第320話 作戦名『黄昏の狼』始動
基地に戻ってきたら、やれやれと一息つくどころか、帝都以上に忙しかった。
基地に着くなり、そのまま俺はアザミ連隊が本部を置いている接収した基地の中に連行された。
直ぐにアザミ連隊のアート連隊長の前に引き出されて、その場で会議。
あの分厚い作戦要領書を連隊長に手渡して、アプリコットから概要が説明された。
アート連隊長は既に概要だけは聞かされていたようで、アプリコットの説明でも何の反応も示さなかったが、彼女の幕僚たちは一様に驚いている。
とにかく作戦名『黄昏の狼』の作戦実施までに時間があまりにもない。
幕僚たちが焦るのも分かる。
本作戦の地上部隊の主力が、サクラ閣下率いるバラ連隊とアザミ連隊、それに連邦軍だけとなる。
主力が到着する前までに海軍から陸戦隊が大隊規模で参加するし、虎の子の空挺団も2個使われる予定だ。
作戦規模から見たら、帝国が今まで実施してきたどの作戦よりも小規模で、制圧する拠点も一つとなっているので、騒ぐほども無いと言う幕僚もいるにはいたが、直ぐに同僚からボコられる。
とにかく本作戦は絶対に成功させないといけないし、何より本作戦が成功した暁には、ここゴンドワナにおける大規模戦闘は無くなると考えられている。
なにせ、共和国本土とは海を挟んですぐお隣にまで帝国が進出してくる格好になるが、ゴンドワナ西部に展開中の共和国軍の奪回も難しい。
現在の兵力配置では、目標としている町は主力軍が展開している場所からは距離がありすぎるし、何よりその主力の背後を取る格好になるので、敵としても全軍でこちらに当たれる筈も無い。
現在も敵主力前方に味方の第三作戦軍が展開中だ。
尤も我が帝国軍は補給船の関係で、今よりも前進が難しいが、そんなことは敵には分からない。
仮に第三作戦軍の現状を正確に把握されていたとしても、心理的に、敵に背を向け全力で、後退はできようがない。
これは、本作戦検討に当たった参謀全員が一致した意見だ。
それに何より最も肝心なのは、本作戦成功の暁には敵の補給に決定的にダメージを与えられるということだ。
敵の補給線の主軸こそ今回の目的地から、より前線に近い補給港に移しているが、それでも少なくない割合の補給をこの町が担っている。
何より、人的な補給という意味では、この町を経由するのがほとんどだとキャスターさんから聞いた。
そうなると、この町を落とすことができるとゴンドワナに展開中の兵士に相当の心理的圧力を与えられるとの分析だ。
それだけに敵の抵抗も予測され、俺は先陣なんか引き受けたくはなかったが、なぜかしら俄然やる気の部下たちを見ていると俺は何も言えない。
どちらにしても既に、帝都にいるサクラ閣下と、アート連隊長との間で話し合いは済んでいるのだろう。
アプリコットの説明の後にアート連隊長から、今後の予定について話があった。
「私が昨日聞いた話と相違は無いな。今後だが、連邦の首都に展開中のバラ連隊が3日後にこちらに向かうことになっている。作戦実施まではテント暮らしになるから、こちらとしては受け入れの準備に手間はかからないが、バラ連隊が到着後、直ぐに作戦が発動する。我々にはそれほど時間が残されていない。サクラ閣下を迎えたらここから直ぐに出撃することになる。そのつもりで準備をするように」
アート連隊長からの話が終わると、アプリコットは俺をつついてくる。
「大尉、部下の件をお伝えしませんと」
「あ、そうだったな」
俺はサクラ閣下から貰った命令書をアート連隊長に渡して、部下の件を話した。
「連隊長。私が現在抱えてている大隊の件ですが」
「ああ、その話も聞いている。2個中隊だけを連れて行くのだったな」
「ええ、ですから私が中隊長も兼務している第一中隊と新人の多くが所属している第二中隊の指揮権を一時的にサクラ閣下より、アート連隊長にと言付かっております」
「その話は了解した。しかし、おかしな話だな」
「は?」
「実質的には今の話で、何ら問題ないが、本来ならばここに大隊長兼務のサクラ閣下が来るのだ。指揮権は大隊長が持つのが普通だろう」
「ええ、そうですね」
「まあ、サクラ閣下は全体を指揮するのに忙しいから、結局誰かが面倒を見ないといけないことになるのだから、そうなるわな。で、残りはどうなるのだ」
「ハイ、海軍からお借りしている陸戦隊を中心に作っている陸戦中隊と、メーリカ少尉に任せている第三中隊を連れて、明日にでも海軍基地に向かいます」
「なぞ多き『霞』との合同作戦だって。凄いじゃないか。しかし大丈夫か」
