第327話 辞表に嘆願書、それに上申書に転属願い

「思ったよりも元気で安心したよ、大尉」

「丸一日意識が無いと聞いていたから、よほどの重体かと心配していましたからね」

 そう言いながらサクラ閣下はレイラ大佐と閣下の幕僚たちを従えてテントの中に入って来た。

 俺は、ベッドから起きだして敬礼姿勢を取ろうとしていたら、直ぐにセリーヌ少尉に止められた。

「大尉、野戦病院の中では敬礼などの行為は必要ありませんよ」

 セリーヌ少尉は小声で、俺に教えてくれた。

 そのすぐ後から、サクラ閣下自ら俺に言ってきた。

「そのままで。わざわざ起きてまで挨拶する必要はないぞ。それよりもだ。思ったより、元気で安心したぞ」

 イラ……

 俺はサクラ閣下の言葉になぜか感じるものがあった。

「それよりも、まずはお礼を言いたい。よくあの困難な作戦を成功させてくれた。詳細については連絡官として同行していたクリリン秘書官から報告を受けているから、大尉からの報告は、後で報告書の形で構わない。相当な激戦だったそうだな」

「ええ、私は生まれて初めて経験しましたから。もう二度と経験はしたくはありません」

「そういうものか。今では帝国の英雄と云われるグラス大尉でもそんなことを思ったのかね。だが、本当にすごい成果だ。後日国より、改めて今回の件で間違いなく評価されるかとは思うが、一言私から労わせてくれ。あのような激戦を、よくもあの少ない被害だけで成してくれた。感謝する」

 イライラ……

 少ないだと。

 俺の怪我は俺が阿保なだけだとしてもだ。

 アプリコットを始め多くの部下たちに怪我をさせたのだぞ。

 どこか少ない。

 しかもだ。

 同行していた陸戦隊からは三桁に及ぶ死者まで出していたというのに。

 だが、閣下の話は続いていた。

「流石は、これまで奇跡を起こしていた帝国の英雄だけあるな。後日大尉の功績は私もきちんと評価することを約束する」

 どうも俺のことを評価してくださっているようだが、誤解だけは解いておかないと、俺が今まで嫌な思いをしていた糞上司たちと同じになってしまう。

「私は、評価されることはしておりません。もし、閣下が今回の結果に対して評価してくださるのなら、自身の命まで差し出してくれた陸戦隊の勇者を始め、怪我まで負って俺の命令を確実にこなしてくれた部下たちのおかげです。私自身は怪我まで負ってしまい、また、部下たちにも怪我をさせた責任だけが私の本当の評価だと思います。労災につきましては、後日報告書にて報告しますが、適正なる処罰を望みます」

 俺の指揮下においては死亡災害までは出していないが、それでも俺自身の重傷を負う怪我をしたことや、少なくとも俺を含む数人の有給災害を出しているのだ。

 まともな会社なら、降格は必至。下手をすると依願退職まで求められるものだぞ。

 まあ、お上の組織である公務員では減俸くらいで済むかもしれないが、それでも戒告処分何て生易しいもので済まされるものでは無い筈。

 あ、俺の場合、色々と面倒だったな。

 どうなるのか分からんが、どちらにしても何かしらの処分はされるだろう。

 何せ、嫁入り前のお嬢さんを預かっていたのだから、その責任だけからは逃げてはいけない。

「処分だと。そんな訳あるか。まあいい。今日来たのは他でもない。大尉の見舞いが目的だが、今後についても話しておきたかったんだ」

「今後ですか?」

「ああ、今回のこの町の占領で、ゴンドワナの戦局は大きく動く。私のところでは、当分、いや、もうここでの戦闘は無いかもしれない。そこで、今後について、私は殿下より、帝都に呼び出されている。それと同時に、大尉の部下たちも全員、一度本土に帰還命令が出された。私が預かっている二個中隊は私と一緒に輸送機で帝都に戻るが、ここに居る大尉の部隊については治療も必要な者もいる様なので、港が使用可能になり次第、海軍さんの駆逐艦等で運ばれることになっている。艦船の中でも治療を続けてもらうためだ」

