第2話 誘われ別世界
突如現れた不思議な生物を保護して、やっと自宅にたどり着いた。歩いている最中も鳴き声一つ上げず、ずっと大人しくしてくれていたのは幸いだった。
血で汚れてしまったシャツとタオルは、念のためビニール袋に入れて口を縛っておいた。血で汚して駄目にしてしまった事を怒られるだろうけど、取り敢えず今は気にしない事にした。
怪我した所を水で洗い流して、家から引っ張り出してきたガーゼで拭き取った。血がまだ少し出ているので、少し強めにガーゼで抑えてから包帯を巻いた。
これで一応、怪我した所にばい菌が入り込んだりしないだろう。止血は十分じゃないかもしれないが、俺が出来る応急処置はこれくらいだ。
後は動物病院に連れていくべき何だろうけれど、困った事に近くの動物病院は休診日だった。やっていないのならしょうがない、後日改めて連れて行こう。
それに怪我をしているものの、弱り切っている様子もしなかった。どちらかと言えば平常心というか、特に動きもないというか、大人しいものだった。
体調が急変する可能性はあるが、すぐに何か大変な事になりそうな感じもしないので、一日様子を見る事にした。朝一番に動物病院へ連れて行って、その後の事はその時相談すればいい。
「なあ、大丈夫か?」
うんともすんとも言わないが、耳が少しぴくぴくと動いて反応した。
「こうしてさ、保護したりするのってよくないとは思うんだけど、お前の傷を見てたらどうしても何かせずにいられなくってさ。こうして関わった以上は、最後まで責任持って付き合うからな、安心してくれよ?」
俺がそう言うと、そいつは足を少し引きずりながらも、俺の手に近づいてきて頭をすりすりと擦り付けてきた。
「何だ?触っていいのか?もしかしてお礼のつもりかな。いいんだよ、気にすることないさ、それより元気になれよ」
手にすり寄るままに俺は頭や首を撫でた。気持ちよさそうにしているそいつの事を見ていると、助けてよかったなと思えた。
夜、父と母からの鬼のように怒られた後説教されて、ようやく開放されて自室に戻った。
野生動物をむやみに助けるなと言われ、血まみれのシャツとタオルの事について言われ、怪我や病気をしたらどうするつもりだと散々言い聞かされた。
確かにあまりに考えなしで突発的な行動だった。だけどあのままにしておいてこの動物が死んでしまったらと思うと行動せずにはいられない、困っているかどうかは分からないけれど、見捨てる事は俺には出来なかった。
でも、父も母も俺の事を心配して言ってくれている訳だから、否定も肯定も出来ずに俺はただ頷いているしかなかった。明日の動物病院へは付き合ってくれるらしいし、今回はこれで許してくれるという事だろう。
いまだ犬なのか猫なのか、そもそも何の動物なのか分からないそいつは、窓際にちょこんと座って外の月を眺めていた。今夜は綺麗な満月の夜だった。
「外が恋しいか?悪いな、家の中で窮屈な思いさせちゃって」
俺の言葉に振り返りはしないが、耳がぴくぴくと動いていた。
「大丈夫、怪我なんてすぐよくなってまた元気に走り回れるさ。月だって、窓から見るよりもっと近い場所で見れるようになる。だからちょっとだけ我慢してくれよな」
気のせいだろうか、俺が話しかけた時にこくんと頷くような仕草をしたように見えた。いや、偶々タイミングよく動いた時にそう見えただけか、こちらの言葉が分かっている訳ないと俺は苦笑した。
「さてと、もう寝よう。一杯寝ればその分回復も早くなるぞ、多分。おやすみなさい」
またしてもこくんと頷いたように見えたが、今度はそう気にもとめる事なく、俺はベッドに潜り込んで眠りについた。
ガタガタ、ガタガタ、物音が聞こえてきて俺は目を覚ました。眠い目をこすってスマホで時間を確認すると、真夜中0時だった。
こんな時間になんだよと思って、目を覚ますために頭をこんこんと軽く叩いた。そしてやっとハッとする。
物音を出すとしたら保護したあの謎の動物しかいない、どこに居るだろうかとキョロキョロと部屋を見回すと、とんでもない状況が目に入った。
「窓が…開いてる…!?」
月を眺めていた窓が開いていた。外からの風でカーテンがパタパタと揺れている、大急ぎで窓に駆け寄ると、今度は外を目を皿にして姿を探した。
「あっ!!」
見つけた瞬間思わず声を上げてしまった。窓の下、家の庭にそいつはいた。もしかしてここから飛び降りたのか、動物にとってもしかしたら二階程度の高さは何ともないのかもしれないが、足に怪我をしてるんだぞ。
俺は窓を閉めると慌てて上着を羽織った。寝ている両親を起こさないようにそっと、しかし急いで廊下と階段を渡って静かに扉を開いた。
