第2話

「被害者の名前は、須影すかげ靖典やすのりと言う。三十二歳、栃木とちぎ県に勤務する会社員だ」


「名前だけ明かされても分かりませんね」


「そう急くな。先月から数えて四人目の自殺者――いや、他殺かどうか怪しい、と言ったところだろうか」


「自殺か他殺か怪しい? 警察にしては、妙な表現ですね」


「ああ。そこが味噌だ」


「つまり、他殺を自殺に見せかけている、ということですか?」


「いや――それも違うというか、何と言ったら良いのか。ただ、自殺にしては妙で、他殺にしては遺体が傷付いていない――どちらにしろ何かしらの障害が、そこにはあるんだよ」


「妙に言葉を濁しますね」


「まあ、ここはまだ話の入り口だからな。で? 先を聞くか?」


「まるで情報商材の手口ですね。この先は有料ですか」


「有料じゃねえが、無料ロハでもねえよ。これ以上話を聞くなら、事件の解決に協力してほしい」


「良いでしょう」


「良し。それで――だ。ここから先は一般には公表されていない情報だがな。須影氏の遺体は、商店街の路地裏に捨てられていたわけだ。首には索条痕が残っていて、白色の付きのビニール袋に入れられ、新鮮な状態を保たれたまま、死亡していた。第一発見者は、朝のゴミ収集作業員だな。不法投棄かと思って持ち上げたら、人間が入っていたそうだ」


「人間が入っているビニール袋、ですか」


「そうだ。さらに須影氏には、争った形跡が一切なかった。彼の身体には、首元に痕跡があることのみ――それ以外に傷はほとんどなかったと言っても過言ではない」


「それは自殺ではありませんか?」


「そう、普通ならな。ただ、死んだ後にビニール袋に入って、その袋を閉じることができるか? 誰かに殺されて入れたなら連続殺人事件だが、それにしては遺体に抵抗の痕がない。余程上手く人を殺しているという線も考えたが、科学捜査でも痕跡が残らない程だ。死因は、絞首による自殺とみて、間違いはない――はずなのだが」


「つまり、人が自殺した後で、何者かがそれをどこかに運搬した可能性がある、ということですか」


「そういうことだ――しかもこれは連続している」


「つまり、他の三人も同様にそういう死に方をしていたということでよろしいんですね」


「ああ。話が早くて助かるぜ」


「…………」


「どうした自殺探偵、早くもお手上げか?」


「僕にも考える時間くらい下さいよ。推理小説の探偵では無いんです――そうですね、そうですか」


随分ずいぶんつぶやくじゃねえか」


「言葉に出して考えるタイプの探偵なのですよ。僕は。他の三人の情報を頂けませんか?」


「ああ、他の被害者のことか? 一人目は古鯖こさば餅子もちこ東京とうきょう都在住の中学教師で、女性。二人目は、粒平つぶだいらひょう埼玉さいたま県在住の看護師。三人目は吾谷あがたに症也しょうや千葉ちば県在住の介護士、だそうだ」


「見事にバラバラですね。被害者という表現を使うということは、警察はこれらを、殺人事件と見ているということですか?」


「いいや、計画的な自殺だと見て捜査を続けている。理由は分からずとも、殺す人間の意図が分からない。何せ住んでいる場所も職業も一致しない。過去に遡及して調べてみたが、全員が同じ学校、同じ地区にいた――ということもなかった」


「連続的殺人事件ではなく――共通点のない、断続的な自殺――ということですか」


「そうだ」


「それで良いんじゃないですか?」


「え?」


「いえ、だから、それで合っているのではないか、と言うんです。年間の自殺者数は数多い。何より令和の世になって、先程まで警部が仰っていたよう、自殺者数は飛躍的な上昇傾向にある。偶然の一致、ということも、考えられませんか? 少なくとも警察は、そう見て捜査をしていると思いますが」


「ああ――だからこそ、それを否定してもらうために、俺は自殺探偵の元を訪れたと言う訳だ。どうも引っ掛かるんだよ。なぜビニール袋をかぶせるのか。そして争った形跡がないのか――どこで殺したのかも分からない。自宅にも調査が入ったけれど、これといった痕跡はなかった」


「成程――彼らの共通点を洗い出してほしい、と」


「……可能か?」


「まあ、探せば人間共通点などいくらでもありますからね。誕生日、年齢、出身地、色々諸々です。その辺り――もう既に警察が調べていると思いますが――ぼくがパッと見たところによると、、というところでしょうか。これは憶測ではありますが」


「ッ……!」


「どうしたんです。そんな鳩が豆電球を食らったような顔をして」


「豆電球食ったら窒息死するだろうが……や、しかし良く分かったな、と思っただけだ。その辺りも今調査中なんだが、少なくとも古鯖氏は教師として、粒平氏は看護師として、吾谷氏は介護士として――相当過酷な労働環境下にいたそうだ、須影氏は目下調査中だが、ブラック企業だな。しかし、どうして分かった?」


「分かりますよ。


「それは、長所じゃあねえのか」


「いいえ。短所ですよ。まあ、これはどんな性格にも言えることですけれどね。声が大きいという長所は、時に他人の声を掻き消してしまうということにもなるように――真面目だということは、融通が利かぬということになる。実直であるということは、意固地だということになる。素直であるということは、そのまま愚鈍ということにもなります」


「言うじゃねえか」


「事実です」



(続)

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