再びの帝都へ、騒乱の予感が

第308話 暗雲がみえる

 バスの運転手、もとい、亡命希望者の運送の仕事を終えても俺たちは暇にならなかった。

 この基地には大きな問題を抱えていた。

 基地の設備に関しては、何ら不満は無い。

 それもそうだ。

 この基地にはポッケナイナイのために共和国のお偉いさんが多く赴任してきていた。

 当然彼らのために色々と施設は充実してくる。

 俺にとって唯一の不満があるとすれば風呂の無いことくらいか。

 この世界の常識では風呂が全くないことは無いのだが、風呂につかるのなんて貴族や上流階級の人の道楽だというのだ。

 庶民も風呂に入ることはあるが、それも趣味の領域で、あまり一般的でない。

 庶民に限らず、貴族たちも余暇、リクリエーションとして風呂を楽しむが、普通の生活ではシャワーで済ませている。

 だが俺にとってそれは不満の種だからそのうち、またここにも作るが、俺が今言っている問題とはそんなものじゃない。

 肝心の問題というのが、防衛上の問題を抱えているのだ。

 俺たちがバスの運転手をしている頃からアザミ連隊は総出でその改善に取り組んでいた。

 何がそんなに問題かというと、警戒する方向に大きな問題を抱えていた。

 もともとここは最前線の基地としてそれなりに、いや、充分に防衛機能を持っていた。

 しかし、その防衛していた方向に問題がある。

 俺たちがこの基地に来るまでは、この基地の敵は北側からしか来ないので、当然北側からの攻撃に対して十分な対策を取られていた。

 ジャングル内にあるにもかかわらず、基地前方の木々を切り倒して2kmにわたる平原を作っていたし、またその平原に現れた敵を倒すための武器も十分に備えていた。

 しかし、俺たちにとって北には味方しかいない。

 逆に南側には敵の補給基地もある。

 だが、この基地の防衛体制は南には全く無いのだ。

 現在、アザミ連隊が総出で、北側にある大砲類を移動している。

 だが、問題はそれだけでない。

 北側は2㎞にわたりジャングルの木を伐採しているのに、南側は100m先からジャングルが始まっている。

 これなら南側から攻められれば、レンジャーなら100m近づくまで気が付かない。

 結果、簡単にこの基地は落とされる危険があると言う訳だ。

 当然俺たちのやることは決まっており、南側も北側同様に2km先くらいまでのジャングルの木を伐採して、見通せるようにしておかなければ、せっかく大砲を南に向けてもほとんど役に立たない。

 現在、大砲の移動をアザミ連隊が受け持っており、連邦軍は付近の偵察を行っている。

 こういう土方作業は俺たちにお鉢が回ってくるわけだ。

「ということで、これから開墾作業に入ります」

 俺がみんなに向かってそう命じると、あきらめ半分の文句が返ってくる。

「どうせこうなるかとは思ったけど、最悪の仕事が回ってきたね」

 山猫さんたちは何回も俺からの突飛な命令に慣れているからこれくらいの文句で済んでいるが、新兵たちは一様に驚いている。

 文句があろうとなかろうと、俺たちのやることには変わらない。

「突然、敵の黒服に寝首を掻かれるよりはましだろう」

 俺はそういって、自分から率先して目の前の木の伐採にかかった。

 それを見ていた小隊長たちは自身の部下に向かい次々に命令を出していく。

 流石に大隊全員で開墾を始めると異様な景色だ。

 数日間はそんな作業に追われていたら、連邦の首都から伝令がやってきた。

 俺への命令を携えているという。

 絶対に面倒ごとしかないが、俺宛の命令なら受けざるを得ない。

 これが大隊に対してなら、先の件があるので、警戒して受けることをためらっておりましたという言い訳もたつのだが、大隊長でもあるサクラ閣下からの命令だとそれもできずにアプリコットと一緒に命令を受領して確認した。

 考えていた中でも最悪の命令が書かれていた。

『今の作業を即中断して、可及的速やかに帝都に出頭しろ』とある。

「アプリコットさん。これって、あれだよな」

「大尉、何です変な呼びかけは。ですが、大尉のお考えの通りかと」

「怪しい命令だとして無視するわけには……」

「当然できる訳無いでしょ。可及的速やかとあるので、すぐに手配します。連邦の首都まで急ぎ、そこから飛行機ですね」

 そこまでテキパキと仕事しなくてもいいのに、アプリコットはすぐに手配を済ませて、俺を司令車に乗せた。

 車は何ら問題なく連邦の首都郊外まで来た。

 ちょうどその時、いや、俺たちが来るのを見計らってか、俺たちの乗る司令車に無線が入る。

「町に入らず、直接飛行場に向かってくれ」と言われた。

 スパイ映画でも見ているように、何やら緊張感ある無線が入った。

「アプリコット。どういうことだと思う」

「大尉。私には皆目見当がつきません。一つ言えることは、私たちを町に入れることで、何らかの不都合が上層部に出ると言うことでしょうか」

「今回の件は、あれのことだよな。となると、証人である俺が帝都に向かうとまずいと考える連中がいるということか」

「多分そんなことでしょうね」

「なら、命を狙われているとか」

「まさか……」

「アプリコットさんや。忘れていませんか」

「大尉、また変な呼びかけを。で、何を忘れているというのですか」

「俺たちは、ここに来る途中で既に一度命を狙われていたということを。最初にゴンドワナに向かう時に既に命を狙われていたと聞いたぞ。一度有ったんだから、二度目が無いとは言えないだろう。だが、うだうだ考えても選択肢が増える訳も無いから、ここは素直に指示に従いましょう。どうなるかは、この脚本を書いている人のみぞ知るという奴だ」

 何やら物騒な気配が濃厚になっているのに、無理して行くことも無いだろうと思うのだが、それこそ知る人のみぞ知るという奴で、俺のような下っ端が理由を知る必要がないということか。

 俺たちを乗せた車は飛行場に向かうと、飛行場では警戒中の兵士が俺たちの車にそのまま滑走路脇に向かうように指示を出してくる。

 こんな対応されたこと無いが、慌てているのだろうか。

 車はそのまま滑走路に駐めてある輸送機の横まで向かう。

 輸送機は懐かしい北斗だ。

 お前はここまでくるようになったのか。

 相変わらず忙しそうだな。

 心の中でそんなことを考えていると、アプリコットに叱られた。

「急ぎますよ」

 輸送機の中に入るとこれまたお懐かしい面々が出迎えてくれたが、この組み合わせって何か不吉ではとも思ってしまう。

「クランシー機長、久しぶりです」

「ええ、大尉とは本当に久しぶりになりますね。しかし、今回も何やら大変そうで」

「ええ、これも宮仕えの悲哀という奴ですか」

「何を訳の分からないことを。ここから帝都まではぎりぎりですが無給油で行けますし、上からとにかく急げとだけ言われておりますから、とにかく帝国領まではノンストップで向かいます。後は、燃料の具合を見てからの判断になりますが、多分そのまま向かいます。そのおつもりでいてください」

「分かりました。今度は快適な空の旅になることを祈りますよ」

「この機体は大丈夫ですよ。とにかく頑丈ですし、足も速い。問題ありません」

 何やら先ほどからしきりにフラグを立てまくっているような気がするが、結果から言うと、フラグを回収することなく、本当に快適に帝都まで俺たちを連れてきてもらえた。

 輸送機が滑走路に着陸して駐機場に向かう時に、既に駐機場脇に待機している黒塗りの車が見えていた。

 俺は、それを見た瞬間に非常に嫌な気がしてきた。

 これって絶対に厄介ごとだよな。

 輸送機は俺のそんな気持ちに一切かかわらず、出迎えに来ている黒塗りの高級車の前に止まった。

「大尉、着きましたよ。しかし、それにしても相変わらず大尉は大物ですね。こんな出迎えなんかサクラ閣下くらいしかありえませんよ」

「俺が大物かどうかでなく、俺を逃がさないように来たのだろう。絶対に厄介ごとだよな」

「大尉、扉が開きます。お待ちですので、降りますよ」

 俺はアプリコットに促されるまま輸送機を降りた。

 目の前には数人の侍従たちが控えている。

 情報部の人もいるようだ。

 前にレイラ大佐の傍で見たことのある人だ。

 また尋問でもあるのかな。

 俺は暗い気持ちで、足を引きずるように出迎えに来ている人たちの前に向かって歩いて行った。 






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