第3話 急転直下の勇者様
自分がどこにいるのか、何故ここにいるのか、それが何一つ分からないままに俺は呆然としていた。
今しがた自分が出てきた場所を振り返る、中が暗くて何も見えていなかったが、外観は地面に少し埋まった半球体のようになっていた。開いた扉は、また音を立てて閉まっていった。
よくよく自分が立っている場所を見てみる、台座を見た時も神殿のようだと思ったものだが、外観もまさしく神殿のように見えた。
「と言っても実際にこの目で見たことはないんだけど…」
こんなものはテレビや漫画、写真などでしか見たことがない、だから今ここにいる事にも全然現実味を感じなかった。そして今更気がついてしまったが、扉が閉まった今もう一度開ける事が出来るのだろうか。
やばい、そう思って扉まで走って観察する。しかし内側にあった手のひらの模様は、外側には存在していなかった。駄目だと頭で思っていても何度も手を置いてみるが、扉はびくともしなかった。
冷や汗が全身からぶわっと吹き出す。ここが何処かは分からないけれど、ここと俺が元居た世界を繋ぐものはここにしかない。ここが開かないとなれば、俺は一体どうなるんだ。
「おいおいおいおい!マジかよ!開いてくれ開いてくれ!!」
ドンドンと拳で岩の扉を叩いた所で何にもならなかった。ただ手が痛いだけ、それでも叩かずにいられなかった。何か、何か起これ、そんな悲鳴のような祈りで懸命に俺は扉を叩いた。
そんな時、背後でドサッと何か倒れる音が聞こえた。冷や汗はひかないままではあるが、俺はゆっくりと振り返った。
俺の目に入ってきたのは二人の女の子だった。その内の一人が腰を抜かしたかのように地面に座り込んでいた。
顔や服装はよく似ているけれど、髪型や体型はそれぞれ異なっている、美しい、そんな言葉が似合う女の子。
だけど頭の中は混乱で一杯だった。服装が明らかに現代人のそれじゃない、いや、そんな格好を普段からしている人もいるかもしれないけれど、見た目で分かる程すごく高価そうなドレスを着ていた。
こういう雰囲気を纏っている人を高貴というのだろうか、思わず背筋を伸ばしたまま固まってしまいそうだった。しかしその前に、何かの拍子に座り込んでいる
のなら手を差し伸べなければと思い近づいて声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
俺が声をかけた途端、座り込んだ髪の長い方の女の子が、一瞬驚愕の表情を浮かべた後気を失い、ぐらりと後ろに倒れそうになった。俺は慌てて頭を抑えて、後頭部を打たないように支えた。
よく見ると、美しさもさることながら、俺が知ってる人間の特徴とも微妙に異なる点がいくつもあった。美しい絹糸のような金色の髪、少し尖った耳、そしてちらりと覗いた胸元には、宝石のような物が埋め込まれているように見えた。
「大丈夫!?お姉ちゃん!!」
目まぐるしく変わる状況についていけていなかったのか、固まっていたもう一人の女の子も、ようやく動き出した。お姉ちゃんと呼ぶという事は姉妹だろうか、妹の方が髪が少し短くて肩くらい、背が高かったので、言われなければこちらが姉かと思った。
「い、妹さんですか?お姉さん大丈夫そうですよ?気は失いましたけれど、何か唸ってぶつぶつ言ってますし」
俺の腕の中で、気を失った姉はうーんと唸っていた。声が出るなら取り敢えず大丈夫だろう、息をしてない訳でもないし、すぐに目を覚ますんじゃないだろうか。
「そっか、よかった…」
安堵の表情を浮かべるも、妹の方は咳払いを一つして表情を引き締めて言った。
「あ、えっと、姉の安全確保にご協力いただき感謝します。あなたは、その、ど、どこから来たのですか?」
何だか一言一言がぎこちないな、そんな事を思いつつも俺はこれ幸いにと言った。
「あの石で出来た半球状の建物?のような所から出てきたんです。あの、すみませんがここはどこですか?何だか分からない内にここに来ちゃって…」
俺の言葉を聞いて彼女は勢いよく顔を近づけてきた。透き通った水色の瞳が俺の目を捉えて離さない。
「今神殿から出てきたと言いましたか!?」
「え、ええ」
「ではあなたは、この世界の住人ではない。そうですね?」
その質問の答えを俺は知らないけれど多分そうだ。明らかに空気感が違っている。
「詳しく分かりませんが多分…」
「ここに来る前に神獣様に出会われませんでしたか?」
「し、神獣様?」
「お話をなされていないんですか?」
驚いた表情を浮かべているが、もっと驚いて困っているのはこちらの方だ。さっきから何の話をされているのかさっぱり分からない、神獣様って何だ。
