第330話 帰省

 翌朝も、朝一番から殿下とお食事だ。

 殿下とサクラ閣下と同じテーブルを囲み、朝食を取っている。

 今日から俺は休暇に入る筈なのだが、何でも駅まで殿下が送ってくれるという破格の待遇を受けるためだ。

 今朝の朝食会は何でも昨日言われた臨時の秘書について、人員の手配が間に合わないから、できれば数日、皇太子府に居て欲しいのだそうだが、そこまで無理を言うことはしない代わりに、俺がどこに行くかを聞くためのようだ。

 その上、駅までの送迎については遅れた秘書の手配についての殿下の誠意だという話らしい。

 俺としては、昨日に諦めたが、できることなら公共交通機関で駅まで行きたかったのだが、ここ皇太子府から一番近い駅まで歩いて3時間以上掛かるし、ここには当然のように路線バスは来ていないし、タクシーはあるが、呼ぶのに時間もお金もかかると言われている。

 なにせこの辺りには庶民は一人も生活していないのだ。

 歩いてどうこうしようとすると、1時間歩けば俺たちが日ごろから使用している飛行場までは行けるそうなので、そこからなら路線バスがあるようだが、流石に殿下が送ってくれると言われているのに1時間歩くとは言えない。

 不自然なことこの上も無いし、何より、殿下の誠意と言われれば俺が断れる筈も無い。

 俺は小市民なのだ。

 なんでも殿下もサクラ閣下も朝から王宮に呼ばれているそうなので、ついでに送ると言っているのだ。

 食事の後、殿下たちの準備を待って、正面玄関に横付けされたリムジンに俺も一緒に乗り込んで王宮のある官庁街まで車で1時間ばかりかけて向かう。

 流石に殿下たちを先に王宮までお連れするので、俺は王宮に寄ってから、駅まで連れて行かれたが、連れて行かれた先の駅が中央駅だった。

 帝都にはこの中央駅を含め駅は5つある。

 しかし、この中央駅だけは特別で、一般的市民からすると使う駅は帝都に4つある東西南北のターミナル駅だけだ。

 この中央駅は、軍需物資を扱う貨物駅も併設されているが、旅客用はいわゆる上流階級しか使わない、いや、上流階級しか乗ることのできない特別列車しか停まらない駅になっている。

 この駅は、まだ貴族が領地を治めていた時代に、貴族たちが王宮などに来るためだけに作られた歴史があるので、今もその影響が残り、貴族連中に言わせると選ばれた人しか使わない駅となっている。

 今では一般人も金持ちにでもなれば使っているし、そうでない庶民でも観光などの見学に訪れることがあるので、俺なんかが、ここに居ても官憲に職質に合うことは無いのだろうが……職質に合わないよね。

 俺は中央駅の車寄せに車を止められて降ろされたのだが、職質に合う前に慌てて駅を出た。

 いったい誰が使うんだよ。

 中央駅については帝都出身でない俺でも知っているし、何より俺のような庶民には縁もゆかりもない駅だ。

 ゆかりについては庶民でも帝都の子供たちは遠足などで来ることもあっただろうが、いい歳したおじさんには本当にゆかりもない。

 そこから歩いて街中を散策しながら目的の東駅に向かった。

 途中で路線バスの停留所を見つけたので、そこからバスに乗った。

 先にも言ったが、中央駅の直ぐ傍にはバス停が無い。

 見学に来るのも、観光バスか、歩いて10分ほど離れた停留所からになる。

 俺は、その一番近い停留所を見つけそこなったので、20分ばかり歩いて、カフェの傍にある停留所からバスに乗った。

 東駅そばで少し早めの昼食を取り、駅に入る。

 改札口傍の窓口で、本日分の夜行寝台急行の寝台券を買った。

 俺も、軍人として少しばかり成功した部類に入るそうなので、ここでは少しばかり贅沢をして、思い切って三等寝台の下段寝台券を買った。

 俺の乗る寝台急行は1等から3等までの寝台車と普通客車が付いている。

 その三等寝台車は3段ベッドになっており、上段中段は同じ料金だが、それよりもやや広い下段については少しばかり値段が高い。

 俺が軍に入る前ならば、絶対に普通客車での移動になっていただろう。

 尤も、あの時の俺は、帝都までくることは無かっただろうからそもそも寝台急行なんかに乗ることもなかっただろうが、そうと仮定しても、寝台車の下段に乗るとは俺も出世したもんだ。

