第4話 神獣様の謎 その1
あれよあれよと連れてこられた城の中、その城内も言葉に表すのが難しい程すごかった。絢爛豪華とはこういうことを言うのだろうか。
城内をリヴィアさんとエレリさんに連れられて進んでいく、すれ違う人々にジロジロと見られるのが居心地の悪さを強く感じさせられた。
「勇者様、どうぞこちらへ」
「は、はあ…」
二人に連れて来られた部屋は、豪華な城内の中でも一段と豪華な内装の部屋だった。迎賓室というのだろうか、兎に角俺の乏しい知識では言葉だけしか知らなかった。
「それでは勇者様…」
「あ、ちょ、ちょっといいですか?」
「はい?」
俺の言葉に二人ともキョトンとした顔をした。
「その勇者様ってのやめてもらえませんか?どうにも背中がむず痒くて」
「し、しかしですね」
「俺は鏡優真って言います。できれば名前で呼んでいただければ、俺もその方がいいっていうか」
ここが異世界だということを受け入れつつあっても、勇者様と呼ばれるのはどうしても受け入れられなかった。とてもじゃないが、自分がそんな風に呼ばれるような人間に思えない。
「で、ですが…」
「優真」
俺は自分の顔を指差してもう一度名乗った。リヴィアさんもエレリさんも顔を見合わせて困っていたが、二人ともおずおずと俺の名前を口にした。
「優真様…?」
何となくまだ慣れないが勇者と呼ばれるよりずっといい。俺は笑顔で頷いた。
「はい。後もう一つ、様付けもちょっと、恐れ多いって言うか…」
「そ、それは無理です!」
「おね、姉様を困らせないでください!」
中々線引が難しいな、まあ取り敢えず今はこれでいいか。
「じゃあ呼び方についてはそれでいいです。俺はお二人の事なんて呼べばいいですか?」
「え?」
「俺、異世界に来て初めてこう、お二人に会えて安心したんです。それまですげー心細かったから、ここが何処だかさっぱり分からなかったし」
「あっ、も、申し訳ありません。お心を察する事も出来ずに…」
二人とも申し訳無さそうに頭を下げてしまった。そんなつもりではなかったので俺は慌てた。
「いやいや、そんな謝って欲しかった訳じゃないんです!寧ろこう、打ち解けたかったと言いますか…」
「打ち解ける?」
エレリさんが怪訝そうな顔で俺を見る。
「そうです。お二人は色々知っていそうですし、色々聞きたくて。それにこう、話を聞くのにも堅苦しいと頭に入ってこなかったりしません?校長先生の長話っていうか」
「こ、校長先生…?」
「えーっとそうですね、うちの高校の校長はこう、似合わない髭を生やして偉そうにしてるんです。それで事ある毎にうおっほんって咳払いするんですよ、こんな感じに」
俺は同級生にはウケる十八番の校長の物真似をした。服を引っ張って出っ張ったお腹を再現する、そして髭をつまむ真似をしながらわざとらしくうおっほんと咳払いをした。
「えーっ、昨今の情勢を鑑みるに、えーっ、皆さんの、えーっ」
校長の長くて途切れ途切れの会話を再現する、ついでに無駄に偉そうな仕草も大げさにやってみた。エレリさんがくすりと少し笑ってくれて、リヴィアさんはそれを咎めたけれど、口元は少し緩んでいた。
「分かりました優真様、私達の事は名前で呼び捨てにしてもらって構いません。敬語も必要ありませんよ」
「え?でも…」
「姉様がそう仰るのです。嫌なら勇者様呼びで構わないのですよ私達は」
まあそう言ってもらえるならお言葉に甘える事にしようか、ちょっと気恥ずかしいけれど俺は二人の名前を口にした。
「リヴィアとエレリ、えっと、これからよろしく」
「はい!よろしくお願いします優真様!」
「よ、よろしく、お願いします」
俺は二人と握手を交わした。この世界に来てから初めて体の緊張が解けた瞬間だった。
自己紹介を終えた所で俺はいよいよ聞きたいことを聞いてみる事にした。
「ええとそれで、根本的な質問なんだけど、勇者ってどういう事?」
「「えっ!?」」
二人の声が綺麗に揃う。双子ってこうなのかな。
「優真様は神獣様にお会いになっていないのですか?」
「神獣様?」
リヴィアに聞かれても思い当たる節がない、俺は首を傾げるしかなかった。