そんなやり取りをしているうちに、ガチャガチャとした足音をたてながら階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。聞こえてくる音からして大人数だ。
「姫様方!どうなされましたか!?何やら悲鳴のような声が聞こえてきましたが」
「うわっ」
駆け上がってきた集団の姿を見て思わず声を上げてしまった。想像もしていない格好をしていたからだ。
鎧、盾、兜に槍、まるっきり創作物でしか見たことのないような兵士のような格好だ。驚いて声を上げるのも無理ないと思う。
しかし全員の顔がこちらに向いたのを見て背筋が凍った。殺気とでも言うのだろうか、むき出しの感情に押しつぶされそうになる。
「何奴ッ!姫様に何をした!!」
「え?あ、これは、ちがっ」
「怪しいやつめ!此奴を捕らえいッ!!」
隊長格の人だろうか、一人の号令によって俺の周囲はあっという間に兵士によって囲まれてしまった。ギラギラ光る槍の穂先を見ると、嫌な汗が止まらなかった。
「姫様!今お救い致します!」
これまでかと思った瞬間、妹さんが俺の前に立ってバッと両手を広げて皆を制止した。
「お待ちなさい!このお方は神獣様の神殿から出でし者、神獣様によって選ばれた勇者様です!これ以上の無礼は、エラフ王国第二王女であり勇者の巫女、エレリ・リュミエラフが許しません!!」
神獣に勇者に王女に巫女、訳の分からなさが加速していくまま、俺は空いた口が塞がらなかった。
状況的に考えて、このエレリと名乗った少女が指す勇者なる人物は俺しかいない。だけど、この俺が勇者?何かの間違いだろうと疑えてならなかった。
急転直下、状況が目まぐるしく変化していくまま、流されるように俺はエレリさんとそのお姉さんと一緒の馬車に乗っていた。
「ううん…」
「起きた?お姉ちゃん。あ、いや、姉様」
「あれ?エレリちゃん?ここは?私達神獣様の神殿に向かっていた筈じゃ…」
エレリさんの膝の上で眠っていたお姉さんが目を覚ました。寝ぼけ眼をこすっていると、俺の存在に気がついたのか、後方にバッと飛び退いた。
「だ、誰っ!?」
「姉様、落ち着いてください。あの御方は…」
何故か俺に聞こえないように、エレリさんはお姉さんに向かって耳打ちで何やら話始めた。お姉さんは話を聞いている内に表情が何度も変わり、青ざめたり、強張めたりして、最後は申し訳無さそうな表情をして俺に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません!巫女でありながら今回のような失態、弁解の余地もありません!」
「ああ、いえ、そんな謝らなくても…」
「いいえ、いけません!あまつさえ危ない所を助けていただいたのに、私は勇者様が危険な目に遭われている最中、気を失っていたなんて…」
お姉さんが本当に申し訳無さそうに何度も謝るので、こちらがいたたまれなくなってきた。何とか止めれらないかなと思い、俺は話の流れを変える為に切り出した。
「あの、お二人は姉妹なんですよね?エレリさんの方は、成り行きで名前を伺ったんですが、お姉さんの方はなんと仰るのですか?」
姉妹はそれってはっとした顔をした。二人とも顔がそっくりなので、同じ反応をするとちょっと面白い。
「申し遅れました。私、エラフ王国第一王女、そして勇者の巫女を司るリヴィア・リュミエラフと申します」
「双子の妹のエレリです。きちんとした挨拶が遅れまして申し訳ありません」
リヴィアさんにエレリさん。改めて名前を聞いてみてもやっぱり馴染みがないなと心の中で思った。
しかし、そんな疑問等些細な事だ。俺は満を持してこの質問を口にした。
「すみません、ここって一体どこでこの状況って何なんですか?」
「ここは、私達が生きる世界エタナラニア。勇者様にとっては異世界であり、未知と神秘に溢れた場所」
「私達姉妹は、そのエタナラニアにある一国、エラフ王国の王女にして、勇者を呼び出しお使えする宿命の巫女」
「「そしてあなたは、神獣様に選ばれた勇者様なのです」」
異世界エタナラニア、神獣によって選ばれた勇者、少しずつ判明していく事実に頭を抱えていると、リヴィアさんが声を上げた。
「御覧ください勇者様、ここが私達の国エラフ王国でございます」
馬車の窓から外を覗く、遠くで見たときよりも立派で荘厳な城が眼前にまで迫ってきていた。そして改めて、自分が異世界に来たのだと実感したのだった。
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