第331話 間一髪……そして怒られる

 え、え、何。

 明治維新でもあるまいし、攘夷組に襲われるってか。

 俺が声のする方をを見ると、怪しげな男が俺に向かって走り出してくる。

 これって、危ないような……

 その男の手には明らかにナイフが握られている。

 あれ、ナイフなんて軟な物じゃなさそう。

 軍用の刃物だ。

 あ、あかん奴だ。

 そう思ったとたんに、別な人が飛び出してきた。

「とりゃ~~!」

 ドスン。

 飛び出してきたのは軍服を着た女性だ。

「隊長、大丈夫か」

 あ、ドミニクだった。

 道理で見たことがある筈だ。

「何で、ドミニク……准尉が居るんだ?」

 俺の問いが彼女の届く前に、政庁の方から一人の女性軍人が警察官を伴ってこちらに向かってくる。

 少々あたりが騒がしくなり、多分、ドミニクに俺の最後の問いは聞こえて無いのだろう。

 すっかり俺のことを無視して、ドミニクは制圧している暴漢の処理を警察と始めた。

「少佐、ご無事でしたか」

「今度はジーナか。何故ここに来るんだ」

「え、聞いておりませんか。上からの命令で、本日付けで少佐の臨時秘書官として、少佐が除隊までお世話します」

「ひょっとしてドミニクもか」

「え、ええ~、彼女は秘書官としてではなく少佐の護衛官としてですね。実は、アプリコット中尉から、この話を持ち掛けられた時に、二人で相談しまして、護衛を付けることになりました」

「隊長、そうらしいよ」

 ドミニクは暴漢を警察に預けたのか話に加わってきた。

「私の仕事は、隊長の暴走を止めることだと聞いているよ。いわばジーナ少尉の護衛ですかね。隊長が暴走して、ジーナ少尉が困らないように守るのが仕事だって、メーリカ少尉から言われていますから」

「え、俺の護衛じゃ無いのか」

「建前上ではそうしないと、ありえない話でしょ。アプリコット副官も相当心配していましたし」

 どういうことだ。

 ドミニクが最初からばらしてしまったことで、観念したのかジーナがぽつりぽつりと、こうなった経緯を説明してくれた。

 なんでも俺の秘書について、皇太子府でも人選に相当苦労して、皇太子府からの人選を諦め軍に任せることにしたようだが、その際、殿下はそのまま俺の副官に秘書させるつもりだったらしい。

 だが、今度はそれにサクラ閣下から待ったが掛かった。

 今回の作戦の経緯について資料を作らないといけないらしく、また、俺の除隊に際して、今までの成果についても報告書にまとめる作業が発生しているらしい。

 理由は俺には分からないが、何でも俺に対するあのめんどくさい法律の関係で、しかも、初めて戦死以外での任期前除隊になる為、瑕疵かしを残さないように皇太子府でも、また、サクラ閣下の司令部でも必死のようだ。

 その為、俺の今までの行動をよく知る副官にはどうしても今は抜けられないとかで、休暇中の他の隊員を充てることにしたようだが、これに対して今度は俺が頭に来ることに、これ以上問題を起こさせないように、俺を制御できる人材の選定していったとのことだと。

 今までアプリコットの補佐として俺の暴走の止め役として俺の部隊に配属されたジーナに白羽の矢が当たったのは、山猫のボスであるメーリカ少尉に断られてからだという。

 彼女メーリカ曰く『私に秘書は無理』の一言だった。

 となると、残るはジーナくらいか。

 でも、彼女もかつて情報部の尋問でのトラウマを抱えており、アプリコットと相談の上、山猫から俺の護衛として人を付けることで話をまとめたそうだ。

 流石に秘書にジーナが付くので、同格以上の階級の者を護衛には付けられないと、メーリカ少尉が秘書を断った時点で護衛として彼女の目は無くなった。

 メーリカが居れば誰もが安心できるのにと、この件に関わった人は全員が思ったが、直ぐに気持ちを入れ替えて、人選に掛かる。

 そこで、次善の策として彼女の推薦で、山猫当時から彼女の副官的ポジションにいたドミニクが護衛となることで話がまとまり、今に至る。

 話を聞けば聞くほど、頭に来る話だ。

 いつ俺が暴走したというのだ。

 本当に失礼な話だ。

「しかし、護衛がドミニクで助かったよ。あの時の俺は本当に死を覚悟したが、正に『九死に一生を得る』とはこのことだな」

「まさか私も、着任早々に、大立ち回りをさせられるとは思いませんでした」

「だが何で、ここに居たんだ」

「え、ああそのことですが、それより、なぜ隊長はここに居たのですか。私の方が聞きたいですよ。とっくに政庁舎に着いていないといけない筈なのに、どこで道草を食っていたのです」

 俺の質問に質問で返された。

 失礼な奴だとは思いながら、俺も素直に答えている。

 道草なんてしてないぞってな。

「何故って、さっき駅に到着したばかりだが、バスを使うまでもないし、歩いてまっすぐ政庁に向かったのだが、まさかここで暴漢に襲われるとは思わなかったよ。ただの物取りが偉そうに天誅だって、笑わせるよ。どこの世界に強盗するたび、そんなことを叫ぶのかな」

「え、あの人、強盗じゃなさそうですよ。どちらかと言うとテロリストのような。なんでも国粋何とか会とか名乗っているようですし」

 何で俺が襲われないといけないのか分からないが、俺は待ち伏せられていたらしい。

 しかも、この場所で、相当待たされていたようで、犯人は焦って一人で突っ込んできたと言う。

 あの犯人をドミニクが制圧している時に、ジーナが連れて来た警察官に近くにいた暴漢の仲間たちも捕らえることに成功していると、教えられた。

 だが、その後、俺の行動に対してお叱りの時間だ。

 俺の返答に、今駅に着いたというのが、どうも彼女たちには気に入らなかったらしい。

「隊長は、何に乗ってきたんだよ。帝都からここに来る特別優等列車の2本はとっくに着いていなければならない時間だし、西駅から出ている夜行特急列車も、この駅に着いてから2時間は経っているよ。隊長はどの列車に乗ったんだ」

「どの列車って、夜行寝台急行だよ。西駅から出ているあの急行列車だ。流石に、今回は普通車両でなく寝台車に乗ってきたから、車内でゆっくり寝れたよ。しかもだ、今回ばかりはちょっと贅沢をしてC寝台の下段だよ下段。C寝台だけでも十分贅沢だとは思ったが、俺も少佐にまで出世したし、これ位の贅沢はしても良いよね」

「「は~~?」」

 何故か俺の答えに二人ともあきれ顔だ。

「隊長は軍の士官だよな。俺でも特急の寝台は使うよ。しかも今では俺も士官だから誰憚る《はばかる》ことなくA寝台は使うかな。尤も今回ここに来た時には殿下が手配してくれた輸送機だったが」

「え、輸送機で来たのか」

「はい、少佐。なんでも今回の人選が遅れたために少佐と一緒に帝都を出られなくて、それなら先回りができるようにと、昨日の夕方、輸送機を手配してもらい、昨日のうちにここに来ております」

「そうなんだ、まあ、君たちは公務だから贅沢とは言わないけど、俺は私用だし、そんな贅沢はできないよ」

「贅沢って。流石に輸送機を手配しろとまでは言いませんが……」

 ここからジーナより、お小言を頂いた。

 なんでも、軍人ならば移動に際して特急列車を使えるくらいの給料は支払われているとか。

 下士官だって、特急寝台を使える。

 ましてや士官ならばA寝台くらい使うのが一般的で、しかも佐官に至っては中央駅からの列車に個室を取って移動する物らしい。

 そんな贅沢を良しとしない者でも、特急の個室寝台を使用して移動するのだそうだ。

 何せ、佐官になれば普通従卒が付き従うので、従卒用に席が用意できる個室を使うのが一般的だと。

 俺は、本当になったばかりで従卒なんか居ないが、その代わりに秘書が付いた。

 しかも、貴族のジーナに言わせれば絶対にあってはならないことらしいが、どうも俺は貴族の扱いになるようだし、普通のしかも急行、それも三等なんて、絶対にあってはダメな奴。

 そう言えば俺は男爵だったが、そんなの言われないと忘れていたしと言えないような感じだったので、俺は黙っていたが、貴族なるもの中央駅以外からの列車の利用はまずしないものなのだと。

 そのための中央駅なのだからと、重ねて注意された。

 その後、暴漢に襲われた件で俺は警察に聴取を受けないといけないらしいので、どこかホテルを確保しろとまでジーナに言われたが、俺は何を言っているのか分からなかった。

「え、聴取ならこれから警察署にでも行くけど」

「悪さをして捕まったならいざ知らず、少佐は被害者ですからその対応はありえません。どこかホテルの予約をしておりますか」

「いや、していないよ。政庁に顔を出した後でどこかそこら辺のホテルにでも探そうかと思っていたから。もし無ければ一泊くらいなら駅のベンチでもと考えていたが」

「ぎゃ~~~。あり得ません。直ぐに私が手配します」

 ジーナが急ぎ政庁に向かったので、俺もドミニクと一緒に政庁に歩いて行った。






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