第2話
「被害者の名前は、
「名前だけ明かされても分かりませんね」
「そう急くな。先月から数えて四人目の自殺者――いや、他殺かどうか怪しい、と言ったところだろうか」
「自殺か他殺か怪しい? 警察にしては、妙な表現ですね」
「ああ。そこが味噌だ」
「つまり、他殺を自殺に見せかけている、ということですか?」
「いや――それも違うというか、何と言ったら良いのか。ただ、自殺にしては妙で、他殺にしては遺体が傷付いていない――どちらにしろ何かしらの障害が、そこにはあるんだよ」
「妙に言葉を濁しますね」
「まあ、ここはまだ話の入り口だからな。で? 先を聞くか?」
「まるで情報商材の手口ですね。この先は有料ですか」
「有料じゃねえが、
「良いでしょう」
「良し。それで――だ。ここから先は一般には公表されていない情報だがな。須影氏の遺体は、商店街の路地裏に捨てられていたわけだ。首には索条痕が残っていて、白色の付きのビニール袋に入れられ、新鮮な状態を保たれたまま、死亡していた。第一発見者は、朝のゴミ収集作業員だな。不法投棄かと思って持ち上げたら、人間が入っていたそうだ」
「人間が入っているビニール袋、ですか」
「そうだ。さらに須影氏には、争った形跡が一切なかった。彼の身体には、首元に痕跡があることのみ――それ以外に傷はほとんどなかったと言っても過言ではない」
「それは自殺ではありませんか?」
「そう、普通ならな。ただ、死んだ後にビニール袋に入って、その袋を閉じることができるか? 誰かに殺されて入れたなら連続殺人事件だが、それにしては遺体に抵抗の痕がない。余程上手く人を殺しているという線も考えたが、科学捜査でも痕跡が残らない程だ。死因は、絞首による自殺とみて、間違いはない――はずなのだが」
「つまり、人が自殺した後で、何者かがそれをどこかに運搬した可能性がある、ということですか」
「そういうことだ――しかもこれは連続している」
「つまり、他の三人も同様にそういう死に方をしていたということで
「ああ。話が早くて助かるぜ」
「…………」
「どうした自殺探偵、早くもお手上げか?」
「僕にも考える時間くらい下さいよ。推理小説の探偵では無いんです――そうですね、そうですか」
「
「言葉に出して考えるタイプの探偵なのですよ。僕は。他の三人の情報を頂けませんか?」
「ああ、他の被害者のことか? 一人目は
「見事にバラバラですね。被害者という表現を使うということは、警察はこれらを、殺人事件と見ているということですか?」
「いいや、計画的な自殺だと見て捜査を続けている。理由は分からずとも、殺す人間の意図が分からない。何せ住んでいる場所も職業も一致しない。過去に遡及して調べてみたが、全員が同じ学校、同じ地区にいた――ということもなかった」
「連続的殺人事件ではなく――共通点のない、断続的な自殺――ということですか」
「そうだ」
「それで良いんじゃないですか?」
「え?」
「いえ、だから、それで合っているのではないか、と言うんです。年間の自殺者数は数多い。何より令和の世になって、先程まで警部が仰っていたよう、自殺者数は飛躍的な上昇傾向にある。偶然の一致、ということも、考えられませんか? 少なくとも警察は、そう見て捜査をしていると思いますが」
「ああ――だからこそ、それを否定してもらうために、俺は自殺探偵の元を訪れたと言う訳だ。どうも引っ掛かるんだよ。なぜビニール袋をかぶせるのか。そして争った形跡がないのか――どこで殺したのかも分からない。自宅にも調査が入ったけれど、これといった痕跡はなかった」
「成程――彼らの共通点を洗い出してほしい、と」
「……可能か?」
「まあ、探せば人間共通点などいくらでもありますからね。誕生日、年齢、出身地、色々諸々です。その辺り――もう既に警察が調べていると思いますが――ぼくがパッと見たところによると、全員が過酷な労働環境に置かれている、生真面目な性格である、というところでしょうか。これは憶測ではありますが」
「ッ……!」
「どうしたんです。そんな鳩が豆電球を食らったような顔をして」
「豆電球食ったら窒息死するだろうが……や、しかし良く分かったな、と思っただけだ。その辺りも今調査中なんだが、少なくとも古鯖氏は教師として、粒平氏は看護師として、吾谷氏は介護士として――相当過酷な労働環境下にいたそうだ、須影氏は目下調査中だが、ブラック企業だな。しかし、どうして分かった?」
「分かりますよ。自殺するような人間は大概、真面目で実直で素直な人間ですから」
「それは、長所じゃあねえのか」
「いいえ。短所ですよ。まあ、これはどんな性格にも言えることですけれどね。声が大きいという長所は、時に他人の声を掻き消してしまうということにもなるように――真面目だということは、融通が利かぬということになる。実直であるということは、意固地だということになる。素直であるということは、そのまま愚鈍ということにもなります」
「言うじゃねえか」
「事実です」
(続)
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