ハズレ勇者のリトルブレイブ
ま行
第1話 不思議な出会い
人生なんてよく分からない、日々って何となく過ぎていくもので、自分が何者になれるのか、何者になりたいのかなんて誰が明確に思い描けるのだろうか。
でも、何だかよく分からない未来に対する焦燥感って常につきまとっている気がする。明日何かある訳でもなしに、何でか不安に駆られるのだ。
学校へ向かう通学路でそんな事を考えていた。多分こうして余計な事を考えてしまうのも、真剣に進路について考えなければならないと急かされるからだろう。
確かに考えるべき問題だけど、それでも思い描けないものは仕方がないと思う、だってそういうものじゃあないか、通行人に「将来どうしたいですか?」と聞いてみても、老若男女答えられる人はそういないと思う。
ああでも、子供の時は違うか、あの時は将来何になりたいかって聞かれたら自信満々に答える事が出来た。自分が何にでもなれると疑う事もしなかった。
俺は昔、何になりたいって言っていただろうか、そんなに遠くない記憶だろうにもう思い出す事も出来なかった。
「おっ?」
横断歩道で何かに困っているお婆さんを見かけた。どうしたのかと思い、俺は声をかけた。
「こんにちは、お婆さんどうかしました?」
「え?あら、こんにちは。それがねえ、向こうに渡りたいのだけど、信号が一向に変わらなくって…」
見ると押しボタン式信号機のボタンが押されていなかった。きっとお婆さんが信号を押し忘れてしまったのだろう、代わりに押してあげて一緒に待ってあげた。
「すぐに変わりますよ」
「本当?待っていたのに全然変わらないから困っちゃって」
「大丈夫、任せてください」
ここの信号はボタンを押せばすぐに信号が変わる、ちょっと待っていただけで信号は赤から青に変わった。
「さ、行きましょう」
「まあ本当に言った通りになったわ」
俺が何かした訳ではなくて、ただ仕組みがそうなっているだけだけど、お婆さんが手を叩いて喜んでくれたのでよかった。お婆さんの歩調に合わせて、ゆっくり最後まで渡った。
「本当にありがとうねえ、ボタンを押し忘れていたなんて恥ずかしいわ」
「いえいえ、誰にでもあるうっかりですよ、恥ずかしい事なんてありません。無事に渡れてよかったですね」
「あなたのお陰よ、本当にありがとう」
いつまでも頭を下げて感謝するお婆さんに、手を振って俺は別れた。あんなに感謝してもらわなくても構わないのに、親切にしたのは自分の為だ、昔から困っていたり悩んでいたりする人を放っておけない性格だった。
それに親切にすると気分がよかった。例えそれがいいように使われているとしても、役に立っていると実感出来るだけでも、俺はそれで満足してしまう。そういう質なんだ。
「おーい!
「ん?あ、おはよう
幼馴染で同級生の清春が手を振りながら駆けてきた。
「見てたぜ、まーた親切か?」
「お前…お婆さんに気がついてたなら助けてやれよ」
「違う違う、俺が見てたのはお前が一緒に横断歩道を渡ってる姿だよ。それから俺に何が出来るっていうんだ?ん?」
また鬱陶しい言い草だ、こいつは悪いやつじゃないんだけど、言い回しが芝居がかっていて言い訳がましいのが面倒な奴だ。
「しかしよお、困ってる婆さんとは言えよく話しかける気になるよな」
「何でだよ?」
「大半の人は面倒事かもしれないってスルーすんの、話しかけてみたらヤバい奴だったってパターンだってあるだろ?そういうの考えない訳?」
「特にそういうのは考えた事ないな」
「何で?」
何故と聞かれても返答に困る。俺は暫し思索したが、正直な答えはとてもシンプルで、常々思っている事だった。
「困ってるなら助けた方が気分がいい」
「またそれだよ」
「実際俺が困ってると思った人は皆困ってたぞ」
「それで面倒事押し付けられたり、あいつならやってくれるからって何度も利用されてたじゃあないか」
確かにそういう事もある。あるけど、別にそれならそれでもいいと思っていた。
「俺が出来る事なんか限られてるからな、頼まれた以上の事は出来ないし、完璧にこなせる訳でもない。だから気にならないよ」
