第312話 とばっちり
翌朝から地獄が待っていた。
俺の目の前で、にこやかに皇太子殿下が朝食を美味しそうに食べている。
食べながら隣にいるサクラ閣下と何やらにこやかに話しているのだ。
この部屋で、殿下と一緒に朝食を食べているのはちょっとしたメンバーだ。
レイラ大佐だって小者に見えるくらいだから、絶対に俺なんか場違い以外何物でもない。
そう、これはいわゆるブレックファーストミーティングという奴だ。
問題なのは、なぜ俺が殿下とブレックファーストミーティングをしなければならいかという奴だ。
そもそも俺は関係ないだろう。
………
当事者だって、そんなの俺の直属の上司が殿下のお隣にいるのだから、それこそ俺を呼ぶ必要がない筈だ。
ところが、こうなったのには訳があった。
早速、俺が昨日仕出かしたことになっている貴族との喧嘩が殿下の元に伝えられたということだ。
伝えられたのも昨日遅くなっていたようで、サクラが翌朝、朝食でも取りながら詳細の聞き取りをすることを決めたら、それなら一遍に済ませようと殿下が昨日のうちに今朝の段取りを済ませたという話だ。
尤も殿下はフェルマンさん辺りに一言いうだけだろうが、いい迷惑なのは朝からお偉いさんに囲まれて朝食を取らされる俺の身にもなって欲しい。
当然俺の副官も割を食う訳で、今もおいしそうな朝食を目の前にして固まっている。
「大尉、先の説明だと先方から申し込まれた会談を近くの会議室で行ったということか」
「ハイ、閣下。貴族院の担当者から訳の分からない説明を聞かされた後、直ぐにあの人たちに捕まりその場で本当に近くの会議室に連れて行かれました」
「大尉、済まないがもう一度その会議室での内容を説明してくれないか」
「ハイ、殿下。私もあまりに回りくどくて詳細には分かりませんでしたが、内容的には昨日の裁判を取り下げろという話で間違いありません。私の副官にも確認しましたが、それ以上の内容は無かったかと」
「アプリコット少尉。今の大尉の説明に相違ないか」
「ハイ、閣下。相違ありません。とにかく『お前ら風情ならどうとでもなるから、さっさと取り下げろ』と言った感じの脅しでした」
「え、俺、脅されていたの?」
「「は~~」」
「大尉、貴族の会話では、あれほど強い脅しはありませんよ。なにせ最後には男爵風情がどうとかまで言っておりましたからね」
「ああ、そうだったな」
「コホン、その辺りで戻ってきてはくれないか」
「すみませんでした、サクラ閣下」
「それでだな、大尉。その件だが、君の対応も聞かせてくれ」
「ハイ、男爵風情の私では話になりませんから上司に直接話してくださいと、言いましたら、先方は急に怒り出して部屋から出て行きました。それで会談も終わりました」
「アハハハ、実に滑稽だな。本当に君は素晴らしいよ。これほどの返しは無かっただろう」
俺の返答に殿下は笑いながら賛辞を送ってきた。
だが、俺には何故褒められていたのか全く心当たりが無いので、只々恐縮してその場は終わった。
その後も話し合いは続いたが、その後はこの後のゴンドワナにおける戦略についてだ。
ああでもないこうでもないと色々と話は続いていたが、俺は関係が無いのでゆっくりと食事をしていた。
流石にこの辺りまでくると俺も落ち着いたというか、放って置かれたのが幸いしたのか、とにかく食事を楽しむ時間ができたのを喜んだ。
アプリコットは相変わらずだが……
結局、今回のブレックファーストミーティングでは結論が出せずに今後の課題として認識された。
今回の会議は何だったのだろうか俺には分からずじまいだったが解放され……る筈がなかった。
その後俺はサクラ閣下に捕まって、今度は軍令部に出頭することになった。
帝都の官庁街にある建物の中でもひときわ立派な国軍総司令部にある統合作戦本部応接室に通された。
俺だけなら待たされるどころかここまで連れて来られることも無い位の場違いな場所だ。
この辺りまで用事で来るのは、お隣にいるサクラ閣下のようなクラスだけだろうが、何故かしら俺まで呼ばれた。
応接室に入り待つこと……いや、待つことは無かった。
ありえないだろう。
何と応接室の中には統合作戦本部 副本部長のトラピスト伯爵が彼の幕僚と一緒に俺たちを待っていた。
「久しいな、サクラ少将」
「ご健勝な義、何よりです、副本部長閣下」
「今日は娘は一緒じゃ無かったか。確か君のところに居る筈だが、知らないかね。あ、私事を入れてしまいすまなかった。これでは親ばかだな」
「ええ、お気になさらずに。それにジーナ少尉については良く存じております。が、私よりも彼の方が少尉のことに詳しいかと。現在、彼の部下としてアプリコット副官と一緒に彼をサポートしてもらっておりますから」
急に目の前のお偉いさんの形相が代わり、俺の方をにらみつける。
「どういうことかね」
かなり怖い声を出して、サクラ閣下に説明を求めている。
サクラ閣下の許しを得てからマーガレット副官が簡単に経緯を説明していた。
副本部長は納得いかない顔をしていたが、自身の仕組んだ意地悪が巡り巡っただけの話で、サクラたちがジャングルで朽ちるのを待つ計画で、新人しか要求された補充を回さなかった結果だ。
元々から士官学校生徒からは圧倒的な人気を誇る花園連隊に女性なら配属を望まないものは居ない。
しかも、それなりの実績が無ければ配属されないところが、急な増員のために新人の多くが配属されると聞いてはそれなりに自信のある者なら配属を望む。
当然ジーナもその一人だった。
また、急進攻勢派としては、新人ならばノーチェックで配属させたため、副本部長のご息女と知らずにジャングルに送ってしまったわけだ。
説明を聞いて現実を見た副本部長はやっと俺の方に向き直り、言葉をかけて来た。
「やっと会えたな、大尉。帝国の新たな英雄を推挙した身としては鼻が高い。君の働きには感謝している」
急進攻勢派が仕出かしたことにより、帝国内での勢いはかつてほど強くはなくなったが、それでも副本部長が責任を問われていないのは、現在の帝国の躍進の立役者に繋がるものがあったためとも言われている。
本来彼らの計画ならゴンドワナ大陸内での一大作戦の成功により、『副』の字が取れる筈だったが、現状は据え置き。
また、あの失態により責任を問われた彼の部下が多くいる中、現職に留まれているのもグラスの功績のおかげとも陰口を叩かれているから、ある意味死に体に近いのかもしれない。
「伯爵のことはジーナ少尉より聞いております。私を軍に引き込んだことを最初に詫びられましたから」
俺のこの一言で、伯爵の俺を見る目に変化があった。
もう完全に敵を見る目だ。
そんなことは俺も初めから分かっているし、俺の原因ではないが、結婚前の貴族の令嬢の素っ裸をはっきりと拝んでしまった事実はある。
貴族としては俺を亡きものにしたいのはある程度理解できるが、俺も命は惜しい。
大人しく死んでやる義理は無い。
今日は、俺たちをここに呼んだのも俺を直接捕まえると言う訳ではなさそうだ。
なにせ、俺の上司であるサクラ少将も一緒だ。
俺たちに何かできるはずも無い。
直ぐ傍に殿下もいるので、少なくとも俺に対してできることと言えば帝都内では暗殺位が関の山だろうが、帝都の治安にも一部責任のある副本部長にはそれもしにくかろう。
まあ、今日呼ばれたのはゴンドワナにおける戦略を根本から見直す必要があり、あの地に功績を残しているサクラ少将から状況を聞くためだそうだ。
彼らの当初の計画ではゴンドワナ西側の平原で、一大作戦を行い、敵共和国を南に追い立てて行き、ある程度の勢力を築いた後に、ジャングル内を掃討すると言ったものだった。
はっきり言って補給一つ取っても無謀の一言に尽きるが、こんな戦略なら敵である共和国の方がより現実的であり、現在その敵の戦略を逆に俺たちが行っているようになってしまったようなものだ。
共和国は、ゴンドワナ大陸東側のジャングル内を抜け、側面から帝国を叩くといった戦略だったそうだ。
最初の鉄砲水で、その計画が頓挫したのは運がないが、その後がまずすぎる。
正直言って敵軍の考えている事は良く分からない。
キャスター幕僚長のような優秀な軍人も多くいるので決して侮れない存在なのだが、あの黒服の連中のように、『こいつら本当に勝つ気あるのか』といった行動をとる連中も多くいる。
黒服のおかげで、俺たちが優位に立てているのではとすら思えるのだ。
現に第一作戦軍ではいまだに一進一退と言った状況で変わりがないし、第二作戦軍とて優位に立ったとは聞いていない。
マーガレット副官は、殿下の構想がまだ完全に決まっていない状況であることもあり、現状の説明だけに留めているようだが、東側への介入だけはさせないように釘を刺していた。
「将来的には、連邦軍と一緒に敵軍港のある町までの進軍はあるでしょうが、まだ詳細はまとまっておりません。しかし、既に検討段階に入っておりますので、西側からの攻撃については御控え下さりますよう殿下からもお言葉を貰っております」
国内にいる宿敵と言ってもいい勢力の親玉との話し合いは終わった。
しかし、俺には関係ない話なのに、勝手に俺を巻き込まないでほしい。
俺のいないところで勝手にやってほしいものだ。
聞くところによると相変わらず、帝都は微妙なバランスの上にありそうだ。
前に一触即発にまでなった陸軍対海軍の影響が完全になくなっていないと言うのに、前よりもかえって状況が複雑化したとか。
前は急進攻勢派と穏健内政派との二つが争っていただけなのに、そこに殿下率いる派閥と、貴族に一部がゴンドワナ内に領地獲得に動いているとかで、ますます魑魅魍魎の世界だ。
本当に俺の居ないところでやってくれ。
くれぐれも、俺にこれ以上のとばっちりがこないことを祈ろう。
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