エピローグ
第326話 異世界で言ってみたいセリフ
体中に痛みが走るので、俺は目を覚ました。
あれ、ここはどこ?
私は誰?って言うのは冗談だとして、本当にここはどこだ。
目を覚ますと目の先には知らない天井が……天井では無いか。
これは布だから、テントの中のようだが、こんな大きなテントは知らないぞ。
サーカスの興行で使うようなあのバカでかいものでは無いが、俺の良く知るテントでは無い。
俺の知るテントというのは郊外の大型店舗などで販売見本用としてディスプレイしてある、あの『どこか山にでも行ってゆっくりしたいな~』って感じを起させる、あのレジャー用のテントだ。
そういえば、魔の職場で俺に初めて付いた後輩が、言っていたな。
あいつは無類のラノベ好きだった奴で、サッサと俺と職場を見限って移動していきやがったが、そいつが良く言っていたことを思い出す。
自分が異世界に転移した時に、言ってみたいセリフの代表格が、目を覚まして開口一番に言う『知らない天井だ』と言いながら周りを見渡して転移を悟るのだそうだ。
俺の場合、異世界と云うよりも別世界だったが、同じか。
その点俺はと言うと、巻き込まれたような感じだったが、俺の場合、天井どころでは無かったな。
確か、旅客機の中で居眠りをしていたら、『不時着するので安全姿勢』とかなんとか喚く声でおこされ、その後は怒涛の勢いに押されて、訳も分からずに今日まで生きて来た。
本当によく生きて来られたとは思うが、本当にここはどこだ。
あ、なら後輩に習って、俺も言えばいいのか。
「知らない天井だな。ここはどこだ」
「あれ、目覚めましたか、大尉」
俺のすぐ横で、妙齢の女性の声がする。
体を起こして、その声のする方に向こうとすると「あ、痛たたた」
「大尉、無理をなさらずに。銃創の方は手当てしましたが、大尉が気を失った原因の方は、ここでは判別がついておりませんから。軍医の見立てでは、ショックで脳震盪でも起こしたのではと言っておられますが、本土の病院に行かないと検査できませんからね」
そう言いながら俺を優しく起こしてくれるのは、見覚えがある女性だ。
「お久しぶりです、大尉」
「え、あ、准いや、少尉ですか」
「ええ、大尉にあやかって私も偉くなりましたのよ」
そう、この女性は俺が、サクラ閣下の部隊に配属される時に、本当に世話になった女性で、その後、俺たちがサリーちゃんを保護した時にも世話になった、セリーヌ准尉、今は彼女が云う通り階級章が少尉を意味している。
当時は衛生小隊の小隊長だった。
その彼女が、これも俺たちが保護したキャスター幕僚長を、保護直後の着ていた服をひん剥いたことに対して、俺のことを援護してくれたんだ。
あの時は危うく、敵女性兵士に対する暴行か何かで捕まる寸前だったところを、彼女が、救ってくれた。
彼女は、俺のとった措置について医学的見地から弁護してくれて、無罪放免になったんだ。
今思うと、何であんな危ない事をしたんだと、後悔はある。
確かに、あの時のキャスター幕僚長の服を脱がせ、お湯に入れないと危なかったことはそうなのだが、何も俺がやる事は無かった。
まあ、あの時はまだ、山猫さんたちが自分の部下になるとは思ってもみなかったが、この人にはとにかく感謝しかない。
「ところで、ここはどこなんですか、セリーヌ少尉」
「あ、先ほどから気にされておりましたわね。ここは、そうですね。空挺団が降下した場所に、設営された野戦病院のテントの中と言えば大尉には分かりますか」
「ありがとうございます、少尉。今の説明で、私の疑問のほとんどが解けましたが、何でセリーヌ少尉がここに」
「私ですか。今度の作戦はよほど大きなものだったのでしょうね。サクラ閣下旗下の兵士のほとんどがこの作戦に参加しております。私も戦地衛生部隊の指揮官として部下と一緒にここに詰めております。今度の作戦は、成果はとても大きいとは聞いておりますが、被害も相当なものですね。かくいう私も、赴任してからまとまった時間を眠ることは許されておりませんから、酷い顔でしょ」
「いえいえ、どんな時でもセリーヌ少尉はお美しいですので」
おいおい、なんで俺は女性を口説いているんだ。
「御冗談を、大尉。でも嬉しかったです。大尉が気が付かれたら、上に報告しないといけないので、まだまだ大尉とはお話をしたいのですが、一旦ここを離れますね」
「少尉のお仕事を邪魔して申し訳ありませんでした。私はもう大丈夫ですので、報告に向かってください」
俺の傍からセリーヌ少尉は去っていった。
直ぐに変わるようにクリリン秘書官が傍に来た。
