第3話

「まあ、そうだな。それもあって、俺は先程『普通』の話をさせてもらった訳だが……真面目ってのも、お前の目算通りだよ。職場の同僚たちから話を聞いたところによると、実直で真面目で誠実で、まさか自殺をするだなんて思わなかった、っつう考えの奴がほとんどだった」


「つまりは、誰も彼らの本心に気付いていなかった――とも受け取れますね。自殺者は、自殺をしようとすることを隠すものですから」


「そうか? リストカットとか、あれは周囲に提示するものじゃないのか?」


「あれは、ストレスの表現方法の一種であることが多いです。まあそれでも一般化できるものではありません。それに本当に自殺したい人間が、積極的に周囲にそれを吹聴すると思いますか? 『明日自殺するんだ』なんて言ったら、何としても制止されるに決まっているでしょう」


「……それは、確かにそうだな」


「それで、その自殺についての話をしましょうか――」


 探偵はそう言って――ウーロン茶を飲み干した。


 良い飲みっぷりであった。


「まず、その共通点の無さ、というものが奇妙だと、ぼくは思います。首都圏でも全員が在住県がバラバラであること――ブラック企業にしても、会社員、教師、医師、介護士と、


「それこそ――偶然ではないのか」


「偶然ではないと、ぼくは思います。一つくらいかぶったっておかしくはないでしょう。意図的に散らしている意図を、感じずにはいられないんですよ。まるで自分の居所を察されたら困るかのように」


「……成程、統一性の無さが、逆に意図を示している、ということか」


「そうです。続いてビニール袋に入れられた遺体について。当然ながら、ビニール袋に入りながら紐を結ぶことはできません。頑張ればできるかもしれませんが、頑張れば頑張っただけ証拠が残る。指紋や痕跡がね。そういうものは、当然警察はお調べになっていると思います」


「ああ、確かに、ビニール袋には外から締められた痕跡しか残っていなかった」


「だったらこういうことでしょう――。痕跡が残らないように丁寧に袋詰めして、安置させたんですよ」


「……ん?」


 どういうことだ。


「ですから、本人が自殺する→第三者がその後始末をする、という、それだけのプロセスだと思います。それならば、争った痕跡が残っていないのも頷くことができるでしょう。ああ、でも、一応死体遺棄にはなるんですかね? その辺りの法律との照合はお任せしますが」


「ちょ――ちょっと待ってくれ。自殺の後始末? どういうことだ。どうしてそんなことをする必要がある?」


「そのままですよ。全員が首を絞めての自殺を選んでいるのでしょう? 自殺者たちは、その後のことを考えたのだと思いますよ」


「その後?」


「ええ、良くも悪くも生真面目な性格です。そしてこの『普通』の世の中は厳しいものですからね。ネットのニュース、見たことあります? 大勢を巻き込んで自殺した者に対して『一人で勝手に死ね』というコメントが付く。まあその意見も分からないことはないですがね、だから彼らは、一人で勝手に、死のうとしたのです」


「どういうことだ」


「ですから――自殺した後、その場所には自殺した、というが付くでしょう。生命活動が停止すれば、出るものも出てくる、腐臭もする、その場所そのものに迷惑が掛かる。加えて肉体も徐々に腐食して、悪臭を放ってゆく。周囲に迷惑をかける訳です。


「それが――第三者の介入、ということか」


「ええ、。極力形の崩れないように丁寧に、自分の身体を運び出してほしい、と。まあ絞首は刃物を用いた自殺とは違い、極論どこでも可能ですからね。自殺し、その後に運び屋に頼み、別の場所へと送ってもらった――と」


「全ては人に迷惑をかけないように――か。末恐ろしいな……」


「そうですね。真面目だからこそ、実直だからこそ、素直だからこそ、そうするしかできなかった。誰にも迷惑をかけず、それでいて『普通』でいなければならなかった――そんな世の中の見えない強制力の犠牲者、と言うこともできますが――まあ、やっていることは自殺と死体遺棄ですからね」


「淡泊だな」


「まあ、感情移入していたら始まりませんから」


「じゃあ、その第三者を追えば良いんだな」


「ええ。まあ、それは警察ならばすぐに終えられると思いますよ――次の犯行場所は神奈川かながわ県の平塚ひらつか市、午後九時半に駅から徒歩五分の公園の滑り台の下での自殺――ですから」


「ッ……! ちょ、ちょっと待ってくれ、どうしてそれを知っている」


「ぼくがその第三者、という展開でもあれば推理小説になったんでしょうけれどね。少々調べものをしていたところ、その第三者のSNSアカウントを見つけたのですよ」


「……良く見つけたな」


「今はネットの時代ですからね。意外とありますよ。自殺幇助ほうじょのアカウント。まあ大概はそれを狙った人身売買や強制性交目的ですが。今回はどうやら本物だったようなので、自殺探偵として、先に手を打たせていただきました」


 探偵はスマートフォンを見せた。


 自殺探偵。


 自殺の調査を主とする私立探偵。


「そのアカウントのログ、後で送ってもらっても良いか」


勿論もちろんです。それでぼくの方から彼らに、偽装の依頼をさせていただきました。入力した情報は完全に架空のものですから、安心して下さい。今日の夜、神奈川県警を動員して、その場所その時間に、警察官を秘密裡に待機させていて下さい彼らは自殺した者の後片付けをしに必ず現れます――それでこの奇妙な自殺事件は終わりです」


「成程……な。流石は自殺探偵。初めから全てを知っていたからこそ、色々と言い当てることができた訳だ」


「お褒めに預かり光栄の至りです。被害者の情報なんかは即興アドリブでしたけれどね」

「お前――こういう事件を解決していて、どういう気分になる?」

 

左具警部は、少し気になって尋ねてみた。


「自殺を止める、自殺を守る。それは確かに良いことだと思うし、善行だと思うぜ。ただ、世の中には死ぬしかない人間もいる、死ぬ以外の道がない奴もいる――さっきも言った『普通』の道からどうしようもなく外れてしまって、決して『普通』に戻ることはできない、一生懸命生きたとしても『普通』には届かず、それでも『普通』を押し付けられ続ける、そんな風に無理して生きている者の逃げ道として、自殺っつうものがあるとも、俺は思う。お前はその辺り、どう思っている?」


「さあ」


 自殺探偵からの返事は、やはり淡泊なものであった。


「でも――自殺とは自分を殺すこと。人を殺すことはいけないのなら、自分を殺すことだって、許されるべきではないでしょう。ぼくが活動を引退することができれば、それこそ世の中が良くなった――ということなのでしょうね。ただ、これだけは言える。



自殺は逃げ道ではなく、逃げだ。



「…………」


 言いたいことが無かったわけではない。


 この辺りの思考回路が、自殺探偵という在り方の根幹に関係して来るのだろうと思う。


 ただ、左具警部は、それ以上は聞かなかった。


 警察が動く。



(続)

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