第323話 強襲

 小型艇が駆逐艦から離れてからしばらくして、俺たち士官だけだが、駆逐艦の士官食堂に集められた。

「作戦の実施前に集まってもらい、感謝する。今、最終強襲地点の確認に出ているが、それも直ぐに戻ってこよう。それが戻り次第作戦の開始となる」

 この強襲作戦を指揮する陸戦大隊の大隊長が集まった俺たちを前に話し始めた。

「本作戦は既にご存じのことかとは思うが、本隊到着のための、サポートを目的としている。強襲後、海に向けた砲台を無力化した後に、速やかに移動して、空挺団降下作戦の地点の確保、その後、降下した空挺団と合流し本隊をこの町に引き入れるために、邪魔な城門を確保する」

 本日の作戦を簡単に振り返り、この場にいる全員に再度作戦を徹底する作業をしている。

 俺にはこの作戦の難易度はよくわからないが、素人考えでは、とてもじゃないが簡単にこなせる作戦とは思えない。

 作戦自体は夜間から始めるが、目標とする港町は海を挟むが共和国に一番近い港だ。

 最近になって、この辺りの制空権を帝国が確保したことになっているが、それだって怪しい限りだ。

 しかも、肝心の制空権だって、有視界での話で、夜間には俺たちに味方しない。

 もし、敵である共和国に夜間戦闘機なんかがあって、それに襲われたら正直ひとたまりも無いだろう。

 日の出まであと5時間。

 4時間過ぎれば少しは明るくなるから、戦闘機も出てくるかもしれないが、それでも4時間は、いや、正確に言うと強襲後から3時間は上空からの援護は無い。

 その3時間を俺たちだけで支えないといけないと言っているのだ。

 俺たち大隊で3時間支えて、その後上空から空挺団、それとほぼ時を同じくして、第4陸戦隊が海上から駆けつけることになっている。

 その後は、本隊である連邦軍とサクラ閣下率いる部隊が城門まで来ることになっているが、本作戦の要はサクラ閣下たちがほぼ無傷でこの町に入れるかどうかだ。

 そのために、空挺団や陸戦隊が先に入り準備するのだ。

 まあ、とにもかくにも俺たちが作戦を確実に成功させないと、次がこないという訳で、もしも、いや考えるのはよそう。

 もしもがあったら、俺たちが全滅するだけで、作戦は中止されるだけの話だ。

 ミーティングも終え、俺たちは甲板に集めらた。

 その後は順番に、次々に強襲艇に乗り込まされていく。

 秘匿作戦ということもあって、甲板を照らす明かりも最低限で、ほとんど周りが見えない。

 もしここで海にでも落ちたとしても誰も助けようがない。

 後で、損失がカウントされるだけの話だ。

 本当に俺たち人間をどう考えているのかと問いただしたいが、まあ、組織ってそういうものだとも思う。

 何もこれが戦場にあるだけの話では無く、俺がかつて経験していたあのブラック職場でも同じようなものだと、今思い出した。

 心が擦り切れて、退職や人生からのリタイヤがあっても、工数が減ったとしか上層部には伝わらない。

 その減った工数にも人生というものがあったことすら誰も考えに至らないのだ。

 それが戦場だから、退職という選択肢が無いだけで、人生からのリタイヤについてはほとんど同じだ。

 ああ、俺って、案外戦争にも向いていたのかも。

 そうでも考えないと正直怖くて、今も足を震えさせながらクリリン秘書官に手を取ってもらい、強襲艇の中に入っていく。

 暫くすると、この強襲艇の艇長から点呼を頼まれて、アプリコットが各中隊長に点呼を俺の名で命じていた。

 俺は何も言っていないのだが、いつ俺は点呼を命じたのだろう。

「よく気の付く副官ですね」

 俺の隣で座るクリリン秘書官が感心するように俺に話しかけて来る。

「ええ、彼女が居なければ、俺なんかとっくに人生からリタイヤさせられていましたよ」

「ここに来ても冗談が出ますか。本当に、大尉って肝が据わっておりますね」

 え、え~!、この人どこまでも俺のことが見えていない。

 いったい、こんな誤解をどうすればできるのか不思議だ。

 そんなことを考えていると急に乗っている強襲艇が下がり、いきなりの衝撃が襲う。

 どぶん~~~んん。

 バザーー!

