第313話 大きな宿題

 帝都での俺はとにかく忙しい。

 翌日も殿下と一緒の朝食だ。

 かわいそうに、今朝もアプリコットは朝食抜きだ。

 彼女の目の前に朝食は準備されているのだが、あいかわらず喉を通りそうに無く、後で侍女にでもサンドイッチなどの軽食を頼んでおこう。

 流石に二日続けてはかわいそうだ。

 今朝もほとんど昨日と変わりなく、殿下との会話をしながらの朝食を終えて、この後の予定もしっかり組まれている。

 と言っても、今日は昨日までとは違いそれほど苦痛は無い。

 いや、今日の訪問先は海軍さんなので、きちんと前の応援のお礼をしないと人としてダメだろう。

 それになぜかしら俺って海軍さんとは相性がいいのだ。

 海軍さんと陸軍とは相変わらずの犬猿の中にあると言うのにだ、俺へは扱いが違う。

 一応、俺って陸軍の扱いだったはずだが、良い扱いなら文句も無い。

 まあ、うちの場合、サクラ閣下は陸軍扱いではあるが近衛の出身で、かつ、海軍との合同での軍団を指揮している関係で、他の陸軍とは絶対にありえないくらい海軍とは良好な関係を築いているが、それにしても異常だと俺も思う。

 俺のことを嫌っていないのだから、俺の方でも嫌う必要はない。

 たまに俺のことを巻き込むようなことをするのだが、それも愛嬌だと思っておこう。

 今日は昨日とは違いサクラ閣下は同行はしないが、彼女の副官であるマーガレットさんが一緒だ。

 その副官殿が、早速俺のことを睨んでいる。

 時間だからさっさと用意しろというのだろう。

 俺はアプリコットの方を見ると既に準備はできている。

 では参ろうか。

 しかし、それにしても今日はちょっと面白い発見があった。

 俺の副官と、マーガレット副官とでは明らかに対照的だ。

 アプリコットはめんどくさそうにしているが、緊張などはしていない。しかし、なぜかしらマーガレット副官は緊張している。

 やはり陸軍軍人が海軍省を訪ねるのには思う処でもあるのだろうか。

 少なくとも敷居が高そうには感じていそうだ。

 普段は偉そうに接してくるマーガレット副官は今日ばかりは大人しそうだ。

 これはちょっと面白いと思いながら、海軍省が入る建物の前まで来た。

 中に入るとすぐに出迎えが来てくれた。

 既に昨日の段階で訪問の件を伝えてあるから、分からない訳では無いが、それにしても扱いが段違いだともいえる。

 先日訪問した軍令部での扱いよりもいい感じだ。

 組織的にもこちらの方が一段下がるがそれにしてもだ。

 まあ、今の軍令部は陸軍の勢力下にあるからともいえるが、一緒にサクラ少将が居たのにも関わらずだから、本当に俺には海軍さんからの受けがいいこともこの時改めて感じた。

 俺も、アプリコットもおおよそ予測の範囲だから別段何も変わりがないが、マーガレット副官は違った。

 素早い出迎えに対してしきりに恐縮している。

 あの様子なら帰った時にまたしこたま皮肉でも食らうだろうな。

 今回の件での八つ当たりという奴くらいは覚悟してやろう。

 それくらいはできる、俺は大人だ。

 俺は陸戦隊の親分と、基地接収の際に、真っ先に応援に来てくれた空挺団のお偉いさんにお礼を言いに来たのだ。

 俺たちを出迎えてくれた人に従って海軍省の中に入っていった。

 俺たちは、絶対に俺たち相手では使われないはずのような豪華な応接室に通された。

 流石にこれは予測の範疇を超えている。

 今度ばかりは俺も含めて全員が緊張していると、目的の人たちが入ってきた。

 一番最後に入ってきたのが海軍中将であったが、助かったことにこの中将とは面識がある。

 そう海軍鎮守府の長官であったあの中将だ。

 中将と目が合ったので、最初に挨拶をしてみた。

「ご無沙汰しております、オーザック中将」

「ああ、大尉。暫くぶりとなるかな」

「ええ、中将とは、あの会議以来でしょうか」

 そう、あの会議とは作戦大綱の改定案の草案を検討する会議のことだ。

 第三作戦軍が大進攻作戦前にスパイの取り締まりと称して補給港を一つ完全に使い物にできないくらい壊した後、このような状況下では策定されている作戦大綱ですら使いものにならなくなっていたのにもかかわらず、一考に改定がなされないのにしびれをきたした海軍の一部が草案を作り、力技で作戦大綱を改訂させた件だ。

 俺が偶々鎮守府に遊びに言っていた時に雑談で補給の件が出たので、「それなら使っていない戦艦を擱座させて基地として使えば」と提案してみたことが発端だった。

 そこから徹夜で作戦大綱の草案を作る会議に巻き込まれたので今でもよく覚えている。

「まあ、今日は雑談しに来たのではないだろう。君たちもかけたまえ。落ち着いて話そうではないか」

「ええ、本日お伺いしたのは、私の元に貸し出してもらっている陸戦隊の件についてのお礼と、もうしばらくの貸し出しのお願い。それと何より、先日の素早い応援派遣の件で、空挺団の皆様に直接お礼を申しておきたかったからです。あの作戦は連邦軍指揮下にあったとはいえ、本当に快く私たちからの応援依頼を受けて下さり助かりました。心より感謝いたします」

「いやいや、予てから君には世話になっていたし、何より国益に直結することだしな。それよりも……」

 挨拶のつもりでお邪魔したはずなのに、気が付くと海軍の最高機密である今後の海軍戦略についての説明を受けていた。

 海軍としてはとにかくこの戦争をさっさと終わりにしたい意向がある。

 しかし、陸軍を中心とした急進派のような無理筋を考えている訳では無く、いや、海軍内にもあの急進派の行動に賛同している連中は少なくない数存在している。

 でなければ破壊された補給港に貴重なリソースをほとんど投入してジャングル方面への補給に支障をきたす羽目になるのだが、それでも海軍としては一挙に決着がつけばいいが、まず無理だろうと考えており、別の方策を模索していた。

 海軍から発案された今の作戦大綱に従って現状の維持から徐々に南下していく方針だった。

 しかし、ここに来てジャングル方面での大きな変化により、その作戦大綱にも少なくない齟齬が見られるようになっている。

 海軍としては次の戦略を作戦大綱から大きくずれることなく検討していくことにしているようだ。

 その戦略について俺に説明をしているのだ。

 誰がどう考えてもおかしいだろう。

 俺はそう感じていたが、どうも俺だけでは無く、ほとんど今日は機能していないマーガレット副官も驚いているし、こんな状況に慣れているはずのアプリコットも鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をしている。

 まあ、旧知の中将が直に説明してくださるのだ。

 途中で話の腰などを折れる筈も無く最後まで聞いてしまった。

 そう、海軍さんの考えを知ってしまったのだ。

 これは絶対に俺を巻き込む算段が付いているのだろう。

「と言った感じだ。どうだろうか。あの作戦大綱の発案者である君の意見を聞きたい」

 ほらきた。

 ここで俺が何を言っても一蓮托生が決まった。

 かといって何も言わない訳にはいかない。

 俺は周りを見渡したら、使いものにならないはずのマーガレット副官が俺を睨んでいる。

 彼女から『絶対に余計なことを言うなよ』という声が聞こえてきそうだ。

 俺は慌てて目をそらしてアプリコットの方を見て助けを求めようとしたら『大尉の責任ですからね』という心の声が聞こえて来た。

 責任って何だよ。

 俺はまだ何もしていない。

 俺も心の中で叫んだが、ここでの沈黙はまずい。

「そうですね。あの補給港へは、連邦が確保した基地からは十分に射程圏内だと私も思います。しかし、あの補給港はどんなぼんくらでも重要拠点であることは認識していることでしょうし、それなりに防御もされているでしょう。難攻不落とまでは行きませんが、固い砦を少ない損失で落とすには定石では兵糧攻めと聞いております。まずは制海権を取ることからでしょうね」

