第314話 帝都でのお役御免
昨日の海軍さん訪問で俺の帝都での予定は終了したようだ。
殿下は、面白そうだからという理由で、俺を帝都に残そうとしていたそうだが、この企みはサクラ閣下とレイラ大佐率いる情報部のファインプレーで防がれたと聞いた。
特にサクラ閣下は、俺をここまで連れて来たくせに『何をぐずぐずしているんだ、さっさと帰らんか』と言わんばかりに、今朝一番に「海軍さんの協力で、この後すぐに輸送機を出してもらえることになっている。それですぐに帰れるな」と教えてくれた。
て、これってさっさと帰れっていう命令だよな。
まあ、俺もこれ以上面倒ごとに巻き込まれたくは無いので、サクラ閣下と同じ意見だが、それにしたってもう少し部下を労うとか無いのかな。
俺は、少なくとも今回の帝都訪問でも頑張ったと思うよ。
あの訳の分からん貴族院でもきちんと対応したし、その辺りをもう少し評価してくれてもいいのだがとは思うが、まあ、文句を言われないだけましなのかもしれない。
俺は今朝も殿下たちとの朝食を頂いて、空港に向かった。
結局アプリコットは三日連続で朝食が抜きだった。
彼女は貴族階級の出のはずだから、もう少しこういった場面に慣れているかと思ったのだがな。
俺の予想以上に繊細だったようだ。
俺とアプリコットの二人は皇太子府の公用車で、直ぐ傍の空港に向かった。
空港でも特別な待遇で、空港建屋に寄ることなく、駐機場まで車は進んだ。
車から降ろされると目の前に海軍が誇る最新式の輸送機がエンジンを回したまま待機していた。
俺たちが輸送機の脇に来ると、輸送機脇に待機していた二人の士官と、兵士数名が俺たちを迎えてくれた。
「グラス大尉とアプリコット少尉ですね。お待ちしておりました」
「お待たせしたようで。本日はよろしくお願いします」
「機内に案内しますが、今回の作戦の都合上、服の上からこの装備を付けてもらいます」
そう言って渡されたのが、どこからどう見てもハーネスだ。
これって、どういうことなの??
「今回皆様をご案内します最新式海軍輸送機の機長を務めますジーン大尉です。で、こちらが空挺団小隊長のマーケット少尉です。調査のため。私たち小隊が大尉たちを基地まで送ります。その後は、付近の調査の上、帰還する予定になっております。」
「帝都帰還までは2か月を予定されておりますから、向こうでは、私どもが大尉たちに色々とご面倒をかけしますがよろしくお願いします。」
え、どういうこと。
ひょっとして昨日中将が言っておられた協力の一環か。
だが、俺は何も聞いていない。
機内に入ると、輸送機はすぐに飛び立った。
海軍さんが自慢していただけに、この輸送機はかなり大きい。
あの北斗の発展改良型とは聞いていたが、ここまでくると完全に別物だ。
北斗は双発の輸送機だが、この輸送機は4発のエンジンを備えており、胴回りは北斗の2倍以上ある。
俺たちはコックピットの傍から機内に入ったが、どうも格納スペースには色々と詰んでいそうだ。
それに何より、一個小隊が同行していることになっているが、全く傍には見ない。
しかもだ、輸送機に乗る前に渡されたハーネスと、それを渡すときにあの小隊長がこぼした『作戦』という言葉。
絶対に嫌な予感しかしない。
もうすでに俺は帝都とゴンドワナの基地までの間を輸送機で何度も経験しているので、すっかりこの辺りの地形は見慣れている。
ジャングル中央飛行場に降りるのなら、この辺りで降下を始めるが、その気配が一切感じない。
まあ、今回の行き先は、その先の連邦国内であるから首都まで連れて行ってくれそうだ。
ここから首都までは陸上移動ではかなりの時間は取られるが、飛行機では直ぐだ。
帝都に向かう時にも首都の空港から飛行機に乗ったが、本当に直ぐだった。
それからしばらく時間は過ぎて行く。
オカシイ、絶対におかしい。
あそこから首都までは飛行機ならとっくに着く距離のはず。
だが、この輸送機は着陸するそぶりを見せない。
俺は外を見たら十分に高高度だが、眼下に首都の町が見えた。
ほら、首都上空に着いているじゃないか。
だが、未だに高度を下げようとはしていない。
そう思った矢先、徐々にではあるが輸送機は高度を下げて行く。
搭乗時に挨拶に来た空挺団の小隊長が俺たちの傍に来た。
「大尉。そろそろですね。今一度、装備の確認をお願いします」
「確認?」
「装着にゆるみがないかなどです。私も一緒に確認しましょう」
「私もですか」
俺の横でアプリコットが聞いていた。
「いえ、少尉は女性ですから、私が確認していると少々まずいことになります。でも、そこは抜かりがありませんよ。軍曹」
小隊長が格納スペースの方に向かって声を掛けると、扉が開き、空挺団の女性兵士が入ってきた。
「空挺団分隊長を務めます、ニーナ軍曹です」
「初めましてニーナ軍曹。私はグラス大尉の副官を務めますアプリコット少尉です。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「お任せください」
「しかし、これは何に使われるのですか。正直私は今まで見たこともありません」
「これはですね……」
そう軍曹が説明しようとしていると、急に大きな音が格納スペースの方から聞こえて来た。
ガラガラ。
ゴーーーー。
ガタン。
「何、心配ありませんよ。いよいよ作戦空域に達したのでしょう」
スピーカーから機長の声で号令がかかる。
「目標まであと5分」
すると今度は奥の方から大声で怒鳴る声が聞こえて来た。
「投下確認」
「1番、問題なし」
「2番、問題無し」
………
………
………
「15番、問題無し」
「投下物、全て準備完了」
何かを飛行機から投下するようだ。
もうこうなると、俺でもわかるが、アプリコットはまだ分からないのだろう。
かわいそうに、この後とんでもない目に遭わされると言うに。
かくいう俺も経験はないから同じなのだが。
「目標空域1分前」
機長が、また号令をかける。
「投下用意」
「投下用意完了」
「目標上空。状態グリーン」
「投下開始」
ドン。
ガシャン
ガラガラ。
ドン。
………
「え、何、何が起こったの」
アプリコットが少し取り乱している。
彼女の横にいる空挺団の軍曹が優しい声で彼女をなだめている。
「今回の作戦で必要と思われます機材を投下しているだけです。直ぐに終わりますよ」
すると、また奥から大声が聞こえて来た。
「すべて投下完了。問題なし」
「よう~し。今度は私たちですね」
ほら、やっぱり。
「大尉、それに少尉も、奥にご一緒に願います」
そう隊長の声は優しそうに聞こえるが、俺たちに有無を言わせぬ迫力もあり、ただ、黙って彼に従うだけだ。
「各自、状況確認」
「「「問題なし」」」
「カラビナ、装着」
そこまで小隊長が言うと、今までこの部屋と奥の格納スペースとを区切っていた薄板が取り除かれた。
「大尉、後ろが開いていますよ」
アプリコットが初めに目にしたのは、大きく搬入口を開いて、外が見える状態になった最後部だった。
「降下開始」
「行ってきます」
そう言いながら小隊員は一人ずつ、補助を担当してくれる兵士に一言かけてから、後ろの開いた搬入口に向かっていく。
どんどん人が飛び降りて、いよいよ俺たちの番になる。
「大尉~~」
心配そうに声を出したアプリコットに諦めろと気持ちを込めて声を掛ける。
「大丈夫だ。観光タンデムフライトだと思って楽しんでくると良い。直ぐに俺も行くことになるから」
「そんな~~」
「では、隊長、私も行きます」
「ああ、では地上で」
「降下します」
「ぎゃ~~」
最後にアプリコットの悲鳴が聞こえた。
確かに、これなら飛行場が無くてもここまではすぐに来れるが、しかし、それなら、輸送機に乗る前に一言あっても良かったのに。
小隊長は機内を確認して、小隊員に居残りが居ないことを確認後、補助の兵士に一言声を掛けて後ろに向かっていく。
「ありがとうございました。では大尉、参ります」
そう言うと大空に飛び降りて行った。
流石に今回は作戦だと言っても、素人が居る訳だし、それに無人で車両なども投下しているので、ある程度の高度からの降下だった。
これが空挺団が敵地に向かって突入する作戦時のようにぎりぎりに高度であったら、どうなっていたか。
空中にいる時間が少ないだけ俺たち素人には楽だったかもしれないが、減速時間が少なく突入時の衝撃は大きくなって、俺には耐えられそうにない。
そういう意味でも、空挺団は俺たちに気を使ってくれたのだろうが、同じ気を使いのならもっと別の方向で使ってほしかった。
例えば機材だけ投下後、首都空港に降りるとか。
直ぐに俺たちを繋いだハーネスはパラシュートが無事に開き、降下していく。
下を見ると、先に降りた連中が自分のパラシュートを片付け、先に落とした車両を取りに走っている。
うん、この人たちは精鋭だ。
本当に動作に無駄がない。
「大尉はご経験がおありでしたか」
「は?」
「いや、あまり驚いていないようですから」
「ええ、経験はありませんですが、タンデムフライト経験者を知っており、話をよく聞いていましたからね。ハーネス、あ、これハーネスで合ってますか」
「ええ、それで構いませんよ」
「そのハーネスを渡された時に、いやな予感はしたんです」
「嫌な予感ですか」
「あ、決して悪気は無いのですが、それでも素人がいきなりですからね。もしかしたらと思っただけです」
「そうでしたか。あ、そろそろ足を引っ込めておいてください。
着地します。転がりますから、そのおつもりで」
ドン、ゴロゴロ。
ふ~~、地上に就いた。
あ、アプリコットが壊れている。
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