第43話 我爱你
それから三日間。玄奘は沙羅の元に通い続けた。
「もーいやだ! もー我慢ならねえ! もー諦めましょう、おっしょさん!」
李昌の執務室で、悟空がキーキー叫びながら、頭や胴体に巻かれた色鮮やかな布をむしる様に取ってはポイポイと四方八方に投げ捨てている。
これらは全て、カトゥーの娘、沙羅から悟空への
当然ながら、カトゥーの沙羅は悟空を知らない。故に、『端切れができたから、巻いてあげるわね』と、頭にワッカがついた可愛い白猿を愛でる心一つで、ビラビラに飾り立ててくれるのだ。
初日に髪飾りのごとく頭に布を巻かれてからというもの、二日目は腕と首に、そして今日は腰と足首にと、布飾りは増えるばかり。
悟空はもう、カトゥー族の織物も南国の果物を乾燥させた食べ物も、大嫌いになっていた。
「あの女、オイラが猿だからって乾燥
「俺はぁ、
悟空とお揃いのごとく、カトゥー族の織物の端切れを体に巻きつけた八戒が、床に寝そべりながら満足げに甘ったるい息を吐いた。
「お前太ったんじゃないか?」
李昌が八戒の腹周りを見て顔をしかめた。
無理も無い。玄奘が沙羅を訪問するたびに、八戒は糖度の高い
「しかし困りましたな。休憩時間を狙って訪ね、会話を重ねても、沙羅を引っぱりだす手立てが掴めぬとは」
悟浄が、淹れたての茶を皆に配りながらため息をつく。
悟浄は、玄奘が悟空と八戒を連れて沙羅を訪問している間ずっと李昌の執務室で雑用係として働いていた。主にはお茶くみや掃除、書類の整理であるが、これが、なかなか仕事が早く丁寧で役に立つと、李昌は喜んでいる。
「玄奘殿。そろそろ何とかせんと、これではまるで動物を餌に若い娘を落としに通う生臭坊主だぞ」
李昌が茶を飲みながら、歯に衣着せぬ物言いで指摘する。
確かに。
と、玄奘は渋面を作った。
「おっしょう様。もうあの娘ごと攫っちゃえばいいんじゃない?」
八戒が仰向けに転がりながら誘拐をそそのかす。
「そんな無茶苦茶な事はできません」
玄奘の顔の皺が更に深くなる。
沙羅が何故あの娘に取り込まれてしまったのか、玄奘にはある程度の見当がついていた。しかし、助け出す方法が分らないのである。
悟空がこちらの自分から抜け出す事に成功した時のように、『おっしょさんのピンチ』が沙羅にも底力を与えるとは限らない。悟空の『おっしょさん』に対する執着は、群を抜いているからだ。
「何か、沙羅の心を大きく動かせるものがあればいいのですが……」
玄奘が呟くと、悟空が茶をすすりながら「ありますよ」と言った。
そこにいる全員が、はじかれたように悟空を見る。
「教えて下さい!」
玄奘が悟空に詰め寄った。
悟空は茶のおかわりを自分で注ぐと、ちびちび飲みながら不機嫌そうに言う。
「あいつはおっしょさんに惚れてるんでね。おっしょさんが『我爱你(あいしてる)』って言ってやれば、飛び出てくるんじゃないですか?」
八戒が「ああ、なるほどねぇ~」と豚頭を何度も上下に動かして納得の意を示す。
しかし、当の玄奘は青ざめて硬直していた。
「言えそうか? 玄奘殿」
李昌が気づかわしげに訊ねる。
玄奘は悟空の前で青ざめたままゆっくりと俯くと、
「嘘は言えません」
と呻くように答えた。
「嘘って、
八戒が唖然とした様子で大きな口をぱかりと開く。
「悟空よ、これは師父には少々酷だ」
「ああ。なにせ玄奘殿だしな。これは無理だ」
悟浄が太い眉をハの字に下げ、玄奘を擁護する。李昌も悟浄に強く同意した。
悟空はぶすっとした顔で黙って茶をすすっていたが、やがて湯飲みを置くと、気合を入れるようにパシンと自分の膝を叩く。
「分りました! オイラに良い考えがあります!」
悟空は李昌に、紙と筆をよこすよう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます