第21話 虎先鋒の再来

「虎先鋒は赤銅色の刀を持った、白虎のツワモノである! 千騎の妖群に匹敵するほどの将であるぞ! 雑魚と一緒に送り返されるようなヘマはせんわい!」


「あ」


 玄奘は思い出した。赤銅色の両刀を持った白虎なら、確かにいた。

 沙羅に火ダルマにされ、池に飛び込んでいた妖魔である。

 それを聞いた黄風大王は、大地にどうと伏して、涙を飛ばし大いに嘆いた。


「おお我が雄々おおしき名将よ! 前世では豚にまぐわで九つの穴をあけられ絶命し、蘇ってもなお火に巻かれて死んでしまうとは、なんと哀れな部下であるか!」


「死んでないわよ多分。火傷はしただろうけど」


 沙羅がいけしゃあしゃあと言った。


「黙らっしゃい!」


 黄風大王がキンキン声で怒鳴った。

 その時、遠くから「うおー」という吠え声が聞こえてきた。


「やあやあ我こそは虎先鋒こせんぽう! 火吹き犬はいずこにおる! 我と今一度、勝負せい!」


「おおお、生きておったか虎先鋒!」


 黄風大王は感涙にむせぶ。


「しぶといんだなぁ」


「だがしかしボロボロだ」


 八戒と悟浄が、両手に赤銅色の刀を握り擦り足で駆けて来る白虎の姿を見て、顔をしかめた。千騎の妖群に匹敵する武将も、今やその姿は白虎というよりは、二本脚で歩く巨大な禿げ猫である。


「あたしは禍斗かと(火を吐く犬の妖怪)!」


 『火吹き犬』という呼び方が気に入らなかったのであろう。沙羅は一喝で訂正すると、続いてすう、と息を吸い込む。また火を吹くつもりだと察した玄奘は、火柱が発射される前に、大慌てで沙羅の口を手で塞いだ。


「これ以上やったら殺してしまいます!」


「でも勝負しろって、あいつが!」


 玄奘の手を口から引っぺがした沙羅が、異議を唱えた。玄奘は首を横に振る。

 

 黄風大王が玄奘に駆け寄り、足元にひれ伏した。


「なんという慈悲じひであろうか! 悟空の一打から我が命を救った霊吉菩薩れいきつぼさつにも勝るとも劣らぬ!」


 そして、傷ついた虎の部下を横に跪かせた黄風大王は、玄奘の恩に報いる為にも、ここは虎先鋒こせんぽうと二人、大人しく元の世界へ帰ってやろう、と言った。


 悟空が不満げに鼻を鳴らす。


「菩薩に恩を感じてんなら、なんでこっちの世界に来ちまったんだよ」


「仕方あるまい。牛魔王の妖術を受けてしもうたのじゃからして」


 そう答えると黄風大王は、左の襟をぐいと開いた。

 左胸に、杀悟空(悟空を殺すべし) 吃三藏(三蔵を喰うべし)という二つの墨文字すみもじが並んでいた。

 その墨文字を見た沙羅の表情が明らかに緊張した事に、玄奘は気が付く。


 牛魔王の怒りに触れると、この墨文字に傷めつけられるのだと黄風大王は説明する。


「お前の輪っかみたいなもんじゃ、悟空。正に死の苦しみじゃよ」


 長い白髭を揺らし、やれやれとばかりに首を横に振った。そして、やや混濁した目で沙羅をじろりと見る。


「やい、おぬし。最初に蹴りだされたという『火付け番』であろう」


 沙羅は返事をしなかった。『恐怖』の二文字が、その青ざめた顔にあった。

 黄風大王は気にせず続ける。


「何故、よりにもよって悟空にくみしておるのか知らんが、気をつけよ。牛魔王は目ざといぞ」


 悟空が黙って、虎先鋒と黄風大王の顔面に赤札を貼った。

 二人は仲良く並んで消えていった。


「おい、メス犬」


 悟空がその金赤に輝く両目で、沙羅を見据えた。


「分っただろ。オメエの競争相手は山のようにいるぜ。他の奴らにおっしょさんを横取りされたくなけりゃ、裏切るんじゃねえぞ」


 玄奘を含め、そこにいる全員の視線が沙羅に集まった。

 沙羅は悟空と睨み合ったまま、やはり一言も発しなかった。

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