庭に回るとそいつはまだそこにいた。窓から飛び降りたならまた怪我をしているかもしれない、俺はそっとゆっくりと近づいた。
今回も大人しくしていてくれる、ずっとそうだったからすっかりそう思い込んでいた。しかし、今回ばかりは違った。
「あっこら!待てっ!」
ぴょんと飛び跳ねて、そいつは庭の塀を越えて飛び出して行ってしまった。まるで怪我なんてしていないように、それはもう軽やかな動きだった。
ひょっとして怪我が治ったのか?しかしあの深い傷がそう簡単に治る訳がない、血だって一杯出ていたし、何よりこの目でその傷を見たのだ。
「ああもうしょうがない!」
本当はもう全然平気なのかもしれないけれど、俺の助けなんてまったく意味ないのかもしれないけれど、放っておいてはいられなかった。俺は駆け出したそいつの後を追って走り出した。
そいつはこちらの様子を伺うように、ちらちらと振り返りながら付かず離れずの距離を保つように走っていた。おかしい、そう思ったけれど、何故か足は止まらない。
怪我をしている筈なのに、走る速度はどんどん上がっていく。俺はその後を必死で追いかけたが、今まで一度だってこんなに速く走った事なんてなかった。
おかしい、何かがおかしい、眼前は段々とぼやけていき、流れる景色はまるで走る電車から見る車窓の風景のようだった。
駄目だ。もう息が続かない。何がどうなっているのか分からない、俺はもう体が動いているのかどうかさえ判別がつかないまま、意識を手放した。
ぴちょん、ぴちょん、何処かから水滴の落ちる音が聞こえてくる。一体自分の身に何が起こったのだろうか、分からないままに目を覚ました。
頭は少しだけ痛むが体にはどこにも異常はないようだ、問題なく体を起こすことが出来た。しかし自分が異常事態の最中にあるのは疑いようもなかった。
「何なんだここは…」
俺は古い遺跡や神殿、ゲームや漫画、アニメ等でしか見たことのない石で出来た台座のような場所で眠っていた。
暗くてよく見えないが、台座の面は平で手で触ると細かい彫刻が施されているのが分かった。台座の足も明らかに加工が施されているので人工物なのは間違いなさそうだ。
しかし暗い、光源といえば壁に空いているのか小さな穴から差し込む細い光しかなかった。それも3つしかないので、ここがどこでどうなっているのか見当もつかなかった。
仕方がないので、俺は地面に這いつくばり手探りで移動を始めた。暗がりを立って歩くよりは安全だろう、地面に穴や段差がないか確認しながら取り敢えず光が差し込む場所を目指した。
地面が土や砂利でなくて助かった。固い石造りで出来ている、滅多に見ることはないが、高級ホテルのロビーに使われている大理石のようだ。少々埃っぽいが、土まみれ砂まみれになるよりマシだった。
地面を這ってようやく壁に辿り着く、目覚めた台座は少し高い位置にあったのか、何段か階段を下りた。暗がりであのまま動いていたらと思うとぞっとする、壁に辿り着いただけなのに妙な安心感があった。
どこかに扉がある筈だ、俺は今度は壁伝いに歩みを進めて、手探りでそれらしい物がないかを探した。何度か行ったり来たりを繰り返して、ようやく扉らしき物を見つける事が出来た。
ただ、見つけたはいいが、その扉も石造りで出来ていた。見た目にも分厚そうで、叩いてみても音が全然返ってこない。しかも取っ手らしき物も見当たらないので、どうしたらこれが開くのか皆目検討もつかなかった。
閉じ込められたかもしれないという絶望感、暗闇の中にいる不安感で心が折れそうになった時、扉中央部あたりに両手のひらをかたどったような模様が刻まれているのを見つけた。
ここを押せという意味なのだろうか、押した所でびくともしなさそうだけど、このままここにいて何もしないよりマシかと思い俺は手をその模様につけた。
その瞬間、手を置いた所から、青白い稲光のようなものが空間全域に広がっていった。稲光は地面や壁に刻まれた模様に沿って走り、またたく間に周りを照らしていった。
俺はその一連の出来事を呆然とただ見守ることしか出来なかった。稲光が最後に、俺が眠っていた台座まで伸びて輝きを増すと、ゴゴゴと轟音を響かせながら扉が引分戸のように勝手に動いて開いていく、外から差し込む光の眩しさに目がくらみ、腕でかざして光を遮り、徐々に目を慣れさせていった。
完全に扉が開いて目も光に慣れた。外に出てみると、そこに広がる景色に目が離せなくなった。
大きくて青い空に、緑豊かな山々、広がる草原の向こうには、街と西洋風な城まで見えた。
ここがどこなのかは分からない、だけど俺は確実に今、どこか別の世界に立っているのだと心で理解した。
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