第322話 強襲直前

 船に乗せられれば俺たちにはすることが無い。

 作戦の実施は深夜になると聞いている。

 俺たちは海軍が俊足を誇る第52水雷戦隊の駆逐艦4隻に分乗して乗せられたが、旗艦にあたる先頭を走る駆逐艦には俺たちサクラ少将配下の2個中隊と、第一陸戦大隊司令部に当たる小隊規模の人員が乗り込んでいるだけなので、艦内には比較的余裕があると聞いている。

 余裕があると聞いているが、流石に海戦に全く関係のない連中をこれほど載せれば駆逐艦では少々狭く感じるのも俺だけでは無いだろう。

 あくまで余裕とは残りの三隻に積み込まれた陸戦大隊の隊員たちと比べてのようだ。

 流石に俺たち士官にはそこそこの部屋があてられたが、それでも相部屋になっている。

 仮眠程度はこの部屋でも問題ないが、俺も含めて誰も仮眠すらとろうとはしていない。

 まあ昼から昼寝としゃれこむには気持ちが高ぶっているので無理だ。

 その他の兵士たちは船倉に近い場所に押し込められている。

 海軍さんでは最大限配慮してくれているのだそうだが、俺たち土木作業ばかりしていた連中には狭く感じない方がおかしい。

 俺たちを乗せた駆逐艦は昼前には艦隊行動をとって目標地点まで、その俊足を生かして驀進中だ。

 船は刻一刻と作戦海域に向け進んでいるが、俺たちは本当にやる事が無い。

 俺は甲板に出ることも許されているので、暇に飽きると甲板に出て海を眺めている。

 一応秘匿作戦となっているので、水雷戦隊は一度ゴンドワナ沖に出て、大陸から見えない距離で、目標地点まで進む。

 令和日本の記憶がある俺はGPSがあれば迷子の心配は無いとたかをくくっていたが、この世界にはそんな便利なものは無い。

 船の速度と、推進方向から海図上で位置を割り出して進んでいる。

 時折、上空を友軍機が位置補正のために飛んでくるが、それも昼間だけの話だ。

 夕食を海軍さんからご馳走になるころには辺りが暗くなり、周りには何も見えなくなっていく。

 時間が経てばたつほど辺り一面漆黒の闇が覆う。

 格好を付けて表現したが、本当に真っ暗になって来る。

 幸い天気が良く、星だけはこれでもかというくらい見えているので、食事の時にお隣に座った海軍士官の人の話では、夜の方が位置は割り出しやすいと言っていた。

 天測ができるからだというのだ。

 しかし俺は知っている。

 天測で簡単に割り出せるのは緯度だけの話で、経度については時間と星の位置から計算しないと割り出せない筈だ。

 その際、最も重要になるのが時間だ。

 クオーツ時計など見たことが無かったから、多分普通の機械式時計しか無いのだろう。

 それでも正確な時間を図れるとしているが、こんな真っ暗な海上で、果たして目標まで行けるのか心配になって来る。

 俺が貰った作戦指示書では強襲開始まであと2時間。

 しかし、辺りは相変わらず何も見えない。

 実はこの広い海上で迷子にでもなったかって言う落ちなんかないよな。

 正直、ただでさえ怖い作戦なのに、今考えると、今回のような作戦に参加するなんて、俺には今回が初めての経験だ。

 今までは遭遇戦ばかりで、まともな戦闘すら経験が無かったが、そう言う意味では山猫さんたちや陸戦隊の皆さんのように経験豊富なお姉さまに囲まれているのが救いだ。

 しかし、同じキレイどころのお姉さまに囲まれるのなら銀座や北新地、すすきのなどの夜の方がどれだけ良かったか。

 実は、俺は今までそんな良い思いをしたことが全くないが。

 人間不安になると心の平安を取り戻そうと全く違うことを妄想するようにできている。

 いや、知らんが、少なくとも今の俺はまさしくその通りになっている。

「大尉、こんな所にいたのですか」

 甲板で夜の海を見ながら一人黄昏れていると、連絡官として俺のところに赴任してきたクリリン秘書官がやってきた。

「いよいよですね」

 俺に話しかけて来たクリリン秘書官は、やはり他の隊員同様に相当期待している感じだ。

「この作戦が成功した暁には、この長く続いてきた戦争そのものに終止符を打つ目途が付きますね」

