第329話 戦勝報告会

 この日から数日はそのまま皇太子府に軟禁された。

 いや、表現が不敬か、でも、事実は軟禁以外に表現できないが、歓待されてお泊りとなった。

 別に歓待のパーティーなどが開かれたわけでないので、精神的に苦痛を感じることは無かったが、それでも落ち着けないのは先祖代々に渡る庶民の血がなせる業だろうか。

 しかも、朝から殿下やサクラ閣下と仲良くお食事を取った後、俺は別室に連れて行かれ、ここにお勤めのメイドさんたちに囲まれて、『ヒャッハ~、ハーレムだ~』なんてことは無く、やたらごてごてした軍服を着せられた。

 軍服なら俺でも着れると言いたかったが、これは無理だ。

 やたらと飾りが多い。

 近くにいた侍従に文句の一つでも言いたかったが、俺が文句を言う前に、説明があった。

 何でも俺のせいだと、侍従あいつはぬかすのだ。

 俺の貰った勲章を見栄え良く飾らないと失礼にあたるのだとか。

 だが、俺が今まで獲得した勲章が、今回の件もあって、普通なら飾り切れないくらいだとか。

 こういう場合も過去に例があるのだそうだが、そう言う場合、大抵略章でも許されるので問題は出ないのだそうだが、今回だけはダメだという。

 陛下を前に、軍の功績を報告しないといけないため、軍人として今まで評価された物をきちんと飾って出席するものだそうだ。

 まあ、普通の感覚を持つ貴族なら、これでもかという感じで飾り立てるそうだが、俺にはその感覚が分からない。

 何でも、地元で評された勲章もどきすらも飾って出るのも当たり前だとか。

 俺よりも勲章を貰うものはそう多くないとも言われた。

 確かにメイドさんたちに囲まれてどんどん飾り立てられるのを鏡で見ていると、うん、これは芸術かもしれないとすら思うくらいに見栄え良く、それでいてごちゃごちゃ感が出ていない。

 どこにもプロという者は居るものだ。

 これはどう見てもプロの仕事だと感心していると、フェルマンさんが来て、俺を連れて行く。

 玄関前大広間に、既に殿下やサクラ閣下が待っていた。

 流石にこれはまずいでしょ。

 でも、何で待っているのか俺にはよくわからなかったが、殿下たちは俺を同伴して宮殿に向かうのだそうだ。

 俺なんか待たずに行けばいいのに。

 俺はタクシーでも呼んでもらえればそれで十分だと思っている。

 本当はバスでも良かったんだが、流石に皇太子府に来る路線バスなどない。

「悪いが少佐。帝都にいる限り私たちと常に一緒に居てもらうよ」

「へ???」

「これはある意味、君のためでもあるんだ」

 殿下はそう言うが俺には理解できない。

 するとサクラ閣下が小声で俺に諭してくる。

 変な貴族に取り込まれると、殿下も困るのだと言う。

「当然、私にもとばっちりが来るので、悪いが少佐はここでの自由はない」

 本当に、帝都では息するのも政治がらみって、あれは冗談でも何でもないようだ。

 本当に恐ろしい場所だ。

 俺たちを乗せた車はすぐに宮殿の正面玄関に着いた。

 流石は殿下が登城するだけあって、玄関前には出迎えの人で、にぎやかだ。

 ごった返すという訳でなく、きちんと整列して、殿下を御出迎えしている。

 その出迎えに応えながら俺たちはそのまま宮殿大広間に向かう。

 宮殿大広間では既に貴族たちが集まり、殿下からの報告を待つ格好になっている。

 今回は、軍監役にクリリンが当たり、俺たちが出した報告書をまとめたものをクリリンさんが陛下付き侍従に渡す。

 侍従はそれを受け取り陛下に対して、読み上げ、今回の作戦の戦勝報告とするようだ。

 これなら俺要らなくない。

 そう思ったが、サクラ閣下ですら、一言も発していないので、俺はとにかく成り行きに任せて黙っている。

 一通り報告が済むと、陛下が俺たちにお言葉を掛けてくれるそうだ。

「皇太子よ。良くぞ困難な作戦を成功させてくれた。感謝する。次に将軍サクラ」

「ハ、これに」

「貴殿はこの国初の女性将軍としたが、まだまだ女性に対する国民の目は厳しいものがある中、これ以上に無い成果を出したこと、改めてここに賞する。いずれ、今回のことで、褒美を取らす」

「陛下のお役に立ち、これ以上に無い喜びです。これに勝る褒美はありません」

「いやいや、信賞必罰は世の習い。朕が褒美を出さなくては、国が立ち行かぬ。直ぐにとはいかぬが、期待して待っておれ」

「ハ、ありがたき幸せです、陛下」

「次に、ヘルツモドキ卿。貴殿には叙爵以来かな」

「はい、その通りです、陛下」

「しかし、あの時の卿の成果は歴史に残るものだと思ったが、今回の成果はまたものすごいな。 卿の働きはもはや驚愕以外に無い。サクラ将軍の今までの功績だけでもこの国始まって以来だと驚いていたが、それ以上の働きだな」

「ひとえに我が上司に当たる閣下の作戦の賜物と、また、私の命令に真摯に向き合ってくれた部下たちのお陰であり、特に自らの命すらいとわずに助けてくれた勇敢な帝国兵士皆の成果だと、感謝と尊敬の念を抱いております」

「ほう~、では卿の功績は無いと言いたいのか」

「はい、私の功績など無きに等しいものとお考え下されば結構かと存じます」

「皇太子より聞いていた通りだな。まあ良い。聞いていただろう。サクラ将軍と同様、卿も賞しない訳にはいかぬ。いずれ沙汰を出す。それまで待っておれ」

 俺は陛下のお言葉を頂き、只々頭を下げ、敬意を示した。

 俺と陛下のやり取りを見ている周りの貴族からの視線は少々痛いものを感じたが、そんなのは無視だ。

 どちらにしても俺に、どうすることもできない。

 今回の陛下との件は、いわゆる先の作戦の戦勝報告という体を取っているので、この場で何かしらの褒美を取らされるという訳では無い。

 普通、戦勝報告はこのような形はとられないのだが、色々と政治的な要素も絡み、また、今回の勝利がもたらす影響がとてつもなく大きい事から、貴族を前にこんな形になったらしい。

 普通の報告は書類で、陛下に知らされる程度で、重要なものでも軍の代表者から陛下の執務室に呼ばれての報告だ。

 今回は明らかに異常であるが、これも殿下の思惑が絡んでいるとかいないとか。

 たったこれだけのことなのに、なんだかんだと、その日は半日が潰されて、午後に殿下と昼食会まである。

 正直勘弁してほしいが、一庶民の俺にこの国の最高権力に逆らえる筈も無く、気ばかりを使わされるひどく疲れる一日になった。

 翌日俺は貴族院に呼ばれていたので、そこに出向くと、担当者からとにかく早く住所を決めろと言われた。

 そう言えば俺は、基地にだけ住んでいたようなので、今のところ住所不定となっている。

 入隊以前に住んでいたアパートはとっくに契約が解除されているし、そこにまた契約をしようとしたら、俺の周りから止められた。

 とにかくダメだというのだ。

 しょうがないので、お世話になっている皇太子府に戻り、たまたま居合わせたフェルマンさんに立ち話程度に相談したら、その場で拉致されて、殿下の執務室に連れて行かれた。

「少佐、いや、除隊するんだよな。ヘルツモドキ卿。住所の件は少し待ってほしい。こちらで色々と準備をしているから」

「いえ、殿下。お手数をお掛けする身分でこんなことを言上するのは申し訳ないのですが、貴族院から早急に連絡先を教えろと言われまして、適当なアパートを探そうとしたら、部下たちに全力で止められたもので、正直困っております」

「ああ、その件は大丈夫だ。連絡先をこの皇太子府にしてある」

「してある??? それは……」

「ああ、私のミスだったが、叙爵した際に私が卿の寄り親となっただろう。その際に、この皇太子府内に、貴殿の部署を設けて連絡業務に当たらせている」

「は? 初めて聞きましたが」

「ああ、そうか。卿は一応貴族、それも男爵だ。無役な貴族であっても、ここ帝都では色々と有るんだよ。まあ、卿は最前線で活躍中だから、ほとんどが相手に失礼のない範囲で交際を断る作業しかしていないが、詳細の報告は行っていないか」

「いえ、……そう言えば副官のアプリコットが、以前に面倒くさそうな書類を持ってきて『このまま任せておけば問題ありませんが、何かしますか』なんて聞いてきたことがありましたね。その時、持ってきた書類も見た気がしますが覚えておりません。その件でしょうか」

「ああ、多分それで間違いないな。うん、そう言うことなら、今まで通りで問題無いな。貴族院にはこちらから連絡を入れていたんだが、住所が無いのを気にしていたようだ。その件も改めてこちらから処置しておくよ」

「ありがとうございます。して、私の除隊はいつに」

「申し訳ないな。あと数回、帝都での行事に参加してもらわないと無理だ。だが、それ以外は好きに動き回ってもいいぞ。卿には明日から休暇が出ている」

「好きに歩き回ってもということは」

「ああ、帝国内なら、連絡が付くようにだけしてくれればどこに行ってもいいぞ。とにかく、これで、一応軍務からは解放している。今までご苦労様。もうしばらくだが、我慢してくれ」

「はい、殿下のご配慮、感謝いたします。では、私は明日より少し帝都を離れようかと思っております」

「ああ、それが良いだろう。くれぐれも連絡が付くようにな。あ、言い忘れたが、卿の休暇中でもこちらから人を付けるから、それだけは我慢してくれ。卿の臨時秘書だとして使ってくれればいいから」

 やっぱりだ。

 そう簡単に自由にはなれそうにない。

 だが、国内なら自由に動けるのは幸いだ。

 除隊後に住む場所でも探そう。






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