第321話 熱気とドナドナ
翌日に移動することになるが、ここでも海軍さんの多大なる協力のおかげで、陸上をちんたら移動する必要がなくなった。
何とあの大型の輸送機、しかも4機も俺たちの移動のために手配してくれたというのだ。
これに乗って、タッツーにある海軍鎮守府までひとっ飛びという訳だ。
翌朝、補給基地からほんの少し離れた海軍航空隊基地まで、アート連隊長が手配してくれたトラックに乗り込んで向かった。
この基地からは1kmくらいの距離にあるから歩いてでも簡単に行けるのだが、それでもガチ装備のままだとかなりきつい。
尤も本職の兵隊さんたちは日ごろから鍛えている関係で、問題ないそうだが、俺には無理だ。
俺だけでも車っていうことも考えたが外聞が悪すぎる。
今更繕ってもと言われるが、それでも気分の問題だ。
そういう意味でもアート連隊長の配慮は非常に助かる。
輸送機に乗り込むと、トラウマでも思い出したのか俺の隣でアプリコットが震えている。
本人はごまかそうとしているようだが、唇のあたりが青みがかって、相当緊張しているのが見え見えだ。
「大丈夫だよ、アプリコット少尉」
「な、何をですか、大尉」
「だから、今度は空から落とされることは無いよ。安心しなさい」
「ど、どうしてそんなことが……」
「思い出してごらんよ。前に乗せられた時には乗る前からハーネスを渡されただろう。あれが無いとパラシュートは使えないんだ。それに何よりど素人が最初からソロフライトは無理だ。タンデムで慣らさないとね。だけど中隊全員をタンデムするには同じ数のベテラン空挺団の人が必要だが、ここにはいないだろう。何より、これから向かう先にはきちんと海軍航空隊の基地があるから、そこに着陸するよ。何も飛行場があるのに、わざわざ危険を冒して空から落とすようなことはしないよ」
俺の説明で納得したのか少し落ち着いたようだが、それでもまだだ。
完全にトラウマになったようだ。
海軍さんも罪作りな。
初めからきちんと説明してくれれば彼女も優秀な軍人だ。
納得さえすればここまでトラウマにならなかっただろうに、まあ、後の祭りか。
自分のことを棚に上げて俺は彼女を優しい目で見ている。
あの時のことを第三者が見ていたら、『あんたも同類だ』なんて言われるだろう。
なにせ、乗る時に渡されたハーネスで、空中からの投下、しかもタンデムでの降下を分かっていたのだから。
輸送機はアプリコットの心配をよそに2時間後に無事に海軍鎮守府の有る航空隊基地に到着した。
飛行場には陸戦隊が手配してくれたトラックが待機しており、俺たちはそのままトラックに揺られて、ここから先にある潜水艦用に新たに作られた軍港に向かった。
ここって、かなり以前と云っても、本当はまだ一年も経っていないのだろうが、俺たちも基地建設に協力したあの軍港だ。
あの時は、第三作戦軍がばかやったせいで、補給に問題が起こり、その解消のために海軍に協力して作った軍港だ。
海軍さんとしても制海権確保のために潜水艦用の補給基地を欲していたのもあって、両者の思惑が一致と云うか、俺らがやたらと土木建設を得意としていたのをサクラ閣下やその幕僚たちが利用したと云うかで、山の上に営舎も作ってある。
俺たちがかつて建設した営舎に入った。
俺たちがこの基地に向かう途中で、陸戦隊の幕僚から説明を受けた話では、作戦実施日まで時間がないが、それまでの短い時間で少しでも強襲に慣れて欲しいということで、ここで訓練を積むそうだ。
海軍さん全面協力で、作戦時と同じ駆逐艦に乗り込んで、実際に海上に出てから強襲艇に移り、実際に体験していくそうだ。
夜には海軍偵察部隊が撮ってきた写真を使って何度も強襲の方法やその問題点などを検討していく。
そんな感じで、あっという間に時間ばかりが過ぎて行く。
いよいよ、明日作戦の決行だと聞かされた。
そういえば、今夜もほとんど月は出ていない。
明日は完全な新月で、相当暗くなるという。
とにかく俺たちには時間が無かった関係で夜間の強襲訓練まではできなかったが、強襲艇の操縦は海軍さんがすることで、俺たちは浜からの上陸をするだけなので、危険はあるが多分問題無いと聞かされた。
そう『多分』という文字が付くが。
流石にこれには俺は緊張する。
はっきり言って怖い。