「ああ、だがその制海権が問題だ。我々の基地からだと距離がある為そう簡単には行きそうにない」

「でしょうね。順番としてはまず制空権を取ってから余計なリスクを取り除き、艦船の投入が望ましいかと」

「ほう、君は海戦にも造詣があるのだな。どうだ、いっそのこと海軍に転籍しないか」

「前にもお誘いいただきましたが、あいにく私は志願兵でないために移籍転籍はできないのだそうです」

「ああそうだったな。戦地特別任用だったか。君のことを知っておれば海軍がそれを適用したのにな。実に惜しい事だ」

「ありがとうございます」

「ああ、それで、今君の言った制空権だが、我々もそれを考えたのだが、あいにくどの基地からも距離的に無理がある。所で話は変わるが連邦の首都にあるあの立派な空港は君たちが作ったんだよな。サクラ閣下が本部を置いている空港の拡張も……」

 今の一言で、俺にも閣下の要求が見えて来た。

 連邦が押さえているあの基地周辺に空港を作ってほしいと言うのだろう。

 しかし、空港だけを作っても意味をなさない。

 空港までの補給路の整備が無いと、できても以前の場外発着場のようなものしかできない。

 まあ、制空権確保のための一時しのぎであれば使えなくもないが。

 海軍さんであれば陸にある動かない航空母艦としての位置づけにできれば御の字だとでもいうのだろうか。

 まあ、話の続きを聞いてからだな。

 だがその前に認識の間違いを修正しておく。

「いえ、閣下。ジャングル中央空港の拡張工事につきましては我らの仲間である、特別工兵連隊がというより、サカキ連隊長の指揮の下拡張がなされました」

「ああ、そうか。でも首都の空港は君たちなんだろう」

「ええ、その認識で間違いはないかと」

「どうだろうか。連邦軍が押さえている基地の傍にも空港はできないだろうか。いや、決して無理を言うつもりはない。だが、挑戦してくれるのならこちらでもできる限りの協力は惜しまないつもりはある。何より、空港ができたら、海軍の責任において定期便の運航を約束しよう。これなら決して君たちにも益の無い話では無いだろう」

 海軍としてはあそこに航空基地を置いて、海上に展開する機動部隊とともに制空権を本気で取りに行くつもりのようだ。

 だが、今まで話を聞いた限りでは決して無理のない戦略だ。

 問題は基地への補給路だけだろう。

 だが、航空隊の基地があろうがなかろうが補給路の確保は急務になる。

 あそこは共和国の基地であった場所だ。

 目的の補給港までのルートは整備されているが、俺たちの側へのルートはまだ未整備だ。

 海軍さんも協力してくれるのなら、受けない手はない。

 と言うか、もうここまで聞かされては俺の選択肢は『Yes』か『了解』もしくは『快諾します』の三択だろうか。

 選択肢が無いだろう。

 まあ、どのみち俺の移動のために簡単な飛行場は作ろうかとは思っていたし、その場で快諾した。

 それと同時にお願いを一つしている。

「分かりました。閣下のご依頼をお受けします。どこまで出来るかはお約束できませんが、精一杯努力することだけはこの場でお約束します」

「おおそうか。こちらとしてもできる限りのことを約束しよう」

「そうですか。なら、できることなら皇太子府に海軍からの要請として依頼していただけませんか。私は現在殿下傘下の部隊に所属している関係で、皇太子府からの命令があれば動きやすくなります」

「おおそうだな。 あの辺りについては、今後は連邦との共同作戦も考えないとまずいしな。

 ………よし、分かった。殿下と直ぐにでもあって、皇太子府と共同して次の作戦を練るとしよう」

 結局、今回の帝都訪問でも大きな宿題を貰ってしまった。

 まあ、今回の宿題は俺の趣味の範囲だからいいが、でも、サクラ閣下がなんというかな。

 今のマーガレット副官の様子を見るとちょっと心配になった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る