 頭の上から大量の海水を被る。

 強襲艇を発艦させるために着水させたのだろうが、もう少し丁寧に降ろすことができなかったのかと俺は文句を言いたいが、隣にいるクリリン秘書官は平然としている。

 どうもこれが海軍さんのスタンダードのようだ。

 揺れが少し納まると、強襲艇はエンジンを始動させ、どんどん駆逐艦から離れて行く。

 俺たちを載せた強襲艇を追うように、他の強襲艇も駆逐艦から切り離されると、俺たちのことを追ってきた。

 他の駆逐艦も同様に相当数の強襲艇が、前方にかすかに見える点滅する光に向かって海上を走り出す。

 星空以外は辺りには何も見えないくらいに真っ暗だ。

 強襲艇の中も灯火すら使っていない。

 ひょっとしたらランプなんかの贅沢品は詰んでいないのか。

 とにかく真っ暗な中をひたすらに進むが、本当に大丈夫か。

 もし途中に岩石でもあったら俺たちは敵と戦う前にお陀仏になると思うのだが、俺以外この強襲艇に乗った人は思っていないのだろうか。

 誰一人怯えたような表情を見せている人は居ないのだ。

 あれほど大型の輸送機に乗る時に怖がっていたアプリコットでさえ、恐怖を感じていそうにない。

 嫁入り前の娘が逞しい事で。

 ……余計なお世話か。

 どんどん点滅する光に近づいて行く、

 俺の心配事なんかまったく無視して躊躇なく強襲艇を進めて行く。

 すると急に強襲艇に艇長が何やらし始めたかと思うと、急に辺りが明るくなってきた。

 前照灯と云えばいいのかそれを点灯したのだ。

 あるなら最初から使えって、俺はそう思うのだが、俺らを乗せた先頭を走るこの強襲艇しか前照灯を点灯させていない。

 せいぜい強襲艇の中を薄暗く照らす光が見えてくるくらいだ。

「接岸よ~~い」

 強襲艇の艇長が急に声を上げる。


「大尉、いよいよ接岸しますから」とクリリンさんが言いながら俺の手をしっかり抱え込んできた。

 これって、前にも同じような経験が……あ、輸送機墜落の時にか。

 え、え、え、これって衝撃に注意せよってことか。

 ザ、ザ、ザ~~~、ドスン。

 急な衝撃が俺を襲う。

「強襲~~」

 強襲艇の艇長がまた声を上げると、前方が大きく開き、最初に陸戦隊の人たちが周囲を気にしながら降りて行く。

「大尉」

 アプリコットが俺を促す。

 俺に、下船命令を出せっとせっついているのだろう。

 それくらいは俺でもわかるようにまでは俺も成長したのだ。

 しかし、なんと言えば良いのか。

 よくわからないから、俺は大きくアプリコットに向かって頷いた。

 それを待っていたかのようにアプリコットが各中隊長宛てに命令を発していく。

 どんどん強襲艇を降りて次々に接岸してくる強襲艇のために陸側から見えにくいような工夫を施されたライトを使って合図を送っている。

 俺が強襲艇を降りる頃には先行部隊であった霞部隊の隊長が訪ねてきている。

「お待ちしておりました、大尉」

「全てを待ってからだと遅くなるから、ある程度揃った部隊から行動を起こしたい」

「砲台の無力化ですね。どんな手を使いますか」

「できれば弾薬庫を破壊したいが、探すついでにも手を打とう」

 そう言って、俺は近くに走るトロッコレールを見つけた。

「砲台に弾薬を運ぶのに、トロッコを使っていたようだな」

「ええ、この辺りの砲台は、使われる弾丸も大きくなりますからトロッコで運んでいるようですね」

「なら、そのトロッコレール沿いに移動だ。途中分岐があれば、分岐に手りゅう弾でも放り込んで破壊する。それだけで、砲台を無効化できるのでは」

「砲台内に有る弾薬を打ち尽くせばそうなりますね」

「どれだけ砲台内にあるかは分からないが無視しても問題無いだろう」

「大尉、それは何故そうお思いになるのですか」

 すかさずクリリン秘書官が聞いてきた。

「分岐破壊で手りゅう弾を使うと、少なくともこの辺りにテロリストがいるくらいは想像するだろう。

 そのテロリストを構わずに海に向かって警戒なんかできないよ。普通の人なら、背後が気になって前なんか見ていない。だからさ」

「確かにそうですね。しかも手間もほとんどかからない」

「ああ、敵さんが騒ぎ出す前に弾薬庫を見つけて火を付けられれば、もうこの辺りは全く機能はできまい。せいぜい弾薬庫の消火を考えるのが関の山さ。そうと決まれば、直ぐに行動だ。クリリン秘書官は海軍さんにその旨を連絡してくれ。残りは移動だ」




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