「姉様、神獣様に出会わずに勇者様がこちらの世界へ来る事ってあるの?」
「そんな事例、記録では一度も見たことがないわ」
「今回の召喚の儀式も色々とおかしな点が多かったし、何か問題が起こってるんじゃ…」
「でも優真様からは確かに神獣様の気を感じるわ、エレリちゃんだってそうでしょ?」
何だか二人だけの世界に入ってしまった。会話に入り込む余地がないので大人しく座っていると、エレリが失礼と一言言って立ち去って行った。
「…何かまずい事言っちゃった?」
「いえ、そんな事はないのですが…。エレリちゃんが戻ってくるまで、私がご説明させていただきますね」
笑顔で取り繕ってはいるけれど、その表情には何処か焦りのようなものが見えた。大丈夫かなと不安にはなったけれど、話を聞いてみなければ始まらない。
「この世界エタナラニアでは、何千年と続く魔王との争いがあります。魔王は生きとし生けるものすべてに仇なす悪意の化身。エタナラニアの深く地の底にあるシャンガルダにて居城を構え、魔物を生み出し世界に侵攻を続けています」
「何千年?そんな長い歴史で魔王は一度も倒されていない?」
「いいえ、魔王は間違いなく倒されています。そしてその魔王を討ち果たす定めを持つ御方が、神獣様に選ばれし勇者様なのです」
これまでの話しぶりからも薄々感じていたが、勇者は何度か召喚されているみたいだ。しかし疑問は残る。
「倒されているのに、何故戦いの歴史は続いているの?」
「実は魔王は倒す事は出来ても、完全に滅する事が出来ないのです。歴代の勇者様達は死闘の末魔王を討ち果たしてきましたが、時が経ち、また新たな魔王が生まれ、魔物が世界に現れるのです」
「そんな…」
それじゃあ堂々巡りじゃあないか、いくら魔王を倒したとしても、いつかまた現れる魔王と魔物の影に怯えて生きていかなければならない。
「我々もこの戦いの本当の始まりを知りません。それは長い歴史の中で遠く手の届かない場所にいってしまった。しかし伝承ではある時、魔王によって滅ぼされかけたエタナラニアで、救いの祈りで奇跡を呼び寄せた巫女が現れました。その奇跡の名は勇者、魔王と魔物を倒し、人々の安寧を守る為に巨悪を討ち果たした奇跡の人」
「そして私達がその巫女の末裔ってこと…です」
いつの間にか戻ってきたエレリがそう言った。何だかまだ喋り方がぎこちないけれど、それよりもその手に持っている物に俺は目を奪われた。
「ちょっ!ちょっとゴメン!!その手に持ってる物を見せてくれ」
俺は混乱して慌てていたけれど、エレリは何の抵抗もなくそれをすっと手渡した。俺が目を奪われたのは小さな彫像、象られていたものは、俺がこの世界に来る前に助けたあの謎の生物だった。
「その反応を見るに、やはり神獣様にお会いしたことはあるのね…ですね」
「ああ、確かに会った事がある。俺は怪我をして弱っていたこの子を助けて、その後逃げるのを追いかけている内に誘われるようにこの世界に来たんだ」
「神獣様がお怪我を!?」
リヴィアの顔が一瞬で青ざめた。いけないと思い、俺はその時の様子を二人に話した。
「た、確かに怪我してたけど大丈夫。止血してちゃんと清潔にしたし、化膿とかしてなさそうだったから。寧ろ怪我してる筈なのに元気に走り回っちゃってさ、家の二階の窓から飛び降りるしで、本当に怪我してたのかってくらいだったよ?」
実際俺は走り去っていくこの神獣様?とやらを走って追いかけてきてここに来てしまった。あの時感じたスピードは尋常じゃなかった。
しかしいくら俺が説明をしてもリヴィアの深刻そうな表情は変わらず、エレリも何か考え込んでしまった。その内二人は耳打ちで相談を始めて、俺に聞こえないようにして何かを決めると、顔を見合わせて頷いていた。
「優真様、今からお会いしてほしい御方がいるのですが、よろしいでしょうか?」
聞かれた所で俺には断る理由も選択肢もない、二つ返事で了承すると、二人の後を追い部屋を出て、長い廊下を歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます