第311話 『はい』と『いいえ』
結局その日は、かみ合わないまま問答を続けて終わった。
殿下やサクラ閣下は消化不良のようなモヤモヤ感を残して時間切れとなった。
グラスたちと言ってもほとんどグラス一人だけだが、ひょうひょうとしていたが、それも翌日には立場を変えて、モヤモヤ感を持つに至る。
翌日朝一番から、皇太子府内の大会議室において、非公開となっている軍事法廷が開かれた。
グラスは原告側として中央付近のお誕生日席のような場所に座らされた。
原告被告両方の代理人から色々と質問を受けたが、その両者からも『はい』と『いいえ』しか問われていない。
少しでも言い訳のような補足を加えようとすると、すぐに発言を止められ、言いたいことの半分どころか一割も言えなく、法廷は閉じられた。
どうも、出来レースのような雰囲気があった。
被告の参謀はかなり落ち着いている様子だったが、彼の弁護人は終始焦っているようで、被告の無罪要求よりもその他へに波及を恐れている様だった。
「あの弁護人は本当に弁護する気があるのでしょうか」
暇なのか俺の隣で座っているアプリコットが俺に聞て来た。
「ああ、弁護と云うよりも、これ以上この件をつつかれたくないように感じるな。それよりも、あの参謀の態度の方が気になるよ」
「ああ、あの人ですか。あの人クラスなら、情報部に簡単に落ちたのでは。多分、司法取引が済んでいますよ」
「司法取引? ああ、情報を渡す代わりに減刑を求めるやつか。でも、身分をはく奪されそうだけれど、それも納得しているのか」
「ええ、確かに偽の命令を私たちに渡しただけですが、それ自体大罪ですよ。死罪が適用されても文句は言えませんね」
「そ、そんなに……」
「ええ、ですから私たちも簡単に騙された訳ですよ。命令自体がおかしいとは思いましたが、まさか偽の命令だとは思いませんでしたからね。だからこそ分からないのが、そんなずさんな命令を何故出したかと云うことです」
「ああ、それなら今の説明を聞いておおよそ見当がついたよ。後、あの弁護人のおかしな態度についてもね」
「大尉、どういうことですか」
「俺の予測だけど良いか」
俺はそうことわってからアプリコットに説明してみた。
そもそもそれほど大それたことをあの参謀の一存でするはずがない。
理由が無いのだ。
喩え俺が気に入らないからと言っても、それをやるにしてはリスクが大きすぎて割に合わない。
自分の死と引き換えなんか、まずありえない。
ということは、もっと上層部が関与しており、俺たちの行動で、かなりのメリットがその上層部に得られるということしか考えられない。
大方、俺の失敗を理由にサクラ閣下を貶めて、あわよくば殿下の権威でも傷をつけると言ったところか。
どうも、全ての説明を聞いていたら、本来ならば俺たちは全滅の憂き目に遭っていないといけなかったらしい。
仮に幾人かが生き残っても、大隊一つを無謀な作戦で全滅させれば責任を追及できる。
しかも、これ程の失敗なら管理責任までも簡単に追求できるから、それによるメリット……流石にそこまでは俺にもわからないが、それがあるから組織ぐるみで仕組んだ謀略なのだろう。
あの弁護人はその組織への追及が来るのを恐れているのだ。
そこまで説明してみると、アプリコットも思い当たるものがあるのかしばらく考えてから俺に言ってきた。
「でも偽の命令の事実は消えませんが……」
「そんなの簡単だよ。あの参謀に責任でも押し付けてごまかせば、良いだけだ。ただでさえ、俺たちへの責任追及で忙しくなっているんだ。そんな細かなとこまで誰も気にしないよ。もし、俺が死んでいればなおのことだ。死んでいなくとも、そっと殺しに来たのかもしれないな」
「え~~、そんなこと」
「ありえない話じゃないさ。もし、敵さんの計略通り事が進んでいれば、文句を言うのは俺たちくらいだけだろう。世論が、敵さんの思惑通りに進んでも法廷でも開かれれば俺たちの話をまともに話を聞かないといけないから、俺って相当邪魔な存在になるのだろうな。尤も法廷では、今日のように何も言わせないこともできそうだが、それでもだ。 俺が死ぬのが一番さ」
「でも、そうなると、あの参謀はどちらにしても……」
「誰もが偽命令に気が付かなければ無事に論功行賞にあやかれるかもしれないが、所詮は小者だ。切られるのがおちさ。俺のようにね」
「となると……」
「ああ、最悪なのが作戦が成功した場合だ。この場合も、今度は偽の命令だとか騒いで、俺たちを貶めることもできない話では無いが、今回はダメだ」
「何故?」
「だって、俺たちは連邦国軍に協力こそすれ、偽の作戦については命令先の消滅のために何もしていないことになるから、責任の追及が難しい。しかも、目の上のたん瘤だった敵基地を連邦国軍に占領されては、どうすることもできないだろうな。尤も、誰もこんな結末なんか想像できそうにないから、運が無かったとしか言えないかな」
「運の一言で片づける気か」
俺たちの会話を横で聞いていたレイラ大佐がボソッと零した。
法廷そのものは、茶番を繰り返して無事終えた。
多分、あの分ならすぐにでも判決は出るだろうが、俺には関係が無いそうだ。
なのだろう、もう俺の出番は無いと言われた。
下手に法廷に出して余計なことを言われたくないと言う大人の事情があると言う。
しかも、原告被告の両方から出された要望だとか。
だったら俺を呼ぶな。
そう言いたかったが、流石に俺も大人だ。
事情くらいは呑み込んでやろう。
それで、帝都からも無事に解放かと思ったら、ほとんど帝都に顔を出さない貴族ということで、あっちこっちからお呼ばれしている。
ただの茶会程度ならぶっちするのだが、なぜかしら貴族院からもお呼ばれされており、そちらに向かう。
流石に俺のことをよく知る人達は、俺一人を野放しにする筈も無く、フェルマンさんの部下の一人と、アプリコットを連れて貴族院にまで出向いた。
受付から直ぐに会議室に通されて、偉そうな人と面会した。
結局、俺を呼んだこの人は、何を言いたいのか最後まで分からない説明を聞かされて、会議室を追い出された。
「結局、何をしたかったのだ、貴族院は」
「ヘルツモドキ男爵。確かに男爵のお気持ちは良くわかります。正直私もよくわかりませんでしたね」
フェルマンさんの部下はすまなそうに俺に謝るように説明してくれたが、その説明でも要領を得ない。
俺たちが貴族院の建物から出ようとしたら、ある貴族からかなり強引にお呼ばれされて、応接室の一つに通された。
そこで、慇懃な挨拶の後、本当にこいつは何を言いたいのだと言いたいくらいの回りくどい世間話の後にやっと本題を切り出してきた。
それも、かなり回りくどくて俺にはよくわからなかったが、アプリコットやフェルマンさんの部下の非常にわかりやすい解説で俺にも理解できた。
早い話が、今やっている軍事法廷の訴えを取り下げろと言うのだ。
俺にも良くわかないのだが、ああいう軍事法廷って、いくら原告側が言っても取り下げなんかできるものなのか。
「いいえ、大尉。これは一般社会で言う刑事裁判のような性質があります。犯罪が立証された以上、こちらからの申し出で取り下げなんかできないでしょう」
「親告罪のような性質もありますが、今回は殿下がかなり乗り気ですので、できましたら余計なことは……」
流石に殿下のところから派遣されてきた人だ。
俺に余計なことをさせたくないそうだ。
まあ、俺自身も良く分からないことにこれ以上関わりたくもない。
「すみませんが、そちらの希望には添えない」
俺がそういうと、お付きの人が急に怒り出してきた。
「男爵風情が何を言うか」
「こちらが下手に出ているからと言って、我らを舐めているのか」
あら、いやだ。
男爵風情だって。
こちとら、そんなこと一瞬だって思ったことは無い。
「すみませんね、男爵風情で」
俺の返しに余計に血圧が上がったようで、このとき俺に対して放たれる言葉はもはや言葉にすらなっていない。
だが、流石に余計な敵を作る訳にもいかないので、一応は言い訳を試みる。
「男爵風情な身分なので、私の判断だけで今回のような訴えなどできませんよ。私は、お偉いさんたちに利用されているだけなんです。一応、私の上司はサクラ少将ですし、その上が皇太子殿下になりますので、そちらに話を持っていかれた方がよろしいのでは。とにかく、今回の件で私にはなに一つの発言権すらありませんから」
「そ、そ、そんなはずあるか」
どうにか言葉として聞こえた。
「そうお思いになるのも分かりますが、法廷でも『はい』と『いいえ』しか私には許されておりませんでしたし、とにかく周りから余計なことを言うなと釘を刺される身分ですので。一応、身分は男爵となっておりますが、軍人の世界ではそれ以下の尉官でしかありませんから。知っておりますか、軍人の世界で尉官がどれほどのものかを。理不尽な命令を一切の文句すら言えずに従わないといけないのですよ。それでいて、命令を達成してもなぜかしら怒られる、そういう身分なんですよ」
あ、自分で説明していて、なんだか腹が立ってきたな。
でも、確かに、今までも相当理不尽な目に遭っているのは事実だ。
それをここで説明しても、恵まれた環境にある貴族の方には分からないだろうな。
無駄とは知りつつ、もう一度説明したら、みんな怒って部屋から出て行ってしまった。
結論、今回貴族院に呼ばれたのは、あの人たちを怒らすためだったとか。
………
そんな訳あるか~~。
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