 俺も出世したことで、給料もそこそこもらっているし、何より、今まであまり使うこともなかったこともあって、ここで贅沢をしても罰が当たらない。

 寝台急行列車は三時過ぎに出発するようなので、俺は駅の周りをぶらつき、数冊の本を買って、近くのカフェで時間を潰した。

 そう言えば、俺がこの世界に来てからこんなゆったりとした時間を使ったのって初めてかもしれない。

 良いものだ、人間、ゆとりが大切だ。

 今まで、あまりにブラックすぎる時間を使ってきた。

 転移前も、した後もだ。

 まあ、今は上司もブラック状態であることを理解できるので、前ほど怒る気はしないが、それでも理不尽な扱いはどこでも同じだ。

 所詮庶民というのはそういうものだと、ゆったりとした時間を使って考えていた。

 あ、今思ったのだが、こういう時間の使い方をするからブラックを呼び寄せるのかも。

 まあ、殿下の方で準備しているという秘書も居ない今のうちに、思いっきり時間の無駄使いをしよう。

 俺は列車の時間までカフェでコーヒーを楽しみながら本を読んでいた。

 そろそろ時間か。

 おやつでも無いだろうに、3時近くになるとカフェも少し込み始めて来たので、俺はカフェを出て、途中で弁当を買ってから、列車の乗るホームに向かった。

 まだ、俺の乗る寝台列車は入線していなかったが、指定寝台券に書かれた号車番号に従って、ホームで、少しだけ待つと、時間通りに列車が入ってきた。

 俺はホームにいる駅員に切符を見せて列車に入り、指定された席に座る。

 この時期列車は混んでいなかった。

 幸い、俺の寝台の上に入る客はいない為、ベッドが作られていないこの時間は、隣に誰も座ることは無かった。

 俺を乗せた列車は静かに走り出して、俺が行く予定の旧都に向かって定刻通りに出発した。

 途中、車内販売員が通ったのでビールを買って、弁当と一緒に楽しんだ。

 俺が少し早い夕食をビールと一緒に楽しんでいると、老夫婦が途中駅から乗り込んできた。

 帝都を出る時にガラガラだった車内も、少しばかり人が乗り込んできている。

 老夫婦は俺の前の席に座り俺に話しかけて来る。

「軍人さんかね」

「傷痍軍人さんか」

「ええ、この間の戦闘で怪我をしまして、そのおかげですかね、除隊できることになりました」

「え、それでは一生足が使えないとか」

「いえ、幸いなことに、しばらくすれば元の通りになるんだそうです。直ぐに軍医さんの治療を受けられましたから、運が良かったんですかね」

「それは、生きて帰れるだけ幸運なんだろう。でも良かったじゃないか。無事に祖国に帰れるだけでも幸運だよ。そんなあなた方に命がけで国を守ってもらい、わしら老人にできることは感謝することだけだ」

 話し上手な老夫婦とやや湿りがちになりそうにもなりながら世間話をして時間を潰し、時間になって車掌が寝台の準備に来た。

 さすがプロだと思うような素早い動作であっという間に俺たちが今夜寝る場所を整えてくれた。

 それから直ぐに、消灯となり、朝まで静かな車内となる。

 寝台では読書灯もあるので、本を読み続けることもできるが、俺は酒も入った影響かすぐに寝てしまった。

 翌朝、起きると昨夜話し込んだ老父夫婦とまた会った。

 この老夫婦は俺が降りる旧都よりも先に向かうそうで、俺は挨拶だけして別れた。

 なんでも老夫婦は孫夫婦に会いに行くという。

 孫の親である息子は昨年の戦闘で帰らぬ人となったとかで、正直俺には重たい話だ。

 ほんの少し前まで、俺は戦場にいたのだ。

 しかも、俺たちを助けてくれた部隊には、彼らの息子の様に犠牲になった人までいる。

 思わず朝からシリアスな雰囲気になってしまったが、俺は旧都で列車を降りて、まず最初に、殿下に言われた通り、旧都の政庁を訪ねる。

 時間はもうすぐ昼近くになる。

 流石、急行列車だ。

 これが特急ならば朝も早くに着くことができただろうに、俺には時間があることを良いことに、気にせずにゆっくりと政庁に向かい歩き出した。

 駅から政庁までは普通なら路線バスで数分の距離だが、俺の育った町だけあって、俺には土地勘がある。

 この土地勘は、果たして俺のかどうか少々怪しいものではあるが、俺は知っているのだ。

 多少人通りの少ない街角を通るが、昼間だし、それほど危険はない。

 これが夜も遅くなると少しばかり事情は異なり、絶対に女性は通ってはダメな道だが、ここを通ると、歩いても10分と掛からずに政庁まで行けるとあっては、通らない選択肢はない。

 のんびりと、初めて訪れる街並みを楽しみながら、懐かしさも感じると言った実に器用な感じのする散策となった。

 そして、少々怪し気な道まできて、少し足を速めて通ることにした。

 ここを抜ければすぐに政庁だ。

 昼前に殿下との約束だけでも済まそうと、速足で、そこを通り抜ける。

 すると……

「グラスだな。 天誅だ~~」






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