第315話 アプリコットのリブート

 足元に地面がある。

 しっかり固い地面だ

 母なる大地の大いなる祝福による安心感は何物にも代えがたい。

 今日のこのひと時の生を神に感謝します。


 は~~怖かった。


 俺はとぼけた妄想に浸っていると、後ろで繋がっているマーケット少尉は、俺との絆を断ち切るようにカラビナを外して、俺に言ってきた。

 絆違うか、ただのカラビナか。

「大尉、お疲れ様です。私はこれより部下の指揮に向かいますから、ここで一旦失礼します」

 それもそうだよな。

 彼には一個小隊の面倒を見る責任がある。

 いつまでもお客さんである俺たちに構っている暇はない。

「ああ、分かっております。今回は貴重な体験をさせて頂き感謝します」

 俺の言葉を皮肉と受け取ったのか若干顔をひきつらせたが、それでも敬礼後すぐに後ろに走っていった。

 は~~、それにしてもこんな体験は一度すればもう十分だ。

 それに、ここにはキャスター幕僚長の腹心も詰めているし、何よりまだ帝国軍の精鋭たちが残っているので、俺が慌てて帰る必要も無かった。

 のんびり船でゆっくりと帰ってきても誰も文句も言わないはずだが、多分考えうる限り最速での帰還だろう。

 俺は新たな妄想にふけっていると、遠くでアプリコットをエスコートしていたニーナ軍曹が俺を呼んでいる。

 何やら困っているようだ。

 俺は小走りにニーナ軍曹の方に向かった。

 俺たちよりも先に降りているはずなのに、ニーナ軍曹は自身のパラシュートも片していない。

 軽くまとめているだけなので、強風で吹かれたら危ない状況ではある。

 だからだろう、俺を呼んだのは。

「すみません、大尉。あの~~」

 かなり困ったような声を出しながら俺に訴えかけてくるのだが、どうも語尾が濁され、何を言わんとしているのか……あ、そういうことなのね。

 ニーナ軍曹に抱えられたアプリコットがフリーズ中だ。

「ニーナ軍曹。副官の面倒を見てもらい感謝する。あとは私が代わるから貴殿は自身の仕事に復帰してくれ」

「大尉、ありがとうございます」

 本当に嬉しそうに、いや、面倒ごとから解放されたという感じで、ほっとした表情で俺に感謝の弁を述べ、彼女もまた後ろに走っていった。

 さて、どうしたものか。

 ここで体をゆすって起こす手も無い訳では無いが、急ぐ旅でもない。

 俺はアプリコットを横にしてしばらく休ませることにした。

 う~~ん、絵柄がよろしくない。

 俺の膝枕で美少女と言ってもいいアプリコットが寝ている。

 いや、白目をむいているのだが、逆なら絵柄的には美味しいのだが、これって誰得でもないだろう。

 俺は彼女を落ち着かせるために肩の辺りをトントンしながら彼女がリブートするまで待った。

 どうせ寝ているのだから、同じトントンするなら肩では無く胸の方が俺としてはうれしい。

 いや、大きくはないが決して小さくも無い、そのため、とてもおいしそうな胸なのだからトントンでは無くモミモミの方がより嬉しい。

 妄想止め~~。

 危なかった。

 危うく痴漢で捕まる所だった。

 今の状況でも十分にセクハラで訴えられても絶対に勝ち目が無いのに、モミモミだと。

 もう、実刑判決物だろう。

 しかし、彼女はまだ二十歳前だろう。

 こんな美少女が、何がうれしくて最果ての辺鄙な前線に来なくてはならないのだろう。

 ここは最前線だ。

 しかもジャングル内とはいえ、今までとは違い、十分に敵との戦闘が予測される場所だ。

 こんな美少女が、いや、アプリコットだけでなくジーナや、他の部下たちも美人美少女ぞろいなのだが、そんな子が戦争でなんかモッタイナイな。

 いや、何がモッタイナイかはこの際置いておくとして、こんな年端もいかない少女までもが戦争に駆り出されること自体がおかしい。

 早く戦争が終わればいいのに、それを望まない者たちも少なからずいるからなかなか終わらないのだろう。

 しかも共和国帝国両方にそんな輩が居るから問題だ。

 少なくとも今回の帝都訪問で上層にいる屑ばかりを見てきた気がする。

 少しづつ、アプリコットに表情が戻り始めた。

 どうやらリブートを始めたらしい。

「う、う、う。あれ、どうして、私」 

 そう言うと自分の置かれている状況を確認したのか、急に起きだして俺に詫びて来た。

 しかも顔を赤らめて。

「え、大尉。これはすみませんでした」

「ああ、リブートしたようだな」

「リブート?? 何です」

「いや、気にするな。まあ、初めての、しかも無理やりなのだから分からないでもないな。俺も怖かったから、次からはこんなことが無いように、事前に確認するようにしておこう」

