!」」
「今我は、エタナラニアの神話の道筋から外れている。魔王側もまた変化している。優真は確かに今は空の器ではあるが、その身に我の半分を宿している、共に研鑽に励めば、いつかその力が目覚める時がくるであろう」
「「はっ!!」」
神獣は満足そうに頷くとふわりと浮き上がった。天まで届きそうな大樹の根に立ち、俺に語りかける。
「優真よ、改めてお前に頼みたい。世界を救ってはくれないか?」
「…俺は俺に出来る以上の事は出来ないし、明らかに力不足だ」
「それでも我はお前に頼みたいのだ。困っている人々を救い、助けを求める声を聞き届けてやってはもらえぬか?」
「…それが俺に出来る事ならやるよ、頼まれると断れないしな」
「旅の終わりには、お前の望む願いを我が権能によって叶えようぞ。そなた達と世界に祝福あれ」
あの目を開けていられない程の輝きが神獣の体から放たれて、俺たちはまた目を閉じた。
そして次に目を開いた時には、あの緑豊かな神秘的な森は跡形もなく消えて、その前にいた迎賓室にいた。
世界を救えなんて荷が重すぎる、俺に出来る事なんて小さすぎる、だけどこの世界の何処かで誰かが困っていて、その人に手を差し伸べる事が出来るのなら俺はそれを無視出来ない。
それが俺の中にある、唯一のやりたい事でもあるからだ。スケールはバカでかくなったけれど、見えなかった将来の展望が見えた気がした。
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