「そうなると良いのですが、それよりもクリリン秘書官は怖くは無いのですか」

「怖い? 何故そんなことをお聞きになるので」

「私は怖くて、もし許されるのなら、ここから飛び降りてでも逃げたくてしょうがありません」

「え、不世出の英雄とまで言われている大尉が。流石にこんな大作戦の前ですから冗談で気を緩ませるのですね。流石です」

 え、この人全く俺のことを信じていないよ。

「正直、私は運が良かったと思っております」

 そう言うと、訥々と語り出してきた。

 彼女が言うには、海軍から陸軍に立場が近いサクラ閣下の元に出向してきたのも彼女自身の希望もあったそうだ。

 元々陸軍と海軍とでは犬猿の仲だそうで、まずありえないことだそうだ。

 だが、今回の場合、皇太子殿下が絡むことで、奇跡的に合同の組織が立ち上がり、話が来たという。

 いくら話が来たからと云っても、普通では希望者は出ないそうだが、今回ばかりは違った。

 その訳は、今回殿下が立ち上げる組織の現場トップがサクラ少将が就任することが決まっていたからだ。

 女性の軍人なら誰でもが一度は憧れるサクラ少将の下で、精一杯働いてみたいとクリリン秘書官もそう思ったようで、話が来た時には二つ返事で出向を希望したそうだ。

 多くの女性軍人が夢見るサクラ少将と一緒に働けることになったクリリンだが、正直彼女には不満が無かったわけでは無かった。

 今までのサクラ閣下はそれこそ最前線で数々の武勲を立てていたことから現在の地位までなったのだが、ここジャングルに来てからはほとんど書類仕事ばかりで、軍人とは思えないような生活が続く。

 それでいて、なぜかしら軍団の武勲は考えられないくらいに重ねて行くから、彼女自身訳分からずの状態だったそうだ。

 大した戦闘もせずに、サクラ閣下の元、彼女の軍団はどんどん南下を続け、最大の功績として殿下の思惑通りに現地に新たな同盟国すら建国を果たしたのだ。

 殿下は、この功績を非常に高く評価されており、サクラ閣下を始め実に多くの人たちに功績に報いる準備をしているとも聞く。

 それだけに、クリリン自身の気持ちに焦りも出て来たというのだ。

 俺に言わせれば、あの地獄のようなデスマーチが続く事務仕事をこなしている段階で十分に報いられてもいいようにも思うのだが、根っからの軍人たちには受け入れられないらしい。

 その気持ちはサクラ閣下や閣下が頼りにしている部下たち共通の思いだとか。

 それだから、今回の作戦には怖いという気持ちなど一切ない。

 自身が傷つく恐れなど、端から織り込み済みで、それ以上に軍人としてこれ以上に無い栄誉だと思っていると彼女が本当に嬉しそうに話してくれた。

「今回ばかりは大尉に非常に感謝しております」

「感謝ですか」

「ええ、大尉が今までしてきてくれた功績と、何よりあの基地攻略に成功したために今回の作戦が計画されました。当然、最大の功労者である大尉の部隊には、軍人なら誰でもがうらやむ先陣の命が下されましたが、海軍との共同作戦ということもあって連絡官として大尉と同行を許されて、その先陣を切る作戦に参加できる栄誉を大尉から貰ったようなものです」

 だから、こんな危険な作戦に参加する権利って、権利なら断れたはずだよね。

 俺にとっては権利どころか刑罰以外に何物でもないのだが、どうも、刑罰に思っているのが俺だけだということが正直不安だ。

「そうですか。私は何もしていなかったのですが、まあこれも運命不運だと思うしかありませんかね」

「ええ、そうですね。大尉の御働きにご相伴に預かれる幸運に感謝するしかないですね。…… あ、そろそろ始まりますね」

「え、作戦開始まではあと……」

「ええ、ですが、作戦ポイントを探すのに、先に上陸した霞部隊を探しに小型艇を出します。今左舷より、ボートを降ろして陸戦隊の特殊任務を専門にこなす部隊が乗り込んでおりますから、ひょっとしたら作戦は少し早まるかもしれませんね」

「だとしたら、我々も準備をしましょうか」








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