第5話 神獣様の謎 その2

 長い廊下と階段を何度か上がり、辿り着いた先にあったのは重厚で豪華な扉だった。扉の脇に立っていた二人の兵士にリヴィアが何か話しかけると、兵士達は二人がかりでその扉を開けた。


 扉の先の部屋は一際豪華絢爛だった。壇上にある椅子に座っている人物は、見かけに偉丈夫で気品があり、その高貴さは威圧感さえあった。


 隣の椅子に座る女性も、見目麗しく上品で、優しいその微笑みは見た人の心を奪う迫力がある。そしてリヴィアとエレリによく似ていた。


 二人は国王と王妃で、ここは所謂玉座の間というやつだろう、小説やゲームの舞台では憧れたものの、いざ自分がその場所に立ってみると緊張で体がこわばった。礼儀作法も知らないので、何か動いたり喋れば不敬にあたるかもと思い、下手なことも出来ず直立する事しか出来ない。


「国王様、神獣様により選ばれし勇者様をお連れいたしました」


 リヴィアとエレリが跪いたのを見て、俺も咄嗟に見様見真似で同じ行動をした。その様子を見て、国王が声を上げて笑った。


「ハッハッハ!よいよい、勇者よ。そなたが儂に跪く必要などない。先程から甚く緊張した様子、もっと気を楽にしなさい」

「えっ?」


 俺が顔を上げて国王の顔を見ると、強面ながら頬を緩ませ笑顔で言った。


「儂はエラフの王だが、そなたは世界に選ばれし勇者である。本来跪くべきなのは儂の方なのだ。しかし一国を治める身、おいそれと頭を垂れる訳にもいかん。今は許してくれ」

「は、はあ…」


 勇者ってそんなに偉いのか?事情もよく分からないので曖昧な返事しか出来なかった。


「それよりも辛い神命を受け入れよくエタナラニアに来てくれた。エラフ王国は古くからのしきたりに従い、そなたの力になる事を約束しよう」

「え?神命?」

「うん?」

「え?」


 神命を受け入れる?まったくそんな記憶がなくって疑問を呈すると、国王もまさか俺からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのか、話が噛み合わず困惑が場を支配する。


 この場にいる殆どの人の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ中、事態を把握している内の一人エレリが声を上げた。


「国王様、此度の勇者召喚の儀式においてご報告したき事が存じます。できましたらこの場を、勇者様と国王両陛下、そして私達巫女だけにしてもらえませんか?」

「これは神獣様にも深く関わる事ゆえ、どうか受け入れていただきたく存じます」


 エレリに続いてリヴィアも声を上げた後、二人は深々と頭を下げた。国王は二人の様子を見て何か悟ったのか、後ろで控えていた人を呼びつけて話し、国王から何か命令を聞いたのかその人が動き出すと、あっという間に玉座の間は俺たちだけを残して人払いが済んだ。




「シュリシャ、頼む」

「もうやってますよ」


 国王が隣の王妃に声をかける、王妃が何やらぶつぶつと言葉を発した後、右手をかざすと玉座の間に薄い光の膜のようなものが広がり中を包み込んだ。


「防音魔法を施しました。これで自由に会話出来ますよ」

「ああ助かった!堅苦しくていかんなまったく。皆来なさい、お茶でも飲みながら話を聞こう」


 先程まで威厳に溢れていた国王は、人払いと防音魔法だかが済んだ途端に、すっかり気を抜いてしまって、マントと王冠を脱いで玉座に置いてしまった。


「お父様!国王なんだからしっかりしてよ!」

「すまんすまん、しかし昔からこうした形式ばった事が苦手でな。エレリは偉いな、ほら頭を撫でてやろう」

「子供扱いしないでってば!」


 国王とエレリは、さっきまでの態度が嘘みたいに団らんしていた。俺がぽかんと口を開けていると、リヴィアと王妃が近づいてきて言った。


「ごめんなさいね、あの人威厳は見かけだけなの。それも長続きしなくって、困ったものね」

「優真様もそのうち慣れると思います。さ、話の続きといきましょう」


 もう考えてもしょうがないか、そう思うことにして俺は国王一家のお茶の席につく事にした。




 王妃が俺のカップにお茶を注ぐと、リヴィアが話し始めた。


「優真様、ころころと場所を変えて申し訳ありません」

「あ、いや別に大丈夫だよ」

「では自己紹介といくか、儂はドウェイン・リュミエラフ、この国の王。そして妃のシュリシャだ」

「初めまして勇者様、どたばたして申し訳ないわね」

「とんでもないです。俺、あっ私は鏡優真と言います」


 慌てて一人称を言い換えると、シュリシャ様がくすくすと笑った。


「いつも通りの喋り方でいいのよ。今は特に誰も聞いていませんし」

「シュリシャの言う通りだ。娘達と同じように儂も優真殿とお呼びして構わんかね?」

「あっはい、それは勿論」


 国王に殿なんてつけられると身が縮む思いだが、下手に訂正するのも怖いので受け入れる事にした。


「それで?態々人払いした理由はなんだリヴィア?」

「ええ。今回の勇者召喚の儀式、例外な事が多かったでしょ?突然のお告げに、私達が祈りの場に到着する前に召喚された優真様。そして話を聞いていくと、優真様は神獣様から何の説明も同意も得ないまま、エタナラニアに連れてこられてしまったそうなの」

「何だと?」


 朗らかな雰囲気を纏っていたドウェイン様の目つきが鋭くなった。その迫力で俺は蛇に睨まれた蛙のようにビタっと動けなくなった。


「まさか此奴、勇者を騙る魔王の刺客ではあるまいな」

「やめてよお父様!優真様からはちゃんと神獣様の気を感じるのよ!」

「だがもしもの事もある、優真殿、悪いが上着を脱いで左腕を見せてもらおうか」


 身を刺すような敵意に怯えながらも、俺は着古してだぼだぼになったパーカーに手をかけた。そう言えば夜寝ている姿のまま飛び出して来たんだったと今になって気がついた。


 しかし左腕が何なんだろうか、今まで袖ですっぽり埋まっていたので見てなかったが、何かあるのだろうか。


 俺がパーカーを脱いでTシャツ一枚の姿になると、突然ガタンと机が揺れた。何かあったのかと音のした方を見ると、ドウェイン様が俺の左腕を見て絶句していた。


 見ると他の三人も腕を見つめて言葉を失っている、不思議に思いながらも俺も視線をそこに移すと、思わず声を上げて驚いてしまった。


「わっ!!な、何だこれ!?」


 俺の左手の甲から腕、そして肩にかけてまでタトゥーのようなものが刻まれていた。勿論俺はこんなものを入れた事はないし、奇妙な形の痣という訳でもない。


 腕を見て驚いていると、またしても机が鳴った。今度はガタンというより、何かを打ち付けたような音がした。


 見るとドウェイン様が手をついて頭を下げて机につけていた。さっきはおいそれと頭を下げられないと言っていたのに、急にどうしたのかと俺は困った。


「申し訳ありませんでした優真殿!その左腕に刻まれた紋章は神獣様の印、優真殿が勇者である事の証左です!疑った事をお許しください」

「いや、そんな。気にしてませんから頭を上げてください」


 誰かどうにかしてくれと俺は思わずエレリの顔を見た。ちょっと驚いたような表情をした後、エレリは少しだけ顔を背けて言った。


「歴代の勇者様には必ず左腕に神獣様の紋章が刻まれていたの、大きく色濃く現れる人程強力な力を持っていたと言われているわ。…優真様の腕に刻まれた紋章は、一度も見たことないくらいのものよ…です」

「えぇ…。これそんなに凄いの?」


 正直、体に何か模様が刻まれている事は俺からしたら違和感しかないが、皆が揃って黙り込む程のものではあるみたいだ。


「しかしこれほどの紋章、長い歴史の中でも例を見ない筈だ…。一体優真殿はどれ程の大英雄なんだ?」

「ええそうね…。優真様、あなたの持つ力を見せてもらえませんか?」


 ドウェイン様とシュリシャ様の言っている意味が分からなかった。俺が持っている力ってなんだ?特に何も出来る事はないけれど。


「えっとそれは、得意な事とかそういう事ですか?」

「?ま、まあそうなりますかな?」

「じゃあ…その、紙ありますか?」


 シュリシャ様が一枚の紙を渡してくれた。異世界だから何か特徴のある紙なのかと思ったが、元の世界とそれ程変わらないのでホッとした。これなら問題なく制作出来るだろう。


 紙を丁寧に折りたたんで折り目をつける、そして正方形に切り取ると、何度も何度も折っては形作り、最終的にあるものを作って机の上に置いた。


「はい、出来ました」

「これは…?」

「えっと鶴です。俺、唯一折り紙は得意なんですよね」


 中々いい出来だ、俺は机の折り鶴を見てうんうんと頷いた。


「あの?」

「はい?」

「これだけですか?」

「花とかも折りますか?」

「いえ、そうでなくて、こう、強力な魔法や、伝説の剣、見たこともない特殊能力や超技術などは?」

「えっ?」

「えっ?」


 ドウェイン様が呆気にとられた表情をしている、シュリシャ様とリヴィアにエレリも同様だった。


 微妙な空気が流れて、誰も何も言葉を発さなくなってしまった。ここだけ時が止まったのかと勘違いしてしまう程に、皆が凍りついているのだけは分かった。

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