「え、あ。そうですね。しかし、あれ、何ですか」

「陸軍にもいるだろう。空から兵士が下りてきて戦う奴。空挺団だよ。海軍空挺団の降下だ。俺らはそれに巻き込まれたらしい」

「なんで、そうなったのでしょうかね」

「そんなの分かりきったことだよ。海軍さんとの話し合いで、あちらさんはできる限りの協力をするといっただろ」

「え、海軍の協力って、私たちへの意地悪の隠語では無いですよね」

「意地悪じゃ無いよ。これがここに来るのに一番早い方法だよ。ここに飛行場でもあればこんな無理をせずに普通に降りて来ただろうけどな」

「あ、これって、私たちにさっさと飛行場を作れというメッセージですか」

「そうとも言えるとは思うが、これって彼らの誠意なのだろう。その誠意が俺たちの受け取りとは大きく食い違っただけだ」

「そうなんですか」

「ああ、あいつら空挺団から見たら、こんなだだっ広い場所への降下なんか当たり前すぎて、何にも感じていないのだろう。一般人からしたらどんなに怖い思いをするとか、思いもしないのだろう。そういう意味では常識というネジが俺たちと比べて数本抜け落ちているんだよ、多分」

 俺がまだ完全に復帰していないアプリコットと話していると、基地とは反対の方向から、無蓋車両がこちらに近づいてくる。

「基地からじゃ無いよな」

「ええ、反対の方向からですしね。どこから来たのでしょうか」

「となると俺たちと一緒に来たやつか。先に輸送機から落とされた物の一つだろう」

 その車両は俺たちの前に止まる。

 運転していたのは、アプリコットをエスコートしていたニーナ軍曹だ。

「大尉、少尉。お待たせしました」

「凄いね。準備万端で来た訳か」

「ええ、先行した部隊から不足を聞いて積み込んできました。基地まではまだちょっと距離がありますから、このお車でお連れします」

「それは助かります。あれ、少尉は?」

「マーケット少尉は他の機材を回収中ですので、私だけでご案内することになります。ご了承ください」

「いや、構わない。それよりも私たちのためにお手数を取らせてしまって申し訳ない」

 俺たちはニーナ軍曹の運転ですぐに基地中に向かった。

 基地ゲート付近ではアート連隊長が部下たちと一緒に出ていた。

「これはこれは、大尉。ずいぶんとお早いご帰還だな」

「ええ、不本意ではありますが、帝都での仕事が済んだら要らないと言われまして」

「それにしても派手な方法を選んだものだ。できたらもう少し地味な方法で帰還してもらえると助かるのだが。今回もちょっとした騒ぎになりかけたんでな」

 アート連隊長の言葉を横で聞いていたニーナ軍曹がしきりに恐縮している。それを完全に復帰したアプリコットが宥めている。

「ニーナ軍曹。あなた方海軍さんに言っているのではないので、ご安心してください。毎回毎回騒ぎを起こす大尉に苦言と皮肉を言っているだけですから」

「そう……なんですか」

「今回は海軍さんの最大限のご配慮で最速の方法を取らせていただきました。しかし、やはり騒ぎにはなりましたか」

「大尉が最初に我々の基地に来た時よりはかわいいがな」

 何を思ったのか、アート連隊長からの言葉を受けて、ニーナ軍曹がアプリコットに聞いている。

「少尉、連隊長が今言われた騒ぎって」

「ええ、私たちが赴任した時の話ですよ。基地に着くなり味方に銃を突き付けられましたから。大尉は両手をあげて赴任しましたしね」

「それって、どんな」

 そんな会話が聞こえたのか、アート連隊長は苦笑いを浮かべて俺に言ってきた。

「実を言うと、今朝、赴任中の空挺団の隊長から聞いていた。しかし、ここまで派手に色々と落とすとは思ってもみなかった。持ってきた中には車両もあるのだろう。凄いな」

「え、陸軍でも空挺団っていますよね」

「ああ、でも陸軍の空挺団は主に滑空機で強行着陸だ。だから、大物はあまり持ち込めない。強行着陸時の衝撃はかなりの物だからな」

「そうなんですか」

「ああ、それよりも帰還早々で悪いが、打ち合わせをしたい。早く基地を万全にしておかないとまずいからな。でないと、せっかく落としたこの基地が再度敵に奪還される危険性がある」

「それもそうですね。分かりました」

 俺が答えるとすぐに俺たちはアート連隊長に基地の中に連れて行かれた。

 いつも俺の扱いってこんな感じだな……






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