「大尉。よくご無事で」
「これが無事と言って良いのかは、判断の分かれることろだがな」
「すみませんでした大尉」
「いや、冗談だ。それよりも……」
「報告ですね」
クリリンは、俺が気を失ってからのことをかいつまんで報告してくれた。
俺が気を失う原因になったあの爆発は、やはり敵の放った迫撃砲弾の至近距離での爆発だった。
普通なら、まず助からなかったそうだが、奇跡的に誰もが軽傷で済んだと言っていた。
その後の味方については、あの俺たちに対する攻撃が、敵の最後っ屁だったようで、その後はほとんど反撃がなくなり、予定通り空挺団の降下が始まって、その後は作戦計画が前倒しになったようで、空挺団の降下が終わるとほぼ同時にサクラ閣下とキャスター幕僚長とが率いる本隊が町になだれ込み、半日もしないうちに町を制圧したという。
「半日?」
「あ、そうですね。大尉はあの後丸一日以上意識がお戻りになっておりませんでしたよ」
「え、そんなに。まあ、俺のことは良いか。それよりも、被害だな。被害状況を教えてほしい」
その後聞いた被害状況は、正直耳を塞ぎたくなるような惨憺たる状況だった。
まず一緒に上陸した第一陸戦隊は、死者53名 負傷者365名(内重症者 121名)
後から応援で駆けつけて来た第三陸戦隊は 死者21名 負傷者 132名
どちらも1000名で構成されている大隊規模なので、その被害規模は継続戦闘が不可能なレベルまでの被害をおっている。
特に俺からすると、死亡労災の規模がすさまじい。
これは災害規模に匹敵すると思われるが、それよりも肝心な俺の部隊の被害はどうなのか。
「すまない、今判明している被害はそれだけか?」
「空挺団及び、本体の被害状況については、まだ数字が上がってきていないと思われます」
「いや、俺の部下はどうなった。君と一緒にいたアプリコット少尉はどうなった」
「別のテントで、養生中です。大尉が、なかなか意識が戻らないのを心配しておりましたが、先ほど意識が戻ったことをお伝えしましたら、後でこちらに来るそうです」
「それは良かった。他には報告はないか」
「大尉の部隊ですが、今聞いている限りにおいては死者は出ておりません」
死亡事故は起きていない。
良かった。
正直ほっとした。
「続けてもよろしいでしょうか」
「ああ、悪かった、話の腰を折って。続けてください」
「はい、大尉旗下部隊の被害ですが、先のアプリコット少尉を含め負傷者32名、その内重傷者一名です」
「重傷者が出ているのか。は~~~。で、その重傷を負った者の名前は分かりますか」
「は?重傷者は大尉のみですが。確かに多数の負傷者が出ましたが、流石歴戦の兵士たちと言われるだけあって、あの戦闘のさなかでも銃弾を受けた者でも、致命には至っておりません。メーリカ少尉の報告では、十分に継戦能力を保持しているそうです。現在負傷者は順次治療を受けておりますが、それ以外はこの辺りで準待機になっております。何か命令を出しますか」
「いや、休んでいるのならそれで良い。しかし、俺以外にアプリコットも確か銃弾を受けていたし、他にもそんなにも怪我人を出してしまったか。嫁入り前の娘さんを預かる身としては落第だな」
「は?」
「なんでもない。報告ありがとう」
「大尉、後ほどになりますが。閣下が見舞いにいらっしゃるようです。その際に、今後についての話もあるそうです。私からの報告は以上です」
「ありがとう」
俺のお礼を聞いたクリリンはテントから出て行った。
しかし、俺も相当に痛い思いをしたが、部下の女性たちにも怪我をさせてしまった。
ここは本当に酷い職場だ。
前にいた職場も酷いとは思っていたが、少なくともこんなに労災は出したことが無い。
心に病を負った者は数人ではあるがいるにはいたが、仕事中に怪我する人は居なかった。
俺やアプリコットなどは有給災害だ。
あり得ないだろう。
もう嫌だ。
こんな生活はもう嫌だ。
何が法律だ。
俺の人権はどこに行った。
職業選択の自由はこの世界でもあったはずだが、なぜ俺だけがその権利がない。
部下たちの被害を聞いたら、無性に今の生活が嫌になって、どんどん考えが過激になっていく。
もういい。
営倉に放り込まれようと、裁判でさらし者になろうと、辞めてやる。
もう軍なんか、辞めてやるんだ。
閣下が来たら、不名誉除隊を申請してやる。
いや、申請では無く宣言だ。
もう閣下の元では働かないぞ。
こんな危ない職場は、もうこりごりだ。
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