自分で言うのもなんだが、俺は至って平凡だ。成績も運動も特に秀でておらず、何か得意な事がある訳でもない、常に及第点の男だ。
「だからさ、言っちゃえば俺は猫の手も借りたい時の手って訳。それでも使いたければどうぞってね」
「ますます親切にする意味が分からんな、それでお前のどんな欲が満たされるんだ?見返りとかないの?」
「そんなもん、俺の気分がちょっとよくなるなら十分だろ」
「…やっぱ変わってるはお前」
多少変でも俺は俺だ。平凡な俺の唯一の特徴、おせっかいなお人好し、それが俺、
学校からの帰り道、今日また担任の先生に軽くお説教をくらってしまった。
進路希望を出せていない事や、可不可問わず目標を決めろだとか、至極真っ当な事を言われてしまうので何も言い返せなかった。
希望がなければ口出しも出来ない、目標がなければ指針も示せない、そして進むべき道を決めるのは俺であって教師じゃあない。だからこそ頭を悩ませてしまっている事は心苦しい。
「でもなあ…」
俺は誰ともなしに呟いて空を見上げた。でも、それでも、浮かばないものは仕方ない。あまりにも考えなしで呑気なのは自覚しているけれど、唐突にいいアイデアが思いつく訳でもないので困っていた。
ため息をついて顔を前に向けると、突然目の前を風のように通り抜ける何かが横切った。公園の茂みに突っ込んだかと思えば、がさがさと音を立ててまだ進んでいるようだ。
犬や猫の類だろうか、しかしあまりに素早かったので他の野生動物かもしれない。山から下りてきて町に迷い込むなんて事は、最近では珍しくもなかった。
「あれっ?」
そんな事を考えていると、謎の生き物だかが目の前を横切った後に残された妙なものを見つけた。それは点々と続いていて、茂みに駆け込む前が一番多く道に残されていた。
「これは血だ、さっきの奴怪我でもしてるのか?」
段々と残された血痕が大きくなっているという事は、怪我をしながら無理に走っている可能性がある。そのままにしていたら失血死してしまうのでないだろうか、俺は迷わず茂みの中へと入っていった。
血を追って草木をかき分けて進むと、その生き物はいた。が、いたのはいいけれど見たこともない生き物だった。
小柄で耳は長く大きくて、顔は犬か猫か判別がつかない、全身がふわふわとした白く長い毛で覆われておりもこもことしていた。首周りの毛の量が多く、ライオンのたてがみのようにも見える。
何だか分からない生き物ではあったが、何故かとても神々しく感じた。神秘的というのだろうか、現実感がないというか、そんな感じを覚える。
俺はハッと気がついて、頭の中の考えを振り切るようにブンブンと首を振った。この生き物について考えるよりも、まず怪我をしている事実が重要だ、大人しく横たわっているが、そーっと刺激しないように全身を観察する。
見つけた。後ろ足の方に大きな切り傷があった。結構深くてざっくりいっている。爪か牙の跡だろうか、とても痛々しかった。
俺はカバンの中から体育の授業で使ったタオルを取り出した。汗を拭いた物で汚いが我慢してもらうしかない、それとシャツを脱いで肩がけの簡易的な抱っこ紐を作った。これならあまり揺らすことなく安全な場所まで運ぶ事が出来るだろう。
「なあおい、言葉なんて分からないと思うけどさ、俺お前に敵意とかはないんだ。ただその怪我、放っておいたら危ないと思うんだ。まだ出血してるしさ、せめて手当てさせてくれないか?」
話しかけても無駄だと思うけれど、なるべくこちらに敵意がない事を伝えたかった。手負いの動物は気が立っているだろうし、暴れて傷口が広がったら大変だ。
タオルを広げてそっと手を近づけていく、刺激しないように、ゆっくりゆっくりと心がけた。
しかし心配とは裏腹に、暴れる事もなく抱き上げる事が出来た。噛み付いたり、威嚇する様子もない、静かなものだ。
「大人しくしてくれてありがとうな、ゆっくり運ぶからさ、痛いかもしれないけれど我慢してくれよな」
タオルをクッション代わりにして、作った抱っこ紐にその動物を収める。そして俺はその謎の動物を助ける為に、慎重に、丁寧に歩きだすのだった。
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