今度は俺がアプリコットと逆転して、日に日にアプリコットの顔に生気がみなぎっていくのが分かる。
興奮していると言い換えてもいいかもしれない。
逆に俺の方はと言うと……察してくれ。
しかし何で危険だと分かっていても、そんなに興奮できるか俺には分からない。
たかがタンデムフライトであれほど震え上がるようなアプリコットが、敵前に強襲攻撃、しかもそれを夜間に行うというのに、怖くないのか。
当然発生する労災の事後処置を恐れていないのか。
俺にはその感覚が分からない。
翌日の昼過ぎに、クリリン秘書官がサクラ閣下からの命令書を持ってきた。
作戦『黄昏の狼』への参加を命じてある命令書だ。
作戦実施時には海軍陸戦隊の指揮官の指揮に従えと書いてある。
この命令書では俺たちへの指揮権を一時的に同道することになる海軍陸戦隊司令官に移譲された格好だ。
その上で、海軍との連絡要員としてこの命令書を持参したクリリン秘書官がそのまま着任するとまで書いてあった。
クリリン秘書官は海軍出身で、陸戦隊にも所属していたとも聞いてことがあり、俺にとっては非常にありがたい人選だが、本当に良いのかな。
まあ、サクラ閣下の幕僚にはまだマーガレット副官やレイラ大佐もいるから弱体とまではいかないだろうからの人選なのだろう。
だが、そこから見えてくるのは、今回のこの作戦、特に俺の立ち位置と云うのが非常に危ないと言っているようなものだ。
はっきり言って怖いよ~~。
「大尉、時間です。皆は既に集まっておりますから」
俺は呼びに来たアプリコットに連れられて、ドナドナを聞きながら集まっている部下たちの前に向かった。
しかし、部下たちが集まった先には異常な雰囲気が立ち込めていた。
熱気と云うかやる気に満ちた兵士が今か今かと待ちわびているような感じだ。
アイドルがコンサートの始まりに舞台にでたときにはこんな感じかとすら思った。
流石に黄色い歓声は無かったが、連絡要員として来ているクリリン秘書官ですら少し紅潮しているようにすら思えるのだ。
まあ、説明を聞いた限りではこの長く続く戦争の歴史において、明らかにターニングポイントになるというのだ。
俺の知っている世界だと、さしずめノルマンディー上陸作戦の直前と言った感じかな。
まさか真珠湾とは違うよな。
あれ、ノルマンディーの時の方が被害が大きくて、それこそ勝つまで人をつぎ込んで戦いに勝ったような、最終的には負け戦の遠因となったが、参加する立場から言うと真珠湾の方が良いような。
そんなくだらないことを考えながらみんなの前に立つ。
俺の頭の中には先ほどから流れているドナドナがより大きく聞こえてくるが、そこは俺の数少ないスキルで乗り切る。
「さあ、戦争を俺たちの手で終えるために、作戦に参加するぞ。この作戦は非常にリスクはあるが、当然見返りも大きい。しかもだ、仮に、本当に仮にだが、失敗したとしても帝国の受けるダメージは先の第三作戦軍が被った時よりも非常に小さいという信じられないくらいお得な作戦だ。俺たちは、作戦に従っていつも通りにすればいい。帝国の勝利のため、この長く続く戦争を止めるために戦いをしに行こうじゃないか」
「「「「お~~~~」」」」
俺の下手な挨拶でも一斉に雄たけびが上がる。
こんなうら若き女性が多い中、雄たけびなんか聞きたくもない。
できれば黄色い歓声の方が遥かに良いが無いものねだりだろう。
俺は雄たけびが上がる中で、手を挙げて辺りを静まらせる。
俺の動作で一瞬で静かになる。
あれ、これってちょっと気持ちいかも。
いやいや、それどころではない。
「さあ、作戦のために駆逐艦に乗り込むぞ」
俺の命令で、あらかじめ決められた順番で、どんどん駆逐艦に乗り込んで行く。
ああ、いよいよ戦争か。
軍人になって、しばらくたつが、戦争をしたことが無かったので、ひょっとしたらこのまま任期が終わるかもって期待した傍からこれだ。
俺の頭の中で鳴りやまないドナドナを聞きながら俺はアプリコットやクリリン秘書官を連れて駆逐艦に乗り込んで行く。
俺が載ったらすぐに出発すると聞いている。
俺の乗艦が本当の意味でこの『黄昏の狼』作戦の発動だ。
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