「分かりました。ご配慮感謝します」

 その後、サクラ閣下たちと簡単に雑談して別れた。

 今回かなり、サクラ閣下たちと俺との間で認識の違いが浮き彫りになったと俺は感じた。

 何より、命の扱いが雑だ。

 雑過ぎる。

 安全に関して全くなっていない。

 ありえないだろう。

 そんな気持ちになったが、そもそもサクラ閣下たちの方がこの世界ではスタンダードのようだ。

 まあ、当たり前の話だが、薄々俺もそう感じていたが、どうしても受け入れることができない。

 そんな中で唯一俺を安心させてくれたのが、海軍さんだった。

 俺って、海軍さんとの相性は良さそうだ。

 俺の不幸は陸軍?さんに見いだされた??いや、嵌められて送られたのが陸軍さんということだったようだ。

 話が逸れたが、俺が今回の件で唯一安心できたことは、現在帝国の海軍基地から病院船がこちらに向かっているということだ。

 病院船が到着次第、陸戦隊を始め、今回負傷した皆さんを治療しながら設備の整う帝国に帰還させることになっているとか。

 俺たちが先発組として、明日にでも使用可能となる港に、俺たちを運んで来てくれた水雷戦隊の駆逐艦が俺たちを乗せて、帝国にある海軍基地まで運んでくれるというのだ。

 俺たちについては、どうも俺が一番の重傷だったようで、俺が大丈夫なら、他の部下たちは全く問題が無いという。殿下からの措置で、健康な連中も、今回は本当に久しぶりに帝国への帰還が許されたというのだ。

 まあ、殿下からしたら頑張った連中へのご褒美という側面もあるのだろうが、どうも帝国内での政治ショウにも付き合わされるかもしれない。

 あの殿下が、只で何かをしてくれるとは思えない。

 絶対に、殿下たちにとっていいように扱われる筈だが、こればかりは一庶民の俺にはどうすることもできない。

 あ、俺、今は貴族だったが、あまり関係は無いだろう。

 貴族と言っても、新興貴族でしかも最低の男爵だ。

 いや俺の下に騎士爵というのもあるそうだが、これは準貴族扱いで、貴族の最低の爵位は男爵か名誉男爵だけだった筈だ。

 どちらにしても、俺がいくら頑張っても大したことはできない。

 なら、俺が今できることをするしかない。

 そんなことを考えながら、今海上にいる俺は、大して広くない駆逐艦にもかかわらず、俺のために一室を宛がってくれた海軍さんには感謝しかない。

 その個室の中で、俺は治療を受けながら帝国を目指している訳だが、日に5回の軍医の診察を受ける以外にはこれと言ってやることを命じられていない。

 はっきり言って、暇なのだ。

 そこで、その暇な時間を使って、今回の労災について報告書を作ったりして、時間を使っている。

 最低限の報告書を書き上げた後は、俺は目的のために時間を使う。

 まずは殿下とサクラ閣下宛てに辞表を書いている。

 当然、俺の置かれている状況は理解している。

 簡単な辞表だけで辞められるとは思ってもいないから、辞表の他に嘆願書、上申書、意識表明書、転属願いなど、およそ考えられる書類を書きまくっている。

 このうちどれでもいい、どれか一つでも殿下の元に届けば、少なくとも俺の気持ちは殿下に伝わる筈だ。

 その他に余った時間を使って、他に辞められる方法がないかを必死に調べている。

 幸い、駆逐艦の中にも軍に関する法律などの書物がいくつかあったので、それを必死で調べていながら、時間を使った。

 結局、いくら調べてもこれと言って有効になりそうなものを発見できずに、帝都に近い海軍基地に到着してしまった。

 なんでも、ここはサクラ閣下たちが連隊ごとゴンドワナに移動するときに使われた、サクラ閣下たちにとっては呪われた軍港と言っているそうだが、そこに到着し、俺の部下はひとまず軍用列車で帝都に向かい、元花園連隊が基地を置いていた場所に入るそうだ。

 そこで、休暇に当たる準待機扱いで、しばらく置かれるそうで、先にサクラ閣下と一緒に輸送機で帝都に向かった部下たちは既に基地に入っているとも報告を受けている。

 俺は軍港で、メーリカ少尉に部下たちの引率を任せて、輸送機で帝都にアプリコットと一緒に向かうことになっている。








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