「大丈夫と言いますと?」
「海上からの強襲だと聞いている。できるのか」
「できるのかと聞かれましても。できませんと言って許されるのなら私はここに居ませんよ。そもそも軍人などできませんと答えて終わりです」
「確かにそうだな、貴様らしい答えだ。こんなとこでありきたりな言葉しか送れないが『気を付けてな』」
「ありがとうございます。できる限り陸戦隊の影に隠れて大人しくしております」
「大尉!」
俺の答えが気に入らないのか、アプリコットが語気を荒げて文句を言ってきた。
「まあまあ。それも大尉らしいじゃないか。だが、強襲なんか陸軍軍人でもそうそう経験できる話ではない。我らとて、過去に一度だけしか経験してないし、しかも、かなり危ない場面だったしな。そう言う作戦に一日の長の有る陸戦隊を部下にしている分だけ大尉は恵まれているかもしれないな」
会議の後に、俺の預かる大隊の全員を集めた。
呼び出した部下のほとんどがあっちこっちに土木作業に出ているので、集めるのに時間がかかった。
全員を前に、俺が話を伝える。
「急な召集で済まない。皆に集まってもらったのは他でもない。只今より、帝国は南方にある敵補給港へ強襲を仕掛ける作戦を実施する。作戦決行日時は別途しかるべき筋から知らせるが、作戦実施に当たりこの大隊の編成を一部変更となった。第一中隊の中隊長の任から私は離れる。また、第一中隊と、第二中隊の指揮権を只今を持ってアザミ連隊のアート連隊長へ引き継ぐ。以後はアート連隊長の指揮に従ってほしい。なお、今後の私だが、第三中隊及び陸戦中隊は、引き続き私が指揮を執る。明日には両中隊を率いて移動することになるから、今より移動の準備にかかって欲しい。私からは以上だ。アート連隊長、お願いします」
この場には忙しい中無理言ってアート連隊長も同席してもらっている。
まあ、指揮権の移譲なのだから当たり前と云えば当たりまえなのだが、彼女も例の作戦準備で、昨日サクラ閣下から連絡が入ってから寝る間を惜しんで仕事をしているのだ。
本当にサクラ閣下って悪の権化だ。
ブラック職場の華だな。
「諸君、急な話で戸惑っているかとは思うが、大尉の言ったように、ただいまより指揮権を私が引き継ぐ。既に帝都の皇太子府を中心に作戦名『黄昏の狼』は発動している。この基地でも昨日から急に動きが変わった事を勘の鋭い者なら感じていたかもしれない。全てはこの作戦のためだ。君たちも、この作戦の中に組み込まれている。詳細はここでは語れないが、追々君らの隊長にでも聞いてくれ。でだ、その隊長に当たる士官だが、この会の解散後に、私のところに集まって欲しい。以上だ」
アート連隊長の言葉を貰ってこの集まりを解散させた。
その後、俺はアプリコットを連れて、指揮する2個中隊の士官を集め、移動に向け話し合いを持った。
陸戦中隊の皆さんは面を食らっていたようだが、俺と付き合いの長い山猫の皆さんは『またか』といった感じで集まってきた。
今までも散々突拍子もない事をしてきた自覚は最近俺にも出て来た。
しかし、過去にはこの作戦くらい、不安になるようなことはしてきていない。
それだけに、この作戦には相当心配もしている。
本当に俺にできるのかな。
敵の目の前に強襲するなんて。
流石に指揮官たるもの不安な顔を見せてはいけないくらい自覚している。
これは何も軍に限った話ではない。
最強クレーマーを相手にしないといけない時には、俺は今まで敢えてにこやかな顔をしながら部下を激励していた。
俺だって怖いんだけれど、流石に怖そうな態度を取ったら、その場で部下たちは全員辞めて行くから、これだけはすぐに身に付けた俺の数少ないスキルの一つだ。
大抵の場合、後で部下から相当恨まれることになるけど、このスキルのおかげで、部下を退職に追いやることは無かった。
何が幸いするか分からないものだが、そんなブラック職場での経験が本当に生きて来る。
本来ならば、そんな経験なんぞ生きなくてもいいのにとは思うが、今度は生死が掛かるから、俺自身も覚悟を決めなければならない。
しかし、俺だけが緊張している傍で、アプリコットや、薄々内情を知る連中はうれしそうなのが俺は気に入らない。
なにも好き好んで労災の巣窟に出向かなくても良さそうなのに、なぜそれを喜ぶ。
君たちは部下を持つ身だぞ。
労災の当事者になるかもしれないが、それ以上に労災当事者の後始末を付けないといけない立場になるんだからな。
それを覚悟しろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます