第310話 戦闘経験が無いだと
殿下は手にした資料をめくりながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「まず、あの作戦だが……と言っても、作戦自体が理解できないのだが、説明はできるよね」
殿下にそう言われれば答えない訳にはいかない。
俺は、威力偵察を命じられてからの経緯と、キャスター幕僚長への応援依頼について説明を始めた。
「幸いなことに私はキャスター幕僚長とは初対面の時から良好な関係を築けておりましたし、そのキャスター幕僚長が良く知る基地への威力偵察を命じられ、少々困っておりましたから、私の判断で助力をお願いしました。最低でもいくつかのアドバイスや注意事項でも貰えたらと」
「困った事? 何のことだ」
「ハイ、威力偵察を命じられましたが、私にはできません。能力が圧倒的に足りません」
「それはそうだ。誰がどう考えても、あの時点で帝国側がつかんだ情報では、あの基地には一個旅団以上の部隊が駐屯しているんだと分かっていた。そこに一個大隊で威力偵察なんか、それこそサクラ少将が花園連隊を率いていたって無理だろう。サクラ少将はどう考える」
「ハイ。軍事的な常識から考えて、その命令自体があり得ません、殿下」
「そういうことだが、君は何を考えていたのか。勝手に連邦を巻き込んで戦闘でも起こそうとしたのか」
「いえ、そんなことではありません。はっきり言いますと、それ以前のお話です」
そこから俺は殿下たちに説明を始めた。
「すると何かな。今回の場合、君は命令を実行するつもりはなかったと」
「いえ、違います殿下。実行できないと申しております。また、その旨を先に私に命令を持ってきた参謀殿にも正直伝えております」
「悪い、もう一度説明してくれないか。何を言いたいんだ」
俺は嫌がらずに、威力偵察についての自分の認識から説明して、俺たちには反撃から相手の能力を見極める素養の無い事を説明した。
「ええ、私は命令があれば部下に攻撃を命じることはできますし、今回それを命じましたが、私たち大隊に下された命令は敵基地への攻撃でなく、威力偵察でありました。しかし、私には相手の攻撃から相手を見極めることなどできません。そもそも我々には、こういった戦闘の経験すらありませんから。先の参謀にもその旨を話して軍監の派遣を要請しましたが、それも聞き入れてもらえませんでした。本部に連絡して大隊長であるサクラ閣下に相談したくとも全く返信が無く、命令自体が秘匿命令で無かったこともあり、軍事面において経験豊富なキャスター幕僚長に手助けを頼んだのが始まりです」
俺のここまでの説明で、どうにか話を進めることができたので、キャスター幕僚長との作戦に入った経緯まで説明して話を終えた。
「う~ん。君の話を理解した訳では無いが、とりあえず共同作戦に入った経緯は分かった。ここまでで、サクラ少将には何かあるかね」
「いえ、私もここまでの話は直接本人及びキャスター幕僚長から聞いておりますから」
「次にだ。敵への攻撃についてだが……」
殿下はそう言いながら先の報告書の束をめくり、内容を確認している。
「歩兵大隊が敵機甲中隊相手に奮戦するのは無い話では無いが…… 大抵の場合、歩兵大隊の方が負けているよ。だが、今回の場合、君たちは圧勝だ。しかも相手を全滅させてなおかつ被害が0とは驚きだが、使った弾薬もすさまじいな。まあ、弾薬使って被害を押さえられるのなら、今後は参考にしていきたいが」
「戦闘の経緯を詳しく報告してくれないか、大尉」
「知りません」
「「は??」」
「大尉、そういうところだ。殿下の御前だぞ。冗談はやめてもらおうか」
「ですから私は何も知りません。と言うか、何も見えてませんでしたね」
「すまない、大尉。何を言っているのか私にはよくわからないが…… そういえば通訳だったっけ、アプリコット少尉。 悪いが大尉が何を言いたいのか通訳してくれないか」
「そうだ。アプリコット少尉。君から戦いの経緯を説明してくれ」
「ハイ、ですが私から説明しても変わりないかと」と言いながら、バカ丁寧にあの時の戦闘行為について説明していった。
当然の話だが、目の前にいる二人は全く理解できていない。
本当に知りたい情報がどこにもなかったからだ。
誰も、自分の部隊が大砲や迫撃砲を撃つのは分かるが、説明がそれだけだと、こいつ何を言っているんだ、
何を隠している。
などと余計に疑問がわく。
だが、本当に何も見えていないグラスやアプリコットにはこれ以上の説明ができない。
「ちょっと待て。先ほどから説明しているようだが、私の知りたい内容が入っていない。君たちは相手にどんな攻撃を掛けたというのだ。そもそもそんな戦闘行為があるのか」
「は? 私は戦闘をした覚えが無いのですが。陽動行為が閣下の言う戦闘になるのなら私は陽動しか命じてませんが」
「な、何を言い出すんだ」
「そ、そ、そうだ。殿下のおっしゃる通りだ。どこの世界に陽動で敵機甲中隊が全滅するのだ。相手が勝手に自滅したとでもいうのか」
「自滅ですか。自滅と言えば自滅と言えるのでしょうかね。正直、弾薬を使い始めた時に辺りは大分暗くなっていたから、敵については全く見えていませんでした。ですので、敵について何を聞かれても分かり兼ねます」
「分かり兼ねますって、そんな戦闘なんか聞いたことないぞ。君は戦闘行為を何と考えるのだ」
「何と考えると申されましても、私は無理やり軍に連れて来られたから、教えられませんでしたし、正直今の今まで経験がありません。強いて言うのならドラマで演じられているようなかっこの良いやつでしょうか」
「き、貴様。戦闘のどこがかっこよいと言うのだ」
「サクラ少将、落ち着いて。しかし、今、凄いことを言われたようだが。戦闘をしたことが無いだと」
「ええ、おかげさまで今まで経験せずに済みましたね」
俺のこの一言で、周りが固まった。
ほんのわずかの時間だが、完全に固まった空気の中をやっとの思いで、殿下とサクラ閣下がアプリコットを見た。
いや、表現がそれでは足りない。
睨みつけたとでもいえばいいのだろうか。
だが、アプリコットは驚いてはいたが、冷静に振り返ってみて、学校を卒業してから自分も経験していないことに気が付いた。
そこで、二人に向かい、静かに頷いて見せた。
「そういえば、銃の発砲こそ許しましたが、部下たちはマガジン一つも使っていないはずです。コンバットナイフは町の制圧時にちょっとばかり使ったみたいですが、あの時も部下には被害は出ませんでしたから、ひょっとしたら私は運が良いのでしょうか」
「アプリコット少尉。大尉の言ったことに……」
「ハイ、殿下。偽りはありません。私が記憶しているだけで、先の作戦まではわが大隊は訓練を除くと、ほとんど武器の使用経験はありませんでした」
「ああ仕事のほとんどが土方だったからな」
「では、今回のことは……」
「ですから陽動だったのです」
「あの弾薬の使用についてはどういう……」
「ええ、沢山の弾薬を持たされましたから。ですが、それをもってジャングル内をうろうろするにはあまりに危険。こちらに敵の目を向けさせるために使うのなら、全部使いきってからの方が安全と判断しました」
「だからなのですね、大尉」
「どういうことだ、アプリコット少尉」
アプリコット少尉は、あの作戦前に再三に渡り俺が注意していたことを二人に話して聞かせた。
「弾薬を使いきれだと」
「命中させる必要がないから、とにかく早く使いきれだと言うのか」
「ええ、とにかく素早く弾薬を使いきって、身軽になってから逃げようかと考えておりました」
「ちょっと待て、大尉。あの基地前の砲撃は何だ。あの恫喝行為はなんと説明するのだ」
「サクラ少将。恫喝行為とは聞き捨てならないな。報告に無かったが、どういうことだ」
殿下の問いにサクラ閣下は必要以上に誇張して説明していた。
帝都のギャングでもしないようなあくどく恐ろしい恫喝行為だと言って。
ちょっと待ってほしい。
どこにそんなことをする小市民が居るのだと、抗議したかったが、流石に殿下の前で将官の説明を遮ってまではできない。
今は悔しいが、サクラ閣下の言いたい放題が続く。
「やっとわかったよ。何故、敵が反撃の一つもせずに無条件で降伏したのかということが」
「ええ、いくら過去の英雄が来ているとはいえ、基地内の意見がまとまる筈はありません。しかし、大尉の恫喝により上層部はさっさとしかも全員が逃げ出したために無血開城となったものと考えております」
「今の説明に何かあるかね、大尉、少尉でも構わないが」
「いえ、その通りかと」
「え、え、そんなはずないでしょ。私は恫喝なんか今の今までしたことはありませんよ」
俺の一生懸命な言い訳も目の前の二人には、いや、味方であるはずのアプリコットを含め俺以外には全く届くことは無かった。
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