第325話 実録 激闘の戦場
暫く敵兵の発する怒声と追いかけっこをしながら防砂林の中をさまよう。
怪我した足を引きずり、アプリコットに肩を貸してもらいながら林の中をさまよう。
割と簡単に、歩哨小屋を攻撃していた中隊と合流できたが、その中隊も敵さんをわんさか連れている。
これはちょっとまずいかな。
「隊長、良くご無事で」
「これが無事に見えるのかな」
「失礼しました」
「で、そちらの被害は」
「まだ、負傷者は数名で済んでいます。死者はいません」
まだと言ったよ、この人。
この先もっと怪我人を出すつもりかな。
「ここまでしても、これだけの損害で済んでいるのは奇跡ですね」
クリリン秘書官は更にとんでもないことを言っている。
俺の怪我だけでも面倒なのに、これ以上の怪我人など出したら、それこそどうなるのか。
死亡労災事故でも起こそうものなら減俸だけでは済まないぞ。
「敵の奴ら、流石に背水の陣のつもりなんでしょうかね。照明弾を使い始めましたよ。うちの怪我人はあれでやられましたから」
そうなのだ。
俺の怪我も、照明弾の明かりで俺のことを見つけ狙撃されたのだ。
「いよいよ遠慮なく照明弾を撃ってきましたね」
敵は嵩に懸かるようにどんどん照明弾を使ってくる。
当然俺たちが隠れている林の中も映し出されて、敵から銃撃を浴びる羽目になる。
尤も、こっちから敵の姿もばっちり見えるので、当然反撃をしているが、なにせ敵の数が多すぎる。
俺たちはどんどん林の奥に後退しながら反撃を繰り返していく。
途中で敵からの攻撃が弱まると決まって、別れていた小隊と合流できる。
そう、小隊が合流するときに別の方角から手榴弾などを使って敵に反撃してくれるので、その都度敵の攻撃が和らぐ。
そのおかげで、どうにかもっているようなものだが、それにしても、そろそろ林から追い出されるところまで来ていた。
いよいよかな。
俺が覚悟を決めようとすると、今度は更に敵の方角から大きな音とともに集団が近づいてきたようだ。
「大尉。応援です。助かりました」
敵の後ろから近づいてきた集団は浜で分かれた第一陸戦大隊の兵士たちだった。
彼らは上陸時に、敵の哨戒に見つかりその場で戦闘に入っていたはずだが、何故か不明だが、俺たちの支援に駆けつけて来たのだ。
正直助かった。
一時的に敵を挟撃する格好となり、俺たちを襲ってきていた敵部隊をやっとのことで退けることができた。
第一陸戦大隊の大隊長が俺を見つけて、経緯を説明してくれた。
かなりやばかったようだったが、第三陸戦大隊が計画よりも5時間以上早く上陸作戦を決行してくれたことで、浜から抜け出せたと教えてくれた。
そういえば先程から艦砲射撃の音も聞こえていた。
どうも、敵が遠慮なく照明弾を使い始めたことで、浜が照らされ第三陸戦隊を連れて来た第23艦隊の参謀たちが、上陸作戦を早めると決断してくれたとのこと。
暗かったから、上陸作戦ができなかっただけの話で、敵が浜を照らしてくれるのなら、こちらも遠慮なく上陸ができるという話だそうな。
だが、正直俺たちはその判断に助けられたようなものだ。
奇しくも俺たちが逃げ出していた方角が、次の目標である空挺団の降下地点の直ぐ傍だ。
次の敵の反撃が来る前に、簡単に陣地構築を行い、空挺団の降下作戦に備える。
時間は降下作戦の1時間前まで迫っていた。
そろそろ東の方角から薄明かりが見えて来る。
「あと1時間もすれば明るくなるし、応援が今度は空からやって来る」
「あと1時間もこらえられるかが問題だな」
「何を言いますか、大尉。今まで大尉はこれ以上困難な作戦を、それも被害なく実行してきたでは無いですか」
「え、これ以上困難な事なんか有ったっけか。……… あ、墜落した時か。あの時は九死に一生を得たな」
クリリン秘書官は不思議そうな顔をしている。
クリリン秘書官は俺たちの墜落事故については知らなかったようだ。
とにかく、今は考えるよりも先に動く。
俺だけでなくみんなの命が掛かっている。
となると俺は上位の職位者である陸戦大隊の大隊長に従えばいいだけか。
「クリリン秘書官」
「はい、何ですか大尉」
「大隊長から何か指示が出ているか」
「いえ、大隊長は既に空挺団の受け入れの準備に入っております」
「では俺たちは何を」
「何の指示もありませんでしたから、大尉の部隊は大尉の思うように」
「そうなると、今更大隊の手伝いに走っても邪魔になるしな。付近の偵察に入るか」
俺はメーリカさん達旧山猫の皆さんを呼んで、この周りの敵情を探るようにお願いした。
流石に何度も死線を潜り抜けている山猫さんたちだ。
俺の意図をすぐに悟ってくれ、さっさと偵察部隊を四方に出してくれた。
俺は痛む体をいたわるように、ここに簡単な指揮所を置いた。
周りは照明弾と、東側からの明かりでどんどん明るくなってきている。
「明るいのは良いのだが、今の状況だと歓迎できないかな」
「ええ、このままですと敵から直ぐに攻撃されかねませんね」
「榴弾砲が残っていれば準備だけでもしておいてくれ」
「了解しました」
俺の周りで、各部隊から集めて来た迫撃砲がどんどん設置されていく。
メーリカさんが一人の兵士を連れて戻ってきた。
「町の方角から、次の部隊が近づいてきております」
その兵士は俺にそう報告してくる。
流石に敵さんもそう易々と俺たちを逃してはくれないか。
「クリリンさん。陸戦隊に伝達。次に部隊が接近中だと」
「了解しました」
「で、榴弾砲はおおよそでいいから、敵方に向け砲撃を始めてくれ。この距離なら、問題無いだろう」
「流石に敵が見えない状況での攻撃では意味がないのでは」
アプリコットが珍しく俺に意見してくる。
あ、珍しくもないか。
「いいんだよ、牽制できれば。それで少しでも時間が稼げればいいだけだ」
「そんなんで……」
「とにかくあと一時間はここを死守しないとまずい。でないとさらに多くの労災が」
しかし、俺の思惑もむなしく、迫撃砲を打ち尽くしても敵の進攻は止まらない。
やみくもに攻撃していることが敵にばれたようだ。
今まで戦ってきたどの敵よりも一番まともな敵と戦っているような気がする。
そういえば、今まで戦ってきた連中は
運が良かったんだ。
その悪運もそろそろ尽きることという訳か。
敵の攻撃が始まった。
陸戦隊も反撃に入ったが、流石に今までよりもさらに多くの敵が集まってきたようだ。
ひょっとして本当にやばいかも。
運が尽きて、俺が死亡労災認定されることに。
まあ良いか、そうなればサクラ閣下が労災責任者となって再発防止策を考えないといけないんだ。
あの安全衛生委員会にも自ら出席すれば良い。
ざまあ見ろだ。
「大尉、ここもそろそろ危なく」
「いや、ここを離れる訳にはいかないだろう。君たちに無理をさせたくはないのだが、ここは心を鬼にしないといけないな。踏ん張ってくれ。しかし、絶対にこれ以上の怪我だけはするなよ。死ぬのも、ダメだ。これは厳命だからね」
「また酷い無茶を言いますね、大尉は」
クリリン秘書官が俺の命令を横で聞いていて、言葉を掛けて来る。
「これ以上の労災を出しては、俺には処理できなくなりますしね」
「何です、先ほどからしきりに話す『労災』って」
「え、労災を知らないのですか。働いている時に事故を起こさないようにということですよ。怪我を出しては生産性に影響しますからね」
のんびり会話をしていたが、直ぐにそんなことが許されない状況になって来る。
「大尉、もうだめです。支えきれません」
「なら、自己判断で、撤退せよ」
「大尉は」
「俺が最初に逃げる訳にはいかないだろう。最後まで状況を確認する。クリリン秘書官も撤退ください」
「いえ、私は」
「お願いです。その際私の副官を連れていてほしいのですが」
「大尉、私は最後まで……」
ダーン。
銃声が聞こえアプリコットが倒れる。
「アプリコット!」
すると、彼女は痛そうにしながらも起きて来たが、足からは血が出ている。
ついにアプリコットも被弾したか。
「大尉、大丈夫です。まだ戦えます」
「いいから止血せよ。誰か、アプリコットに応急手当てを」
クリリン秘書官が自身の応急セットから包帯を出してアプリコットを止血している。
とにかく今は大丈夫か……
いつまでも大丈夫って訳にはいかないか。
もうだめかな。
俺がそう思うと、今度は空から大きな音とともにダダダダーン。
まだ日も明け切れていないのに、予定よりも30分も早く頭上に戦闘機がやってきた。
その戦闘機は地上から近づいてくる敵兵に向け機関銃を発砲して、俺たちを援護してくれた。
その後すぐにあの大型の輸送機がやってきて、空挺団を上空から落していく。
「助かった」
俺がほっと一息ついて独り言を言うと、直ぐ傍に一発の砲弾が落ちて来た。
バ~~~~ン。
俺はアプリコットやクリリン秘書官を庇うようにかぶさり意識を離した。
最後に美女の胸を思いっきり触れたので、良しとするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます